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白米と娘

子育てにとっての正解がなんなのか
たまに自分の子育てがあっているのか
本当にそれで良いのか思うことがある。

それを考えるきっかけが
娘の白米好き。

小6女子の娘。
小さな頃から食べることが大好きすぎた。
小4の時は、クラスで2番目によく食べる女子
(女子の中でではなくクラスで)。
お給食が足らなくて
クラスの男子と一緒になって
少食クラスまで行ってご飯の残りをもらいにいっていた。

そんな彼女、思春期になっったら
周りの目を気にして食べなくなるよという声も関係なく
いまだによく食べる。

好きな食べ物は何?
と聞かれると
間違いなく、真っ先に
「白米!!!!」
と答える。

白米を出せば、エンドレスでおかわりをする
運動部男子並みの食欲。

ちなみに、先日、USJで買ったティムの靴下。
それ見て、友達が
「娘ちゃん、唐揚げの靴下履いてるなんてぽいね」
と言われたらしい。
ティムよ、ティム。
どんな食いしん坊キャラなのよ。

唐揚げに間違えられた靴下

そんな娘を見かねて、
たくさん食べるならせめて体のことを考えて
玄米か雑穀米にと
白米から変えたのだけれども
変えた途端
「私が好きなのは白米なの」
とご飯をおかわりしなくなった。

体のことを思って食べ過ぎは良くないからと
変えたので、母としては良かったと思うものの
時々、白米を出しておかわりする姿を見ると
私の子育てあってるのか?と不安になる。

お菓子をエンドレスで食べているわけではないのだから
白米でいいんじゃないかという思いと
いやいや、
そうはいっても食べ過ぎという思いで葛藤する。

そんな時、毎度子育ての正解ってなんなんだろうなと思う。

好きなように好きなだけ。
そうしていたらのびのび育っていくだろう。
どこまでをOK出して、どこまでがNGなんだろう。
ほんと、よくわからないなと思う。

白米をNGにする私の考えも
一体なんなんだろう。

子育てに正解はない。
そう、親にとっては。

何が良くて何が正しかったかは
こどもが死ぬ時に思うことなのだろうな。

子育てが正解だったか間違いだったか
それを考えるのもまた、
親の私にとっては一つの自己満足なんだろう。

人生の主人公は私自身。
こどもは配役と一緒。
量子力学のその考えを学ぶと
こどもにとって何が良いか何が正しいかという考えは
随分おごった考えだなと思えるようになった。

いくらこどもであっても
全く違う考えをする別の人間。
私の意思とは違うものを持っている。

そこに正解か不正解かを考え始めるのは
答えが出なくて当たり前。

私ではない人間なのだから。

娘の白米好きと白米を玄米に変える親心の
葛藤から量子力学の考えまで行き着いた
子育て論。

常に自分にベストでいよう。


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