「質」を巡る相互作用と意思決定

前回、サッカーの「質」について書きました。ビジネスの「品質」というのをサッカーに置き換えてみると?という話でした。参考にした本の著者が示した品質の解釈というのは、古典的な解釈から企業のパフォーマンスを2つに分解して、計3つの要素から考えるというもの。3つの要素があるとそれぞれの相互作用の軸が複数になり、それが意思決定の選択肢を増やすというのがこの思考のフレームワークのメリットでした。

前回のようにそれぞれの要素をサッカーに置き換えるだけでは、ただの言葉遊びにすぎないので、今回はそれぞれの要素の「相互作用」や、このフレームワークがどのようにクラブや監督の思考や「意思決定」を助けることができるかなどを考えてみたいと思います。

相互作用と意思決定.001


チームの方向性 ⇄ チームの能力

企業のパフォーマンスが「企業の方向性」と「企業の能力」が重なって発揮されるという考えに従うと、サッカーチームのパフォーマンスは、それと同様に「チームの方向性」と「チームの能力」が重複する部分であると考えられます、という話を前回しました。

チームのパフォーマンス.001

この方向性と能力を結ぶ軸、チームのパフォーマンスという観点から質を高めるというのは、最も想像しやすいものだと思います。

大前提としてフィロソフィーやプレー原則というのは、そのチームの質を高めるという信念のもとに掲げられてるものでなければなりません。

クラブはフィロソフィーに合う監督と選手を揃え、監督はそのフィロソフィーやプレー原則を選手に納得させ、プレー原則に沿ったトレーニングを通し選手ならびにチームの能力の向上を目指し、試合に応じて適切なマッチプランを用意することでチームのパフォーマンスの最大化を図り、ひいてはそれがチームの質の向上に繋がる

という至ってシンプルな発想です。

監督にとってはフィロソフィーやプレー原則は基本的にはあまり変化するものではありませんが、チームの能力、特に所属する選手の特徴などは変化します。グアルディオラはこれまで指揮してきたバルセロナ、バイエルン、そして現在のマンチェスター・シティでは変わらないフィロソフィーでチームを作り上げているように見えますが、ファンダメンタルの部分は変わらないもののプレースタイルのディテールの部分は変化させていることを認めています。

メッシ、セスク、シャビ、イニエスタ、ブスケツがいたバルセロナでは中央からの攻撃が多くなりますが、ザネーやスターリング、デブルイネのようなスペースを使ってアタックするような選手を擁するシティではその戦い方は異なります。レヴァンドフスキやミュラーのようなボックスの中で強いFWがいたバイエルンではクロスを多く使いましたが、アグエロのいるシティでは攻撃の終わらせ方も異なります。

このペップの例のように、チームのスタイルを抱えている選手の特徴に合わせて細かく調整することもチームのパフォーマンスの向上に繋がります。

また、ペップがボール保持のスタイルを志す1つの理由として、こう言っています。

"サッカー選手はボールで遊ぶのが好きでサッカー選手になった。彼らに子供の頃を思い出して、楽しんでもらいたい。"

この考え方は、目指すサッカーのスタイルを通じて選手のストレスモチベーションのような心理的な面にアプローチをすることで、選手の最大限の能力を発揮させたいという狙いだという風に考えられます。

このようにチームのパフォーマンスを最大化させるために、チームの方向性チームの能力相互作用がどのように働いているのかを考えることが、どのような方向性を目指すのか、どのような選手を集めるのか、どのようなトレーニングをするのか等の意思決定の助けになります。

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ルールの要求 ⇄ チームの方向性

次に「ルールの要求」と「チームの方向性」の相互作用を考えてみましょう。

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ルールの要求というのは、チームの方向性へ多くの影響を与えています。

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例えば、ペップはボール保持のスタイルの理由をもう1つ挙げています。

"ボールを持っていれば得点するチャンスがある。相手がボールを持っていると失点する可能性がある"

