忘れはしない(97

霊巫女はその時の風景をセナに伝えた。

セナは海を見ながら微笑みながら話を聞いていた。

「霊巫女。海はなぜ冷たいのかなぁ。」

突然セナがそう言った。

「海だから冷たいのではないかしら。」

セナは霊巫女を見て笑った。

「それは、なぜ。という答えにはなってない。
いや。海は冷たい。という前提のもとであるならば、それが答えなのかもしれないな。」

また、海を見ながらセナは笑っていた。

「冷たくない海はあるのかしら。」

霊巫女が言った。

セナはゆっくりと話しはじめた。

「海は海になりはじめた時は
今よりもうんと暖かかった。
それは生命が誕生する為には
それなりの暖かさが必要だったからなんだ。
けれど、何億年とかけて海は温度を変えていった。
今ある海の状態がこれから
何億年も先同じだとは言い切れない。

だから
今この足先で感じるものは
今感じていないと
人はすぐ忘れてしまう。

どんなに大切な約束だって
時がたってしまえば
魂の入れ物が変わってしまえば
人はみな忘れてしまう。

いま
この瞬間をどれだけ
大切に刻むか。
自分の身体に刻んだものは
死を迎えれば忘れ去られてしまう。
けれど
魂に刻まれたものは
決して忘れはしない。
思い出すことは難しくとも
必要であれば
必要な時に
必ずその感覚を思い出す事ができる。

霊巫女。今を刻めばよい。
心配しなくとも
そなたなら刻む事ができる。」

霊巫女の瞳からは涙が溢れた。

本当は強がっては見たものの
とても心配だった。
とても不安だった。
もうヒカホに会えないのかもしれない。
そう思うと、胸が裂けられそうに
辛かった。

ポロポロと溢れる涙を拭くこともせず
流させるまま流させた。
その涙は
ひとしずく
また
ひとしずくと
海の中へと戻っていった。

「霊巫女。その涙はもう海さへも
共に記憶をする。そなたが刻んだものならば
必ずまたいつか、会えた時に思い出す事ができる。」

「でも、わたしがわたしでなければ
ヒカホもわたしもわからないわ。
私達はもし会えたとしても
お互いすれ違うだけかもしれない。」

「それならそれでいいのだ。
その時はそういう時なのだ。
けれど
そうではないのなら、その時に
共に記憶がなくとも
大切さに気がつく時がある。
それが魂の約束だ。

そなた達は時の中にしか生きられない。
私達には時がない。
時がないと言うことは
全てがある。という事だ。

全ての記憶も、約束も
間違いも、思い違いも
全てが刻まれる。

そしてそれは
一つではない。

何を取り出すかは
その時その時の出会いによってきまる。
しかし
取り出された時というのは
自ら一度刻んだからこそ
その刻みを
自分で解く事ができるのだ。

それが肉体がある理由の一つでもある。
肉体というのは
その刻みの集合体だ。

だから
魂は肉体がある時に解放へと進む。

この道はずっと続く。
霊巫女。
君はその道の上を歩いているだけだ。」

魂の約束。

霊巫女はその約束を忘れたくない。
ヒカホとの約束を決して忘れたくない。
と思った。

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