バスを待つ

その日私は、食べ物を買いにいこうとバス停でバスを待っていた。
今日は青空が広がっていて冬にしては暖かく、バス停の屋根から溶けた雪がリズムよく滴っている。
その雫に当たらないようにタイミングを見計らって駆け足でバス停に入る。セーフ。

足元に小さく薄い氷が張っていた。
踏んでみる。
パリッとヒビが入ってその下の水が揺れる。
水たまりだった。

私の住んでいる場所は比較的静かで、車の通りも少なく空気が澄んでいる。
私はこの感じが好きだ。


さて、バスが来ない。少し焦ってきた。
実は先日、バス会社の事情により間引き運転になり、今乗ろうとしてるバスが来るのか来ないのかよくわからなかった。
私は一か八かでバス停に立っていた。
バスのような音が聞こえては、来る方面を見つめて確かめるが、大型車。
まぁ冬は遅れることが多いし、15分位は待ってみようとバス停に立ち続けた。

サクッ。
静かな場所に聞き覚えのある音が響く。
私は反射的に音の場所を探した。
居た。
バス停から道路を挟んだ斜め向かいの一軒家の屋根の上で、おじさんが雪降ろしをしていた。
鋭角な屋根、命綱もない姿に、思わず「危ねぇ〜…」と思った。
私は一軒家に住んでないし周りにも一軒家が無いため、意外と雪おろしを見たことがなかった。
見かけたとしても素通りで、立ち止まってまじまじと見たことは初めてだった。
確かテレビで観た豪雪地帯の雪おろしは命綱をしてたような、してなかったような。
え、あれ落ちたらどうすんの。下の雪に沈んで生き埋めになって死ぬんじゃね?
なんかそういうニュースあったよね、豪雪地帯で。
おじさんの屋根の下にも160cm位は積もってる気がする。
え、これさ、もしあのおじさんが落ちたら救急車呼ぶのって私じゃね?私しかいなくね?
え、やば。ここ住所なに。え、ここ何丁目になんの?
ま、いっか、「3丁目のバス停の近くの家」とかでいっか。それか、コンビニの近く、とか。なんとかなるか。
え、何番だっけ。イチイチゼロ?ひゃくとうばん…。これ警察?
イチイチキュウか。
なんて言えばいい。「屋根の上で除雪してたおじさんが落ちたみたいで」って言えばいいのかな。
電話したらあっち行って、でっかい声で「救急車呼んだので安心してください!!」って言って私が雪掻き分ければいいかな。誰もいないっていう状況と誰かがいるっていう状況では、安心感が違うだろう。
え、でもその間にバス来たらどうしよう。いやそんなこと言ってる場合じゃないか。

おじさん、落ちないで──────

それにしてもバス来ないな。やっぱ来ないのかな。
バスが来る予定の時間をとっくに過ぎているが、なぜか一人のおばあちゃんがバス停にやってきた。
何時のバスに乗る予定で来たんだろう…。でもなんか少し安心した。待つ人が増えたから。

「ドスン」
嫌な音がした。
慌てて斜め向かいの家を見ると屋根の上におじさんがいなかった。
「!!!」
よく見ると、その下にも小さい屋根があって、そこにおじさんは埋もれていた。
おじさん…。
おじさんは動かない。
え、どうしよ。これはやばいやつ?
あっ。
おじさんが少し動いた。
は〜良かった。生きてた。
でもそこは狭く、変にはまってしまったようで動きにくそうだ。
頑張れおじさん!
おじさんはスコップを雪に刺しながら杖代わりにして立ち上がる。
おぉ〜。
そしてまた屋根に上がる。
えー!おじさん!やめなよ〜。
ひやひやする。
おじさんはまた雪降ろしをし始めた。
ときどきズルっと足が滑る。
あぁ…。
いつの間にか下から、奥さんらしきおばさんがおじさんを見つめていた。
奥さんいたのか…。
じゃあ大丈夫か。
戻りが遅かったら奥さんが見に来るな。
…………………。

はぁ………、と少し安堵したところでバスが来た。

はぁ……、来た、バス…………………。

なぜか私はドッと疲れていた。






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