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ゲーム翻訳のトライアル評価基準の一例

あるゲーム翻訳会社さんのトライアル原稿を評価する機会がありました(私がご紹介したところとは別の海外の会社さんです)。私自身は合否の判定はしませんが、一定基準に基づいてストーリー部分の翻訳の判定、評価をして返却をしました。対象は5人、名前は消されているので誰なのかは全くわかりません。評価結果は5人ともNOというしょっぱい結果になってしまいました(厳密には1人は条件付きYESとは書きましたが…)。せっかくなのでどなたかの参考になればと思い、気づいたことを書き残しますね。

ゲーム翻訳をナメるな

のっけからこんなタイトルで恐縮ですが、答案の中にナメてるだろう、というものがチラホラ。いえ、きっと本人たちは真剣だったのでしょう。ところが、こちら側としてはプロのフリーランスと契約するということになるので、ちゃんとした人材が欲しいのが事実。

例えば…
100ワードもない原文の訳文に基本的なタイポがある。「私ののバッグに」みたいな。
指示を読まない。「初老の男」と書いてあるのに、「えっと、***じゃないですか?」とか(いや、こういう人もいるかもだけど、トライアルなので、一般的な初老の男を想像させるセンで願いたい)
辞書を引かない。この単語にはその意味以外にもあるでしょ、そっちを取らないとコンテクストがおかしいでしょ?みたいな。
訳文を読んで意味がわからない。「上手く踏み入れれば大丈夫のはずだ」…きっと本人の頭の中では完全分なのかも知れません。または修正して間違って必要なところを削除してしまったのかも。ごめんね、そんな事知ったことじゃなくて、意味不明な訳文を出されても困るのです。

で、共通しているのはどれも「見直せばわかる」という点です。一日置いて読み直せば見つけられそうです。読み上げソフトを使えばすぐ気づきそうです。だから、ゲーム翻訳だからってナメてかからないで、きっちりと見直してからトライアル原稿を提出しましょう。落ちると半年くらい欠格期間があるわけですし…。

今回の評価ポイント

そういう基本的な点はさておき、ここからが本題。今回は以下の内容が主なチェックポイントでした(訳文抜けとか当然アウトのようなものはここでは省いてます)。

・コンテクストが訳文に反映されているか
・発話意図が訳文に反映されているか
・ゲーム世界が訳文に反映されているか

コンテクストが訳文に反映されているか

要するにストーリーの流れがちゃんとわかってますか?ということです。これができてないと、いくら文法的に正しい訳文が並んでいても、続けて読んでもストーリーとして成立しないわけです。
試しにご自身で書いた訳文の1シーンについて「***が***するシーン」(例:「主人公が王女の乗った馬車の前を誤って横切り、無礼に対して許しを請うシーン」)と簡潔にまとめてみて下さい。
それが曖昧だと、そのパラグラフの訳文がストーリーとして成立していない(=商品価値がない)可能性があるかもです。例えて言えば、麻雀牌を3枚ずつ4組と頭2枚を集めたけど、役がつかなくてアガれないという感じですね。

ですので、とにかくストーリー全体がどう流れているかを正しくつかみ、わからなければクライアントさんに質問し、その流れを求心力にして訳文を書いていくことは非常に大事だと思います。そうすると、たまにストーリーの辻褄が合わなかったり、原文が間違ってたりするのを見つけたりできますので、クライアントさんに優しく指摘してあげて下さい。明日は我が身です。

発話意図が訳文に反映されているか

私のツイートを見ていただいている方はこの「発話意図」という言葉を耳にされたことがあると思いますが、これはそのセリフを言う人が「何を言おうとしているか」ということです。なんだそんなの翻訳するのは当たり前じゃん。なんて思った方、こんな質問をしたことありませんか?

