小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』6/11(火) 【第14話 出会いの日】
次の週は、余り2人のシフトが合わなかった。
晴香は土曜日が非番だったが、
日曜日は仕事、私は逆だった。
そのため金曜日の夜に会うことになった。
きっかけになったイタリア料理店でも
いいかと思ったが、
2人の終業時間も合うとは限らず、
どちらかが、店で待つのもよくないと思い、
結局、この日も家で会うことにした。
そして料理する時間がないかもしれないので、
ピザを取ることにした。
私が帰宅したらLINEをする段取りにした。
結局、私の帰宅は19時半になった。
晴香に連絡すると「今から行く」とすぐ、
返事が返ってきた。
晴香が来るまでにピザを注文した。
その電話を切ると同時にチャイムが鳴った。
晴香の髪からシャンプーの香りがした。
シャワーを浴びてきたようだ。
晴香は私がそれに気づいたと思ったからか、
それとも偶然かはわからないが言った。
晴香「ピザ来たら、私が受け取っておくから、
シャワー浴びてきたら?」
私は頷き、洗面所に向かった。
このマンションは宅配エリアの一番端らしく、
配達に30分ほどかかる、ということだった。
私は急ぎ気味でシャワーを浴びた。
シャワーから出ると既にピザは届いていた。
だいぶ、待たせてしまったか? と尋ねたが、
2~3分前に届いたばかりだと、晴香は答えた。
そして晴香が続けた。
晴香「ごめん、フライパンとお皿、借りたよ。
ちゃんと洗っておくから」
そう言ってキッチンから、
サラダとベーコンの炒め物を運んだ。
家で切ったものを持ってきて、
ここで盛り付けと調理をしたようだ。
そしてグラスとワインが既に準備されていた。
晴香が空腹だといけないと思い、
すぐにワインを注ぎ、乾杯をした。
今夜は晴香と過ごす幾度目かの夜だが、
自分の気持ちにはっきりと気づいた夜は、
これまでの夜とは違う気持ちがする。
話も楽しいが、晴香と共にしているこの時間、
この空間自体が、この上なく心地よく感じる。
恋愛経験が、際立って豊富だとは思わないが、
人並みの経験はある。
ただ晴香と出会い今日に至る迄の心境の変化は
経験したことがなかった。
もしかしたら、本当に「人を愛する。」
ことが初めてかもしれない。
とは言っても、これまでの交際相手に対して、
恋愛感情が、なかったわけではないと思う。
間違いなく好きだったと思う。
あまり哲学的な思考を好まないが、恐らく、
「好き」と「愛する」の違いのように思った。
あくまで「自分」ありきで、
相手を「好き」であることと、
「自分」を顧みずに相手のことを、
「愛する」ことの違いだと思った。
自分で言うのも憚られるが医者は人気職業だ。
一方で、極めて多忙だ。
それは医者の卵の医学生も程度の違いは
かなりあるとは言え同じ構図だ。
医者、或いは医学生というだけで興味を示し、
近寄ってくる女性は、たくさん居た。
そこに未来に繋がるものはなくても
男の悲しい性が欲求を満たそうとする。
考えてみれば大学以降はその「雑踏」の中で、
人を「愛する」ことを真剣に求めようとは
してなかったように思う。
それ以前はあったのか?と聞かれたとしても、
雅なすぎて、その真理にたどり着けなかった。
行きつくところ晴香に出会い、はじめて人を
「愛する」ことを知ったのかもしれない。
一方で気持ちの高まりは何がきっかけなのか?
と再び思考を巡らせる。
“小さなことの積み重ね”という実証できない
理由を挙げることもできる。
だが少なくとも1か月半前からの出来事を
大局的にとらえれば、そこにあるのは
男女のいわゆる“身体”の関係だけだ。
そこに、晴香を「愛する」ようになる、
直接の理由がないのはすぐにわかった。
とは言えすぐには、きっかけのようなことを、
思い出せなかった。
そんな思考の沼を泳いでいた時、
晴香が発したフレーズが聞こえた。
「拓也は、本当、良い“眼”しているよね」
その瞬間、解法がフェルマーの最終定理の
証明の如く思い込んでいたが、
実は四則計算で解ける問題だと気付いたぐらい
鮮明に視界が広がった。
それは大学を卒業し、はじめて
この病院に配属された日のことだった。
朝礼で院長から紹介されたのは私を含め3人。
簡単な自己紹介をした。
他の2人が、「この病院に貢献したい」とか、
「患者に寄り添い」などという
当り障りのないことを言った。
最後に順番が回っきた私は
普段から思っていたことを口にした。
「今の、日本では、医療現場に対する評価が、
余りにも低いと思います。
でも医療がないと国というものは一瞬で、
機能不全に陥ると思います。
しかし社会全体にそんな認識がない。
私がしたいことは、この病院のためや、
ここに来る患者のためとか、
そういうことではなく、
いや、それも大切なんですが、、、
それよりも医療の価値を上げて、
結果多くの人が、気軽に医療の恩恵を
受けれるようになることです」
この挨拶の後は、乾いた拍手が空間を包んだ。
今になって考えると志は素晴らしいが、
「お前に、何ができる?」
とそこに居た人々が考えるのは普通だ。
“スベリ” 挨拶をしてしまった私は初日から
“孤立”確定フラグがたった。
その日食堂で 1人昼食をとっていると、
ある看護師が話しかけてきた。
晴香「辻本くん、隣に座っていい?
私、看護師の高見晴香って言います。
今日の朝礼の辻本くんの言葉、心に響いたよ。
それに辻本くん、本当、良い“眼”をしてるよ。
辻本くんの言う通りだよ。
本当に、患者の皆さんを救いたいと思ったら、
辻本くんが言うようなことが必要なんだよ!!
でも、しがらみかなんか知らないけど結局、
効率化みたいな話になっちゃう、
まあ、それも必要なんだけど。」
その時の自分が彼女にどのような反応を示し、
どんな言葉を返したかは、正直覚えていない。
ただ、今自分の記憶に呼び起こしたその時の
感情は「自分と心が通じ合う人」だった。
(第14話 終わり)次回は6/13(木)投稿予定
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https://note.com/cofc/n/n50223731fda0