これはボール保持を志向する監督からよく聞かれる考えです。これは、2つのチームが1つのボールを使ってゴールを目指す侵入型ボールゲームのルールからの帰結です。


クロップは敵陣でボールを失ったら、ゲーゲンプレッシングをかけ素早いボールの奪回を目指します。その理由は、相手ゴールの近くでボールを再び奪えれば、攻撃する距離が短くて済むからです。縦の長さがおよそ105mの大きなフィールドの両端にゴールがある競技だからこその考え方ですね。

"ゲーゲンプレッシングはゴールの近くでのボール奪回を可能にする。(そこでボールを奪えれば)たったのパス1本で良いチャンスが生まれる"


ナーゲルスマンは「中央」を好む監督です。その理由は、ゴールが105mの長さのフィールドの両端、そして68mの幅の中央に置かれているからです。ボールを奪ってから速く攻めたい時は中央を通り最短距離で攻めれば時間のロスはなくなります。反対にボール保持時にカウンターへの予防的配置として後方にも中央に選手を配置すれば、相手がボールを奪ったとしてもそこからゴールへの最短距離である中央を通るカウンターでゴールを目指すのは難しくなります。相手が中央を通れず68mの幅のピッチでサイドを経由して攻めざるを得ないということは、それだけ時間がかかり自分の選手が帰陣する時間を稼ぐことができます。


ドイツのサッカー連盟が掲げるプレー原則の1つに、「徹底してコンパクトな組織で守る」というものがあります。選手間の縦と横の距離を狭くし、空間と時間のプレッシャーを高めるという狙いです。

これを可能にするのがオフサイドルールです。オフサイドルールの誕生により、選手が制限なしでプレーできるゲームエリアを、互いのチームが能動的に狭めることを可能にしました。20人のフィールドプレイヤーが狭まったエリアでプレーするということは、それだけ空間的&時間的圧力は高まります。


今では広く知れ渡り、当然と考えられている上記のようなプレー原則の多くは、サッカーというゲームのルールから導くことができます。プレーの原則を考える時、サッカーのフィールドの図を眺めたりルールブックを読んだりすることが発想のヒントとなるかもしれません。


プレー原則はサッカーのルールに適したもの、ルールの要求を満たすものがサッカーの質を向上させると考えられます。これを逆に考えると、ルールの要求と関係のないスタイルやプレー原則はサッカーの質を保証しません

興味深い例が、2006年の高校サッカー選手権優勝で話題になった野洲高校の「セクシーフットボール」です。当時の監督である山本佳司先生が目指したスタイルは、「カッコいい」サッカーでした。

"基準としてカッコいいいかどうかが大事。まずは勝つチームではなく、カッコいいチームを目指した。全国に強いチームはたくさんあるが、野洲は『日本一カッコいいチーム』になろうと思った。なぜなら、カッコいいチームは魅力があるし、カッコいいチームが勝つと信じていた"

彼の掲げたスタイルは、プレーする選手がサッカーに取り組むモチベーションを向上させたかもしれません。地元やその近郊のジュニアユース年代の選手の心を掴み、有望な選手の獲得に役立ったとも思います。子供の頃の自分自身ももちろん魅了されました。

しかし、そのスタイルはサッカーの質を保証するのでしょうか?

サッカーは、体操やフィギュアスケートのような技の難易度を競い、美しさを表現する採点競技とは異なります。ルール自体はプレーの美しさ、カッコよさを求めてはいません。したがって、このようなチームの方向性は必ずしもサッカーの質を向上させること直接結びつくものではありません。

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ゲームのルール以外に参加するコンペティションのルール、つまり大会形式日程もスタイルに影響を与えることがあります。リーグ戦なのかトーナメント戦なのか、グループリーグの後にトーナメント戦があるのか。試合間隔はどの程度なのか。交代人数や登録選手数等も影響がありそうです。

例えば、ナーゲルスマンはボールを保持する理由の1つに体力の回復を挙げます。欧州カップ戦に出場し、試合間隔が短くなり1シーズンに戦う試合が多くなると、シーズンを通して強度の高いプレッシングを試合終了まで続けることは難しくなります。

2016年の欧州選手権は面白い大会でした。優勝したポルトガルはグループリーグを3試合全て引き分けで突破し、決勝トーナメントでも90分で勝利した試合はウェールズとの準決勝だけでした。ポルトガルは大会通してずっと守備的だったわけではないですが、90分で勝利しなくても大会を勝ち抜けるチャンスがある場合、リスクを犯さないスタイルを選ぶ監督がいてもおかしくありません。


