【小説】『卒業ホームラン』重松清
父親としての自分と、監督としての自分。
この間に立たされてしまいます。どうする?!
今日は『はじめての文学 重松清』から、短編『卒業ホームラン』についてです!
主な登場人物は父である徹夫と、息子の智。重松さんはこの「父と子」の物語がいいんですよね。
徹夫は智の入学祝にグローブを買ってやり、家の近所でキャッチボールをするんです。やがてグローブの革が手になじんできたころ、智が友達を何人か家に連れてきます。徹夫を見る友達の目はキラキラ輝いている。
なぜなら、
「おとうさんって、甲子園に出たことあるんだよーーー。」
友だちに自慢しているんですよね。つまり智は、甲子園に出場した父親の息子なんです。
そして友達と一緒に野球チームをつくるという話が立ち上がり、「ノックでもしてやればいいだろう」と軽く引き受けます。なのに、友達の中に地区の子供会の会長の息子がいたせいで話が大きくなってしまいます。全員一年生の野球チームが誕生するわけですね。
父である徹夫は言います。
これからは「遊び」が「練習」になる。「智くんちのおじさん」が「監督」に変わる。「友だち」が「レギュラー」と「補欠」とに分かれる。河川敷からひきあげるときの言葉は「楽しかったかどうか」ではなく「勝ったか負けたか」になる。野球チームを作るというのは、そういうことなのだ。俺はきっと厳しい監督になるだろうーーそんな予感がしていた。
父親から監督になる瞬間がやってきてしまいます。それも、息子が一年生のときです。一年生なんて、かわいい真っ盛りです。それでも、野球に時間をささげてきた徹夫にとっては、監督であるということを中途半端にすることなんてできない。
チームの中では、智に「おとうさん」と呼ばせないようにし、徹夫も智のことを「加藤」と呼ぶようになります。
そして時は流れ、六年生の最後の試合。この試合はチームが20連勝するかどうかの大事な試合です。さすが、一年生から鍛え上げてきただけあって、チームは強い。
しかし、智は…。背番号16。16人いる六年生のしんがりです。
まじめに、素直に、こつこつと努力してきたけれど。その結果がこれ。
徹夫は厳しい監督として、加藤はへただもんな、しょうがないよな、試合には出せないよ…。といつも心の中でつぶやいたあとに、「智、ごめんな。」と必ず心の中で詫びています。こんな中で監督をするのは相当苦しいでしょう。
一番愛している息子に、監督として、厳しくしなければならない。
父親として、息子に活躍してほしい。監督として、チームを勝たせなければならない。この間に立たされているのに。
「今日は田舎からじじばばが来てるんです。うちの子を出してください。」
「なんでうちの子が送りバントで犠牲にならなければいけないんだ。」
試合を見に来ている保護者の要望も無視できない。
最後の試合の相手チームには、ものすごい力のあるエースがいます。かなりの苦戦が予想されるわけです。控え選手を決めるところで、徹夫は悩みます。「チームのピッチャーの調子を考えると、控えにピッチャーがもうひとりいた方がいい。」
控えになるピッチャーとは、五年生の時期エース。
悩んでいるところに「監督さん、いいですか?」と主審から声がかかりました。ふと、智が視野に入ります。智は他の選手がおざなりにやっている屈伸運動を、一人だけていねいにやっているんです。まじめな子なんです。さらに、バックネット裏をちらっと見ます。五年生の時期エースの両親は来ていない。補欠の欄の一番下に「加藤」と走り書きました。
これで、智に出番があるかもしれない!最後の試合なんだから!
読者がそう思うのもつかの間、直後にバックネット裏で歓声が上がります。徹夫が振り向くと「めざせ不敗神話。 祈・20連勝」と書かれた横断幕が広がっていました。徹夫は主審を慌てて呼び止め、提出したメンバー表の「加藤」を二重線で消して、五年生の時期エースの名前を書くわけです。書いてしまうんです。
いやあ、苦しい。父親としてなら、息子を全力で応援できるのに。
最後の試合は、最終的に0対10で負けてしまいます。
試合後に、徹夫は腕組をして自分の影をにらみつけながら思うわけです。
今日なら、出せた。この試合なら、智を出しても誰からも文句を言われなかった。あいつの努力を最後の最後でむだにしたのは、俺だ。後悔はしない。勝つためにベストを尽くしたのだ。それでもーー俺は智の父親として、この監督のことを一生許さないだろう。
敵も味方も観客も引き上げたグラウンドをぼんやりと見て煙草を吸っています。すると、ベンチの隣に智が座りました。
「智、今日残念だったな。」
「しょうがないよ。相手のピッチャーすごかったもん。」
「いや、そのことはじゃなくてさ……お前のこと、試合に出せなくて……」
「いいってば」
声は明るいけれど、智はうつむきます。そりゃそうです。すると、妻の良枝も智の反対側に座りました。
「中学に入ったら、部活はどうするんだ?」
「野球部、入るよ」
「今度は別のスポーツにしたら?」
妻の佳枝が言います。
「野球部にする」
智は、迷うそぶりもなく言うんです。
「でもなあ、レギュラーは無理だと思うぞ、はっきり言って」
「うん…わかってる」
「三年生になっても球拾いかもしれないぞ。そんなのでいいのか?」
「いいよ。だって、ぼく、野球好きだもん」
この言葉に、徹夫の肩からすうっと重みが消えていきます。野球が好き。この感情は、長らく徹夫が忘れていたものでした。あれだけ頑張っても結果が出ないのに。それでも野球が好きと言える智はすごい。
「ピンチヒッター、加藤!」
徹夫は無人のグラウンドに怒鳴ります。
佳枝も守備につきます。
手を抜かずに投げた内角高めのストレート。智は思いっきりバットを振りました。
「ホームラン!」
佳枝が叫びます。
徹夫も少しためらいながら、ダイヤモンドを一周しろと顎で伝えました。
「おとうさん、いまのショートフライだよね」
智が言います。
徹夫はアウトを宣告します。
そして、ゆっくりと智に近づき、聞こえるか聞こえないかの声で「ナイスバッティング」と伝えるわけです。
いやあ、面白かった!
智はきっと、仲間に恵まれていくだろうな。
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