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幼い頃の記憶をイメージアートに。「言葉」から離れて、「感覚」に寄り添う。

 アートセラピーのワークショップを開催するとき、参加者の皆さんと一緒に、私も描かせてもらうことが多いのですが、これもワークショップの会場で描いた一枚です。

 最初は殴り書きをして、後で色を加えて絵として仕上げていきます。これは幼少時の感覚をテーマに描いたものです。
 水彩で色を加えていく過程で、絵が話しかけてきます。「こんなこと、あったよね」「あんなこと、あったよね」。

 浮かんでくることはその時々で違うのですが、私は田舎で育ったので、豊かな自然のイメージや、広場で友だちと遊んだことなどが度々イメージとして出てきます。描いていると、その当時の感覚がだんだん今の私の意識の中に、形を持って現れてくる感じです。

 こちらは、小学校の帰り道、近所の友人たちと、道端の桑の実を摘んで食べたときのイメージです。この辺りはかつて桑畑が多く、時期になるとたくさんの青い実がなり、学校帰りの子どもにとっては、ちょっとしたおやつのようなものでした。皆、口のまわりを紫色に染めて。こぼれ落ちた実で、道路も紫色に染めて。

桑畑



 殴り書きから入ることで、まずは潜在意識から、そして徐々に顕在意識へ。アートセラピーの面白さは、「描こう」として作為的に描くというより、「描いているうちに、結果的にこんな風になった」という、プロセスを体験できること。
 大事なのは、頭に頼りすぎずに、自分という存在を信じてみること。楽しんでみること。

 私は「言葉」よりも「感覚」や「感じること」の方が、人生の中で、より価値があるということを、様々な体験を通して実感してきました。
 「感覚」や「感じること」は、言葉の制限を超えて、私たちに深い癒しや気づきをもたらしてくれます。

 「言葉」で解決できず、「感覚」や「感じること」で解決できることって、結構多いのではないでしょうか?

 例えば、誰かと喧嘩しているとき。わかり合おうとして、必死に言葉を探し、解決しようとしているうちに、逆に誤解が生じてギクシャクしてしまったり…。 

 言葉巧みに伝えようとせず、心の奥の声を、正直に口にすることができれば、その言葉はきっと、相手の心に届くと思うのですが、自分を守ろうとして緊張したり、胸の中がもやもやしたりして、つい攻撃的になってしまう…

 そんなときは言葉を使わず、代わりに、ただそっとそばにいる。黙って寄り添っていたら、だんだん緊張が取れてきて、相手が感じていることがだんだん伝わってきて、相手の気持ちに寄り添えたり…、そんな経験はありませんか?

 アートセラピーもまた、そんな感覚を大切にしています。絵と自分。過去の自分と、今の自分。参加している仲間同士。

 言葉は人によって、解釈が様々です。言葉に頼らず、私たちが本能的に持っている直感や、感応力や、共感力などをもっと日常に活かして行けたら、世界はもっと穏やかなものになっていくんじゃないだろうか、と感じています。

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