チームの方向性ルールの要求に影響を与えることはあるのでしょうか。

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ゲームのルールが影響を受けることは滅多にありませんが、あるスタイルが複数のチームで流行し、それがサッカーの魅力にネガティブな影響を与えると、ルールに影響が出ます。

1990年のイタリアワールドカップ以降のルール変更は、この「チームの方向性」と「ルールの要求」の相互作用の良い例だと思います。このイタリアワールドカップまでは勝利チームに与えられる勝ち点は"2"でした。これは、勝利チームに与えられるインセンティブが現在の勝ち点"3"と比べて低く、引き分けた場合に与えられるインセンティブ(勝ち点1)が現在と比較すると相対的に高かったことを意味します。そうすると何が起こるかというと、先ほど説明した通りリスクを避けるチームが増え、多くのチームが守備的に振舞った結果が1試合平均得点は2.21と歴代最低。当時は「史上最もつまらないワールドカップ」と言われたそうです。この大会を経て、勝ち点が"3"となり勝利、得点、攻撃へのインセンティブを増やすことになりました。また、それまで禁止されていなかったゴールキーパーへのバックパスもリスクの回避や時間稼ぎの手段として使われていましたが、この大会以降はそのゴールキーパーへのバックパスを手で受けるということが禁止となりました。ルールがスタイルに影響を与え、スタイルがルールを変えることになったという事例です。


日本の高校サッカーではロングスローが話題になっていましたが、もしそれが今後複数のチームやプロチームでも流行し、ファンのネガティブな感情が増大することになったら、スローインに関するルールが変わることがあるかもしれません。


また、自分たちのスタイルは対戦相手にも影響を与えています。試合分析が普及・発達するにつれて、自分たちのチームのスタイルや原則等は相手に分析されるようになり対応策が準備されます。

例えば、あるチームは選手がボールを受けれるように「相手の間に立つ」とか、相手の"列"を越えるために「ライン間に立つ」というプレー原則を持っているとしたら、そのチームを分析した対戦相手は "間"を消すためにマンツーマンで対応してくるかもしれません。「裏を狙う」という原則を持つチームに対しては、"裏"を消すためにディフェンスラインを極端に低くしてくることもあります。ボールを「奪ってからの速い攻撃」を狙うチームに対しては、ボールを持とうとしないチームも出てきます。

自分たちのスタイルが対応され、思うような結果が得られなくなった時にそのスタイルや原則を維持するのか、あるいは変化させるのか、常に問われ続けるでしょう。

ナーゲルスマンがラングニック時代のチームからシステムを変える理由として、"相手の対応"を挙げています。以下は2020年1月のインタビューでのやりとりです。

インタビュアー:"なぜ既にあったプレーシステムを変えたいのでしょうか?昨季はそれで上手くいってましたよね?"
ナーゲルスマン:"常に成長が重要だからです。ラルフ・ラングニックがまだ監督だったら、彼も同じことをしたでしょう。常に相手はいつかあなたのプレーする方法に対応してきます。サッカーでは、チームはどんどん詳しく調べられ、手の内を読まれるようになります"


チームの能力 ⇄ ルールの要求

最後は、「チームの能力」と「ルールの要求」を結ぶ軸です。

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チームの能力ルールの要求に対して単独で影響を与えることは、あまりありません。あるとするならば、それはそのチームが何の方向性も持っていない場合です。フィロソフィーもなくプレー原則もない、そして具体的なマッチプランも持たずに試合に臨むと、その試合結果はチームのパフォーマンスではなくチームの能力のみを反映することになります。企業で例えるならば、やりたいビジネスでも計画したものでもなんでもないが、倉庫にあったもの営業に売りに行かせてみたらその営業がめちゃめちゃ売ってきてしまった、というような個人や運に依存するようなものです。本当にそんなことがあるのかは分かりませんが。

