サッカーの「質」の話
定量分析と定性分析
スポーツに関わらず様々な分野での「分析」は、「定量分析(”Quantitative Analysis”)」と「定性分析(”Qualitative Analysis”)」に分類されるというのは広く知られていると思います。それぞれ「量的分析」、「質的分析」とも日本語では言われたりするようです。
定量分析というのは、簡単に言うとデータ(数字)を用いた客観的な分析で、サッカーでは昔からあるようなパスやシュート等の頻度を表すイベントデータだけでなく、最近では選手の位置を座標データで表すポジションデータ等様々なものがデータで表せるようになってきました。
定性分析とは、現場や映像で試合を観て、その試合中に発生するプレーを(データを用いずに)評価するという主観的なものです。まだまだ普及しきっているとは言い難いデータを用いた量的な分析とは対照的に、サッカーの指導者やアナリストの大半はサッカーを質的に分析しているはずです。どの程度システマティックに分析するかはそれぞれだと思いますが。
いくつかの文献に目を通すと、定性分析とは、「練習と試合の繋がりのために発展」した、「選手のプレー、振る舞い及び実力の良し悪しに関するプレーシーンの分析、並びにチームの構造の分析」*、「(選手間、チーム間の)相互作用を基準としたゲームプロセスの中でのプレーの分析」**であるとされています。
*Winkler, Waldemar. (2000). Analyse von Fußballspielen mit Video- und Computerhilfe. In Winkler, W. & Reuter, A. (Hrsg.), Computer- und Medieneinsatz im Fußball – Beiträge und Analysen zum Fußballsport X (S. 63-77). Hamburg: Czwalina.
**Lames, Martin. (1991). Probleme von Beobachtungssystemen in den Sportspielen am Beispiel Fußball. In Kuhn, W. & Schmidt, W. (Hrsg.), Analyse und Beobachtung in Training und Wettkampf (S. 135-153). Sankt Augustin: Academia-Verlag.
自分のチーム以外の試合を観るときは、その試合に向けた練習というコンテクストは分からないので、練習と試合の繋がりを考えた分析はチームの当事者以外にはできません。自分と関係のないチーム同士の試合を観戦する時にできることは、両チームの構造を把握し、個々の選手あるいはユニットの動きと、その相互作用を理解しようとすることです。
では、その試合で発生するプレーの質の良し悪し、試合の質の良し悪しの判断はどのようにするべきでしょうか?
何かを分析をする人は、当然分析する対象について理解していなければなりません。サッカーを分析するなら、「分析とは何なのか?」だけでなく、当然「サッカーとは何か?」を知らないといけません。サッカーの質を分析するなら、定性分析(”Qualitative Analysis")とは何なのかを知っているだけでは十分ではありません。サッカーにおける「質」(”Quality”)とは何なのかを知らないといけません。
サッカーにおける「質」って何?
というのが今回の主題です。
企業にとっての「品質」
この疑問について考えるヒントになりそうなのが、前回の記事であれこれ書いた、企業の品質マネジメントにおける「品質」という言葉。
企業のビジネスにおける「品質」(英:Quality)は、「市場の要求」、「企業の方向性」、「企業の能力」の、その時点での重複する程度であると『Qualitätsmanagement』(著者:R. Schmitt & T. Pfeilfer )では説明されていました。
この3要素は(英語の)助動詞でそれぞれ
Should: 〜であるべき/すべき ← 市場の要求
Want/Will: 〜したい ← 企業の方向性
Can: 〜できる ← 企業の能力
で表すことができます。
そして、これらをサッカーに転用して考えることができるか?というのを少し考えてみたいと思います。
主語は「チーム」
「品質」を取り囲むトライアングルをサッカーに置き換える時に注意が必要なのは、「主語」です。英語でもドイツ語でも、助動詞の前には主語がつきます。
企業の製品・サービスの「品質」について語る時は、当然その主語は「企業」です。
企業は〜すべき ← 市場の要求
企業は〜がしたい ← 企業の方向性
企業は〜ができる ← 企業の能力
サッカーに関わる人がプレーの「質(Quality)」について語る時は、主語は「チーム」の場合と「選手」の場合があります。少し視点を広げて「クラブ」を主語にして、チームのプレーだけでなく、育成やグッズ、ファンサービスの「品質」を分析することもできるかもしれませんが、今回はあくまでピッチ上のプレーの「質」に絞りたいので、考えられる主語は「チーム」か「選手」になります。
どちらの主語についての分析をしているのかは、試合を観察する人や役割次第で変わります。監督やチームのアナリストは当然「チーム」を分析し、スカウトや代理人、あるいは選手本人は「選手」を主に分析するでしょう。
しかし、サッカーというのはチームスポーツなので 、原則的には主語は「チーム」になります。
チームのパフォーマンス