「このセリフは直訳したほうがいいですか?意訳したほうがいいですか?」

この言葉が出た時点で「発話意図」を訳文に反映させようと意識していないかも知れません。「発話意図」はそのセリフの「発話者」が伝えようとしている内容で、「セリフ」は「発話者」が「発話意図」を以て自分の「表現方法」で発した結果の言葉です。なので、その結果として直訳に近くなることもあるし、完全に意訳になってしまうことだってあるわけです。

もう少し噛み砕いてみましょう。主人公「リナ」さん、お腹がすいたのでなにか食べたいなぁ、と思ったとしましょう。ここで
「発話者」(リナ)が
「発話意図」(飯が食いたいことを伝える)で
「表現方法」(わがままに育った上から目線的な女の子的な話し方)で
言葉を発すると、その結果のセリフがこうなるかもしれません。

(原文)Gimme something to eat.
(訳文)何か食べるものないのお?

また、同じ原文を
「発話者」(レイ)が
「発話意図」(飯が食いたいことを伝える)で
「表現方法」(無感情で冷たい女の子的な話し方)で
言葉を発すると、その結果のセリフはこうなるかもしれません。

(原文)Gimme something to eat.
(訳文)…食べ物、ありませんか…?

ですので、セリフを翻訳する場合、原文を日本語の単語で置き換えてこねくりまわして、キャラクターの話し方に合わせてどうにかしようというのではなく、その原文が発せられたのか、どういう意図だったのか(発話意図)という1ステップ上に戻って考え、それをキャラクターに当てはめて、このキャラクターだったらどういう話し方で何と言うだろうか、と考えたほうが自然な訳文が出てくるのではないでしょうか? 結果的には原文とはぜんぜん違う言葉を使うことになる可能性はありますが、個人的にはその訳文に至った理由がきちんと説明できる限り問題ないのではないかと考えます(たまに、日本の翻訳会社さんでガチガチに原文に沿わせて下さいというところもありますが💦さすがにそれはクリエイティブさに欠ける会社のような気がするぞ?)

ちなみにこのあたりのお話に興味をもたれたら、ぜひぜひ語用論を勉強してみて下さい。言語学って面白いんですよー!この本は実例入りで読みやすいので、ぜひおすすめです;
参考:「日本語語用論入門」(明治書院)

ゲーム世界が訳文に反映されているか

こちらはすごく簡単な話。シャーロック・ホームズの時代が舞台になったゲームで「ロボット」という言葉を使えないということです。説明の文としては使うことはあっても(私は絶対使わないけど!)、少なくともキャラクターのセリフでは使えないですよね? だって、そんな言葉知らないんですから(言葉の発生した年代はWikipediaや英英辞典などで調べることができますよ)。
ゲーム世界は当然ながら、クライアントさんにとっては命の次の次の次の…くらいに大切なものです、就業時間内では。なので、その雰囲気を盛り上げるような訳文作りを心がけたほうがいいかもです。「ビルディング」にするか「ビルヂング」にするか、ぜひ色々工夫をしてみて下さい。

時代設定やキャラクターの設定も、当然ですが訳文に反映させる必要があります。トライアルだから、とか関係ありません。8往復くらいの台詞のやり取りの中にも、時代背景やキャラクター同士の上下関係、シチュエーション(キャラクターが仕事の依頼をもらってるけどまだ仕上がってなくて…とか)をきっちりつかんで、コンテキストと絡めて正しく反映してあげて下さい。それが書かれていなければ、自分で設定を作ってしまえばいいのです!

トライアル合格のために…憑依の驚異

以上、トライアル評価雑感として、3つのポイントを中心に解説してみました。私の評価は相当からいと思われるかも知れませんが、実はこんなのはストーリーライティングを仕事にしている人からすれば当たり前のこと。逆に言えばこの部分こそが実務翻訳では味わえないゲーム翻訳の大きな醍醐味と言えるでしょう。

よくゲーム翻訳者の間で「憑依」という言葉を使います(使うよね?)。そのキャラクターになりきって、訳文となる台詞を考えるのです。そこにはすでに、原文の単語を置き換えてどうにかしようとする考えはありません。このキャラクターならこんな言葉で語るよね、という言葉は自動的に頭に湧き上がってきます(キャラが憑依してるから)。周りから見てると、コイツ大丈夫かと心配になって近づくか、コイツとは離れた方がいいと距離を取られるかのどちらかです。ぜひみなさんもいい憑依ができるいいゲーム翻訳者になってくださいね!

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