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小説の中の色 #7 「灰色」と「鼠いろ」/「命売ります」②

前回の記事の「にんじん色」に引き続き、三島由紀夫さんの「命売ります」から印象的な色の表現をご紹介します。

羽仁男はその一人に、灰色の背広に寝ぼけたような鼠いろのネクタイなんかするものではない、と教えてやりたかった。
(「命売ります」三島由紀夫 )

「灰色」と「鼠いろ」、色名の通り灰色は灰の色、鼠色はネズミの体毛の色ですが、多くの人がザックリとした感覚で「 灰色=鼠色=グレー」と捉えていると思います。そこを書き分けているのが面白いところです。

灰色と鼠色はどう違う?

JISの規格では、どちらも中くらいの明るさのグレー(ミディアムグレー)で、灰色の方が鼠色よりも若干暗い色です。二色並べて比べれば違いが分かりますが、一色ずつ見ると区別がつきにくいほど近い色です。

グレーはベーシックカラーの一つで、背広の色として一般的な色ですので、これは良いとして、ここに同じようなグレーのネクタイを合わせてしまうと、メリハリのないコーディネートになりがちです。「寝ぼけたような」と加えているのは、そのようなぼんやり感を強調しているのではないかと思います。

また、色名による言葉のイメージも描写に利用しているようです。無味乾燥なイメージの「灰」、小さくて可愛いイメージがある一方で駆除すべき害獣で汚いイメージもある「鼠」、これら二つの言葉を用いることで色を伝えるだけでなく、人物のパッとしないキャラクターをより浮かび上がらせているように感じます。美意識の高い作家さんの流石のお仕事です。

因みに、グレー・コーディネートで思い浮かぶのが上皇后美智子様。この登場人物とは対極にあるエレガントな着こなしは、超一流です。

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