見出し画像

周りが見えてしまう世界

2021年3月に主人の仕事の都合で海外生活が始まりました。
当時3歳と6歳だった子ども達も成長し、2人とも日本人小学校に通う毎日を過ごしています。

日本にいたときにコミュニティは同じ保育園に通う子たちのママ。
家族構成が同じ・夫婦関係や育児について共感できる人たちと過ごすことが多かった。週末誰かの家に集まったり、風邪をひいたときや仕事の都合で問題が起きれば助け合ったり、キャンプに行ったり、日常になくてはならない友人となっていた。

駐在地で友達になるきっかけは、同じアパート・同じ幼稚園、更に仲良くなるには子どもの人数や同性ということが多い。
私ももれなく男の子兄弟を持つママと一番最初に友達になった。
自分の習い事や趣味の活動が増えてくると、子ども関係なく友達が増えていく。そして今の時代欠かせないのがSNSでのつながり。
誰かが美味しそうなカフェやかわいい雑貨を投稿していれば、「この店どこですか?」「今度よかったら一緒に行きませんか?」などとメッセージを送り合う。「好みが似ている」という共通点から友達になるパターンがこれ。

SNSを使えば、共通のコミュニティでない人とも友達になったり、自分の好きなものの情報を得たりすることもできる。
とても便利なので、1日中検索ばかりしてしまうこともある。あれ?ここはどこ?これは何?とページを進めていくと、実際何を調べていたのかすら忘れてしまうこともしばしば。

それだけずっと見ていると起きる現象がある。
投稿の内容よりも人に目が向き、誰がどこにいる、誰と誰が友達、この子は誰の子どもだ、、、など分かるようになっていく。そうすると「こないだあそこにいたでしょ?」「○○ちゃんと友達なんだね」などという会話が増えていく。

そんな話題を楽しめる人はいい。でも落ち込む人もいる。
「私この人みたいにカフェいってない」「私この人みたいに友達たくさんいない」「この人の子どもみたいに習い事してない」など、自分の生活がSNSで見る世界より劣っていると感じることが原因だ。SNSを見なきゃいいのに、見てしまう。周りの人達の世界がキラキラしていて活動的で何もかもが良くそしてうらやましくなってしまう。

SNSは生活の切り取り。マウントをとるわけではなく、楽しかったこと・美味しかったこと・お洒落に感じたこと・見てほしい景色なんかを投稿する。そりゃいいものになるのは当たり前。
でも場合によっては、「いつもいいな」と見られてしまうこともあるし、私もそんな目で見てしまうこ一人だ。

日本人コミュニティ。
とても狭い。
村のよう。
周りを気にする人は大変。
駐在前に諸先輩からそんな風に聞いていたことはこれか、と思う日々を過ごしている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?