耳の奥に響く声(109

ヒノコ

しっかりしろ。

そちら側に行くではない。


頭の中で声が響いた。

ふと目を開けると
船は揺れ、雲行きは怪しく、波は
荒々しく波立っていた。


立つではない。ヒノコ。

また、頭の中に声が響く。

じい様の声だ。

「ヒノコ様。その場で立ってはなりせぬ。
しっかりとしがみついて……………

立ちあがろうとしたヒノコに気づいた
トウムは叫んだが

風の音が激しくて
トウムの声が途中から聞こえない。

けれど
ヒノコの心のうちは
なぜかとてもしずまっていた。


ヒノコ。そなたのするべきことは
まだある。

いいか。よく聞け。
これからそなたは北にいく。
北に行くが、見定めなければならぬ。

いいか。母となのるものには会うではない。
そなたの血は捨てるのだ。

血のつながりが温もりではなく
血を超えた温もりを見定めよ

ヒノコ。そなたの目は見間違えても
そなたの心のうちの先は間違わぬ。

いいか。ヒノコ。
そなたは決して一人ではない。

私はそなたのそばにいつもある。

じい様の声で
じい様の言葉が響いた。

私はどこを見ることもなく
ただただ
船の揺れの中
地面の木目を一点見つめていた。

しっかりするのだ。
ヒノコ。
私は今ここにいる。

目を見開き木目だけをまっすぐに見つめ
じい様の声の温度が耳の奥に響いている

わかってる
身体は全身に力が入り
瞬きすることもできず
目を見開いていないと
迷いが出てしまう

ここから逃げ出したくなってしまう。

もうどこかに行ってしまいたくなる。

わかっている。
今私はここにいる。

ここで今生きている。

しっかりするのよ。ヒノコ。

私はいっそう肩に力を込め
目を見開いて
木目を一点に見つめた。

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