冒頭

リンは夢を見ている。風の音。暗い部屋。隅には茶色い机。そこだけに明かりがついている。手を伸ばしてみる。空間に穴ができた。飲み込まれる。飲み込まれる。そして朝。  

暑苦しい部屋独特の締め付けられるような空気。時刻は午前四時半。昨日は飲みすぎたらしい。まだ頭が少し痛む。リンが起きた。ふらふらしながら洗面台へ向かう。鏡と目が合う。ここにはあたししかいない。独り言を漏らす。

高本藤吾の愛する煙草はキャスターマイルド。火をつける。発火。煙草を吸っているといつも人間の生涯のようだなと思う。燃える欲望が火をつけ、煙草という命に灯を付ける。フィルターという社会に通され根本は汚れていく。そして、搾取された命は灰皿に捨てられる。また新しい命を付ける。無くなったら買う。その循環。下らない。オフィス街の昼間の公園。木の下のベンチに座り、今日も高本は煙草を吸う。今は何より食後の一服を味わっていたい。大学も夏休みに入り、暇が出来てきた。こうしてゆっくりと過ごせるのもそのおかげだ。「そろそろ行かなくちゃ」時計に目をやる。風が流れる。

物事は二つのものに分けられる。カーテンを揺らす空気と力の加えられないテーブル。要するに動くか、止まるか。そういうことだ。しかし生きている限り、動き続けなければならない。動きが止まるということは世界が終るということ。だから物事は思い立った時になされるべきだ。行動をしないと全ては静に支配される。それは耳から入り体の内部へと侵入してくる。水に浮かんだ食パンのようだ。そして深い底へと沈む。もう浮かんでくることは出来ない。地上に出たと思ってもそれは別の世界だ。生き続けることは様々な世界を体感することでもある。誰でも居心地の良い世界を探求するものだ。僕がいる世界は悪くない。しかし、良くもない。全ては普遍的で一秒の狂いもなく計算された場所。中肉中背。平均的体重身長。動いているようで操られている。ある意味、ここは夢の世界でもある。なぜならすべては作られているからだ。

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