前回説明した「企業のパフォーマンス」と同様に、「チームのパフォーマンス」も「チームの方向性」と「チームの能力」の2つの要素に分けて考えます。それぞれが重複する部分としてピッチで披露するプレーこそが、「チームのパフォーマンス」となります。チームの持つ能力を最大限発揮し、チームが志向するサッカーをピッチの上で披露することができれば、チームのパフォーマンスは最大化されていると言えるでしょう。
「チームの方向性」は、そのチームの哲学であり、目指すスタイルであり、アイデンティティーとも言えます。アーセン・ヴェンゲルによると、クラブはアイデンティティーを定め、どこに価値を置くかを決めるべきで、そうしてから監督がそれを原則としてピッチに落とし込むのだと彼は語っていました。
代表チームでも、その国の協会が掲げるサッカーの指針に沿ったプレー原則を基に、A代表や育成年代の代表選手がプレーするということが、各国でそれぞれ行われているはずです。ドイツ代表にもドイツサッカー協会(DFB)が定めるプレー指針があり、その指針は指導者講習会を通じてドイツ中の指導者に共有されます。
「チームの能力」というのは、このテーマだけでも語れることが多そうですが、今回の主題ではないのでシンプルに表そうとすると、
個々の選手の能力:技術、フィジカル、認知、知性、メンタル、社会的能力等
を土台に、
戦術的要素:個々の選手の相互作用、戦術的多様性、戦術的実行能力等
心理的要素:集団凝集性、集団効力感、コミュニケーション等
を含めた、チームの目的を効率的に達成するための集団としての能力と言えるのではないでしょうか。
チームが満たすべき要求
問題は、企業にとっての「市場の要求」です。
企業の目的は、顧客創造や利潤の最大化であるので、「市場の要求」を満たすことが、企業の「すべき」ことでした。
プロサッカークラブにとっては、ファンを中心とした「市場の要求」を満たすことは、「すべき」ことの一つかもしれません。しかし、アマチュアチームにそれは当てはまりません。
サッカーチームの普遍的な「すべき」こととは、サッカーというゲームのルールの中で試合に勝つことです。「より多く得点したチームを勝ちとする」とIFABの競技規則にも書いてある通り(第10条2)、サッカーの目的は勝利であり、得点です。
つまり、企業にとっての販売数(会員数)や売り上げが、サッカーチームにとってのゴール(得点/失点)や勝ち点であると考えられます。したがって、サッカーチームが満たさなければならないものは「ルールの要求」となります。
また、サッカーは「2つのチームによって行われる 」(IFAB競技規則第3条1)ため、当然ながら対峙する相手チームがいます。競争相手が同じフィールド上で同時にプレーするというゲームの性質上、どの状況でも常に「すべき」ことは対戦相手の影響を受ける、というのがこのゲームのルールから導き出されます。どのレベル、どのスピードでプレーを「すべき」かは、対戦相手によって決定されるのです。なので、試合やリーグで要求されるレベルやスピードも、「ルールの要求」に含まれると言えるでしょう。
ゲームの目的が、原則的には試合終了時に対戦相手より多くの得点を取ることであるため、試合中のスコア状況も「すべき」ことに影響を与えます。これも「ルールの要求」の1つの要素です。
さらに、参加する大会のレギュレーションや目標とする順位、チームが位置する順位によっては、「引き分けでもいい」、「何点差で勝たなければならない」といった状況が生まれます。2018年のW杯ポーランド戦における日本の状況が良い例です。こういった大会レギュレーションにより決定される状況は、試合中のチームの「すべき」ことに影響を与えるため、大会レギュレーションや順位状況等も、サッカーチームが満たさなければならない「ルールの要求」です。
以前、レネ・マリッチの話を聞く機会があった時に、彼はこんなことを言っていました。
「戦術的行動の側面は、ルールブックから導き出すことができる。」
彼の言う通り、サッカーに限らずスポーツゲームにはルールから導き出されるプレー原則があります。
例えば、ケルン体育大学の教授であるDaniel Memmertは、侵入型ゲーム(invasion games)に分類されるチームスポーツの、種目の垣根を越えて共通する基礎戦術として以下の6つを挙げています。
・ 目標を狙う、シュート(トライ)する場所とタイミングを選ぶ
・ ボールをゴールに近づける
・(チームメイトと)協力してプレーする
・(相手選手間の)隙間を狙う
・ 相手からの妨害を躱す
・ 数的優位を作り出す
Memmert, Daniel. (2004). Kognitionen im Sportspiel. Köln: Sport & Buch Strauß.
これらは、どのようなプレースタイルを志向するかに関わらず、規定されたルールの性質上、ゲームに参加するチームに普遍的に要求される戦術要素です。
したがって、以上に挙げた要素(ルール、対戦相手、スコア、大会規則、順位、ゲームの原則)が、チームによって満たされるべき「ルールの要求」であると考えられます。
まとめ
長くなりましたが、これまでの説明を要約すると、企業の品質管理における「品質」の考え方をサッカーに転用して考えた場合、サッカーにおける「質」とは、「チームの方向性」、「チームの能力」、「ルールの要求」の重複する程度であると考えられます。
じゃあどうやってそれを評価するんだとか、主語が「チーム」ではなく「選手」の場合、育成年代の場合、様々な立場からの意思決定等については、また時間のあるときに。
では、また。
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