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あのときの、傘

あの傘を買ったんは、去年の暮れ。

そのころは、お歳暮シーズンで、
近所の商店街じゃ、ようけ人だかりができとった。
たまたま私も甥っ子連れて、親戚へのお歳暮買うために、
普段は立ち寄らんような路地裏にまで行って、なんか良さげなもんなかか
探しっとったんや。
そんで、いかにも古めかしい傘屋のそばを通り過ぎようとしたとき、
甥っ子がわたしの袖を強く引っ張って、あの傘が欲しいあの傘が欲しいって
せがんでくるんしゃって。
じゃけぇ、仕方なくわたしらは、そこへ入店したんや。

入ったら、入ったらで、その傘屋は思ったより中はえらぁ、広くってなぁ。そんで、甥っ子は、隅々の傘を目利きし始めたんよ。私は、もうここまで商店街の人混みで疲れきっちょったけぇ、お店の入り口から甥っ子を観察しとった。
そしたらな、ようけ晴れ晴れとした明るい刺繍の入った傘の前で甥っ子が立ち止まって、ぼぅっとその傘を見つめとんのよ。どうしたんやって聞けば、
ついでの口でこれほしいっていうんで。ほんま、子供はすごいわ。これ以上のせがみがきては、私の体が持たへんと思って、買うたわ。店主は、かわいい子供の為やちゅうことで、値段はだいぶおまけしてくれたんで。
甥っ子はもう大喜び。わたしとしては、そうでないと困るんやけどな。機嫌損ねられたら、もう手付けられへんかってん。まぁよかったわ。

今年に入って、甥っ子はこの傘つかうんやろなっておもっとった。
じゃけど、今年に入ってまだひと粒の雨も降っとらんじゃろ。わたしも買った甲斐ちゅうもんをまだ拝めてないんよ。すこぉしだけでもええけ、ふってほしか。
この前な甥っ子にな、”雨さん、全然ふれへんな。そげんしたら、いつまでたっても買った傘は新品のままじゃあね。”って言ってみたら、”この天気はこの傘のせいや”って返してきてん。

面白いなぁ思ったけど、甥っ子の言うとる意味がぜんぜんわからんけぇ、訳きいんたよ。
そしたら、こう答えてん。
”この傘な、おお晴れの絵が描かれてるやろ。でも、傘って雨降ったらつかうもんじゃろ。じゃけん、まるで傘が、このさき雨降らないでって願っているようでしょ。この傘、ほんまに雨降って欲しくないけん、晴れた天気の絵を描いたんや”ってな。

面白いやろ。そんで、ほんまにそうかもなって思わされるやろ。


死ぬ間際になって、こんな懐かしいことを思い出すなんてなぁ。
そういやぁ、あの傘はどうしたんやろ。
ま、もうええかぁ。
先に待ってくれとる甥っ子に、聞いたらええことじゃし。

ほんじゃ、いくかのぉ。

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