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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』6/18(火) 【第17話 突然の告白】

月曜日、19時前に仕事を終え帰ろうとすると
事務局長から声をかけられた。
明日の火曜日、外科医局で8時30分から、
朝礼が行われるとのことだった。
 
朝礼が行われるのは、大体、人事絡みの事で、
異動や、昇格、退職などだ。
何が、あるのか?  と聞こうと思ったのだが、
事務局長は要件だけ言って出ていったので
聞く暇がなかった。
と言ってもそれほど興味はなかった。
 
帰りに、コンビニに寄っていると、
晴香からのLINEが来た。

「部屋の明かりが消えてるから
まだ仕事だね?お疲れ様です。
久々の帰省で少し疲れちゃったけど、
明日は、いつも通り出勤します。
じゃ、おやすみなさい」という内容だった。

確かに、親戚の集まりというものは、
意外と気を遣うのはよくわかる。
晴香を早く休ませようと思い
「おやすみなさい、晴香好きだよ」という、
短い内容で返した。
 
翌朝、朝礼に備えて、少し早めに病院に行き、
朝礼までに、カルテの確認を済ませた。
時間になったので急いで事務所に移動すると、
既に全員集まっていた。
 
私は、進行を務めるだろう事務局長から、
一番遠い廊下に近い場所に立った。
時間になり全員が揃っていることを
確認し、事務局長が発声した。
 
事務局長「それでは、皆さんお揃いですので、
朝礼をいたします。
じゃあ高見さん、前に来てください。」
 
予想もしなかった、その名前を聞いて、
驚きの感情とともに前を見た。
晴香はゆっくりと事務局長の隣に進んだ。
 
事務局長「実は、この度、非常に残念な
ことなのですが、高見主任が、
今月をもって退職をされることになりました。

このあと、ご本人からも、お話がありますが、
健康上の理由なので、我々としては
高見さんが回復して、この病院に戻る事を
願うばかりです」
 
私は、今ここで交わされている内容が、
まるで日本語以外の言語で交わされてるか?
という錯覚に陥るほど理解できていない。

そんな混乱をよそに、局長に促されて、
晴香がゆっくり発言した。
 
晴香「おはようございます。
今、事務局長からお話ありましたが、
急で申し訳ありませんが今月を持って
病院を退職いたします。
実は私、6年前に白血病が発症しました。

看護師の仕事と、この病院の事が好きなので、
仕事に支障ないうちは、とやってきましたが、
少し前から、ちょっと症状が進んでしまって。

私としては、まだこの仕事をしたいんですが、
でも患者さんと、病院にご迷惑をおかけしては
ならないと思い、退職することにしました。

退職後は実家の静岡に帰ります。実家近くに、
たまたま、血液内科が有名な病院があるので、
戻ることを決めました。

元気になって、戻ってくることがあれば
よろしくお願いします。お世話になりました」
 
晴香の言葉を聞き、私は頭が真っ白になった。
咄嗟に「え?」という声が出そうになったが、
私よりも早く晴香の部下の看護師が
「そんな、主任と働けないなんて、
私、嫌です」と言って、号泣しはじめた。

それにつられるように、晴香の部下にあたる、
若い看護師たちは、みんな泣いている。
 
周りのリアクションを見ると、病気のことは、
本当に、誰にも言ってなかったんだと思った。
一番外の位置に、陣取っていてよかった。

突然の告白と若い看護師たちの号泣につられ、
何故か私の目からも、涙がこぼれた。
しかし誰にも気づかれていない、、、
1人を除いては。
 
その日は、なにも手がつかない心理状態だが、
医者として、自分の目の前に患者がいる以上、
そんなことは言ってられない。
いつも以上の集中力を保とうと努めた。
 
同じ病院に居るのだから、当たり前なのだが、
そんな中でも、晴香を目にする機会が多い。

努めて平常心を保とうとする私とは対照的に、
晴香は何らいつもと変わらない様子だ。

いやそう振舞っているのだろう。
晴香はそれくらい強い芯を持った人だと思う。
 
朝礼が終わり、各自仕事に戻ったが、
晴香の部下の若い女性はまだ泣いていた。

それを見た晴香が、大きな声で
「美貴、あんた、いつまで泣いているの!
そんな状態で患者さんの前に立てないでしょ!
顔洗ってきなさい!」と言っているのを見た。
 
部下に対する、晴香なりの優しさだと思うし、
また、自分が当事者にも関わらず、
それだけ強く言えるのは、
晴香の芯の強さを表していると思った。

話をしたいことは山ほどあるのだが、
病院ではやめておこうと思った。
最後のオペが終わり自分の席に戻る途中、
晴香に会った。

その時に「今日、仕事終わって、会える?」
と小声で聞いた。晴香は、手でOKをした。

仕事を終え、スマホを見ると
LINEが来ていた。晴香からだ。
どうやら晴香の方がかなり早く
終わったようで、今、家に着いたらしい。

晴香には、自分の部屋の鍵を渡しているので、
先に入っててもいいよと伝えると、
わかったと返事がきた。
 
外科医とは言え、医療関係者なので、
白血病についても一般の人よりは知識がある。
医療の進歩で、白血病とは、
絶対に治癒しない病ではない。

だが朝礼の話から推測すると6年前に発症し、
未だ治癒していないということ、
また最近になって症状が進んだということは、
慢性期から移行期に入ってしまったのだろう
ということはわかった。
だから治療に専念するのだろう。
 
空を見上げると、三日月が見えた。
晴香と初めて食事をした日も、三日月だった。

ただあの日は、上弦の三日月だったのだが、
今夜は下弦の三日月だ。
 
(第17話 終わり)次回は6/20(木)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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