覚悟(47
「霊巫女様。霊巫女様!」
婆様の声がした。
すっかり忘れていた。今日は姫様とお会いする大切な日だった。
私は、あれからというもの、空ばかり見上げて過ごしていた。時間も知らぬ間に過ぎているようだった。
「ご準備はお済みでしょうか。」
「えぇ…」
私は、ここ最近空を見上げながら様々なことを思い出す。
嵐の日の神事。
セナが投げた劔。
大日目彦ノ命の事。
全ての事がめぐるましく、気づかないうちに忘れてしまうのではないか。
そんな風にさへ思えてくる。
私はふと、以前セナに頂いた棒の事を思い出した。
「霊巫女様!」
また、婆様の声。棒を見たかったけれど、その思いはとどめて、婆様の所へ向かった。
「お待たせしました。」
「急ぎましょう。すでにお待ちでございます。」
私は竹藪を抜け、山道を歩き、社へ向かった。
その日はお天気も良く、気持ちの良い風を感じ、海がきらめいていた。
「さ、この先ですぞ。」
向かった先は、なんと、以前住んでいたあの場所だった。
「婆様…ここは…」
「さ、入りますぞ。」
中に入ると、二人の女性が座っていた。
「お待ち致しておりました。どうぞこちらへ。」
そう言われ、懐かしく思う暇もなく、その方々の正面にすわった。
そこには、私とさほど歳の違わない女性が座っていた。
「このお方が次の姫君となります。」
そのお方はゆっくりと顔をあげられた。
そして、私の方をしっかりと見つめられた。
私は言葉が出なかった。
まるで、私を見ているようだった。
「本来なら、私達がそちらへお伺いするべきでしたが、来ていただきありがとうございます。」
「霊巫女様。はじめまして。私はイヨと申します。」
私はなんと言えばいいのか分からず、言葉さへ発することが出来なかった。
「霊巫女様。驚かれるのも無理ありませぬ。お二人は血も近こうございます。瓜二つのように似ていらっしゃる。お年も同じでございます。こちらのお方は龍族の血を引くものでございます。
遠くからおいで頂きありがとうございます。ここなら、人の目が気になりませぬ。これからの事、心置き無く話すことが出来ます。」
「こちらも素敵な場所ですね。海を見たのははじめてでした。」
イヨともう一人の方がお話された。そして
「イヨ様はすでに、全てご存知であります。霊巫女様はお子を生まれた後。伝えるのがこの場で。という事になってしまいました。」
そうおっしゃると、イヨ様が
「霊巫女様。お話はお爺様からよく聞いておりした。私にとてもよく似ている方だと。大きな力をお持ちなのに、それが普通に使えてしまうからこそ、中々ご自分でご自分に気がつけないでいらっしゃった事。それも私に似ている。と…小さい頃こらよくお話を聞いておりました。」
すると婆様が
「霊巫女様。お話をさせて頂きます。この国は、奥の御戸の國と御代の國に別れております。今、ヒカホ達が向かっていらっしゃる場所は、同じようで違う國なのです。
御代は霊巫女様が任され、それを皇が使われます。しかし、御戸の國では、人はみな言葉を感じる事ができます。思いを感じあい生きております。御戸の國のお方は、言葉は発さずとも、意識の中で思いを交わされます。統治するものは決まっておらず、爺様が御戸を守り続けていると皆が信じていらしゃいます。
違う國として、成り立っていましたが、風が変わったのです。
前の霊巫女様は、異国のものと誓をかわされた。そらは、爺様の命に『限り』が出来てしまったことになります。
今度、いらっしゃる皇は異国の血を持つものでございます。
爺様は、龍族を守る為霊巫女様とイヨ様で力を合わせ、皇の目をくらませながら、御戸と御代をお守りして頂きたい。とお考えです。」
異国の皇?
二人で守る?
よく話が分からない。
「霊巫女様」
突然頭の中に言葉が響いた。
「霊巫女様。私は、この地を、龍族を守りたいと考えております。その為に、私はここに来ました。あなた様のお力で、わたしに子が産めぬようにして頂きたいのです。」
私はイヨを見つめた。
「皇は元は南の生まれ。異国に人質に連れていかれ、異国の地の王に気に入られた。しかし、その方も亡くなり、皇の存在が必要なくなったので、こちらに流されてくるのです。皇もまた、私達と同じ南に住んでいた一族。爺様もそれを知っていらっしゃる。あの方もまた、苦労していらっしゃる。迎え入れたい気持ちと、異国が攻めてくる恐れを抱いている。それを、霊巫女様とイヨ様でお守り頂きたい。とお考えなのです。」
婆様が話された。
「その皇は、いつ、いらっしゃるのでしょうか。」
私は、婆様にたずねた。
「三つの月が廻った後です。きっとその頃、前の霊巫女様の命が尽きるのだと思います。」
という事は爺様も…。
「そうなのですね。あまり時がないのですね。」
私達は覚悟を決めなくてはいけなかった。
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