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そのようなチームは個々の選手が個々の基準でプレーの判断をします。時には即興で、時には選手同士がコミュニケーションを取りながら、時にはフィールド上でインテリジェントな選手が解決策を見つける。もしかしたらアマチュアクラブでは珍しくないかもしれません。しかし、このようなチームが能力を良いパフォーマンスとして発揮するのは偶発的になります。チームとしてのプレーの判断基準やプレーリズムは、プレーを続ければ次第に"共鳴"していくかもしれませんが、それまでに多くの時間を要します。言語等のコミュニケーションに問題がある場合(外国人がいるチームや外国でプレーする場合)はその時間はさらに増えます。またフィールド上でのコミュニケーションやプレーのオーガナイズが特定の選手に依存している場合、その選手が怪我や退団等でいなくなってしまった場合にパフォーマンスの持続性の問題が生じます。


反対にルールの要求は、求められるチームの能力の大部分を決定します。

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例えば、先に挙げたバックパスの禁止によってチームにはボールを足で扱えるキーパーが必要になりました。

もっと根本的な話をすると、サッカーの試合では攻守において重要なスペースをコントロールするために105x68mのサイズのフィールドを90分間チームとしてカバーしなければなりません。その中で対戦相手よりも先にボールに触り、相手より先に重要なスペースを埋めるために、高く跳び、速く走るといったアスリートとしての能力や、状況の予測、早い知覚、速い判断のような認知的能力もサッカーというスポーツが求めています。

リーグのレベルに応じて選手に求められるアスリートとしての能力も変わってきます。特にランニングの強度はリーグのレベル間で差が見られます。チームの選手たちは、そのリーグ戦のレベルで求められる強度のランニングを試合終了まで繰り返す能力を備えているかをクラブやスタッフは分析しなければなりません。

各国のトップリーグを比較しても、高強度のランニングの頻度やスピード、スプリントの回数等に違いが見られます。(trainingground.guruの記事からグラフを引用)

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リーグの試合のテンポに応じた状況の認知も選手ならびにチームに求められます。抑制制御や認知の柔軟性においてリーグのレベル間で差があるという研究もあります。

スコアや対戦相手に応じたチームの戦術的多様性も必要です。

日程に耐えうる回復力、スコアや対戦相手、観客や大会のプレッシャーに対応できる心理的能力なども要求されます。


複合的な意思決定

実際の意思決定は、2つの要素からもう1つの要素へアプローチするという複合的なものです。

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クラブは現在のスカッドが上記のようなゲームやリーグの要求する能力を備えているか、そしてチームの方向性に見合う選手で構成されているかを分析します。もしチームがどちらかを十分に満たしていない場合は、クラブやスカウトがどちらの要素から判断してもチームの質を向上できるような選手を獲得します。監督は練習がプレー原則に沿ったものであるだけでなく、その強度が参加するコンペティションに見合うだけのものであるかもコントロールしなければなりません。厳しい日程が練習する時間を与えてくれない場合は、それに応じてミーティングなどでプレー原則のチームへの浸透を図ります。また試合において監督は、大会や対戦相手に応じて個々の選手が、たとえフィロソフィーに合うタイプの選手だとしても、その試合で起用できるだけの能力はあるのかを判断します。


チームの方向性を見直さなければならないこともありえます。

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経済的理由や短期的な目標の達成、アマチュアや育成年代のチームの性質等、様々な条件で理想的な方向性を目指せるだけのチームを構成できないこともあります。また、チームの昇格等により参加するコンペティションが変わることでそれまでの方向性を維持することが現実的でなくなることもあります。ポゼッションスタイルを志向するにも、その能力がチームになければなりませんし、対戦相手やリーグのレベルがそれを許さないこともあります。その時にチームのスタイルを貫くのか、目標達成を優先するのかという問いが生まれます。


まとめ

長くなりましたが、「質」を巡る「相互作用」と「意思決定」については以上になります。このフレームワークを使ってそれぞれの要素の相互作用を理解することで、チームに関わる人たちが質を向上させるために何をするべきかということを、様々な視点からの思考を通して意思決定できるようになれるのではないかと思います。

読み返してみると、当たり前のことをだらだらと並べた冗長な文になってしまったような気がします。反省してます。

では、また。



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