映画を観た感想

 ドライブ・マイ・カーを観た。素晴らしい作品だとの評を聞いて見に行ったのだけれど、本当にとても良かった。いろいろ良かったと感じる点はあるのだけれど、私がいちばん感動したのは、ラストのソーニャの言葉。感動のあまり、帰りにチェーホフの文庫本を買って帰ったぐらい。
 それだと、「ワーニャ伯父さん」が良かったという話になってしまいそうだが、もちろん、あの映画の中で、ユナが手話で語ったセリフは、家福さんの再生への道を後押しするものだったからこそ、感動的だったのだ。
 ほかにも、全編が多層的な作品で、隠喩に満ち満ちているのもいちいち切なく胸に刺さる。たとえば、車の中で家福と高槻が音について語り合ったのち、車が突き進んでいくトンネルはオレンジに染まり、煉獄という言葉を思い起こさせた。
 また、役者の声がとても印象的で、私は、家福を演じる西島さんは、声がいいなぁと思いながら最初は見ているのだけれど、振り返ってみれば、テープから聞こえる音の声は、ストーリーが進むにつれて幽霊のような響きをもって聞こえるようになるし、岡田君が演じる高槻の声がやけに生生しいのに対して、抑制的な家福の声はどこか死んでいる。それで思い出したけれど、ずっと固い表情のままだったみさきが、最後のシーンでは、まるで心を取り戻したかのように、晴れやかな顔に変わっていたのが印象的だった。

 家福は妻を、みさきは母を、それぞれに殺したと思っている。その姿を見ていて、もしかしたら、私だって誰かを殺したかもしれないと思った。誰でも、いつも誰かを殺しているかもしれない世界を、私たちは生きている。
 生物学的な死ではなく、精神的な死をもたらすこともある。心を少しだけ殺す。遺体は見えないから、自分の心が死んだことは分からない。でも、自分では見えない、見ようとしない死が、至る所にあるかもしれない。

 私の心を殺したのは、だれ。おまえか、わたしか。愛する者同士が、互いに突き立てたナイフで。

 不思議なことに、映画を観終えたあと、あれだけ救われた思いで感動していたのに、どうやって彼らの心が息を吹き返したのか、もうよくわからなくなっている(また観ないと)。ただ、彼らの死んでいた心は蘇った気がする。だから一緒に、彼の妻や彼女の母の心も、同時に蘇ったのだと思う。 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?