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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』5/30(木) 【第9話 笑顔を思い浮かべて】

ある週末は、2日とも、非番だった。
晴香に、予定を聞くと、同様だった。

2人で会うのが夜ばかりというのは
あからさまと思うこともあった。
だからと言って、昼に2人で
一緒に行く場所も思いつかなかった。

正直、あまり遠出をするのも気乗りしない、
かと言って、病院にも近いこのあたりを、
ウロウロして人目につくのも変な話だと思う。

そう考えると同じマンションにいるのだから、
どちらかの家で、2人で過ごすという選択は、
合理的だとも思う。
 
ただ本当の恋人同士なら、
合理性だけで片付けられないと思う。

本当の恋人ならば・・・・。

どうしようかと考えあぐねたが、
その答えは、晴香に託してみた。
 
「もし出かけたい場所あれば、一緒に行く?」
後から見返すと、意図のわからない
LINEだとは思った。しかし既読もついた。
そして、すぐに晴香からの返事もきた。
 
「私は、特に、行きたいところはないかなぁ。
週末ぐらいは、ゆっくりしたほうがよくない?
もしよければ、辻本先生の部屋でどう?
動画を見たり音楽を聴いて
ゆっくり過ごすのも悪くないと思う。」
 
そのLINEを見て、少し、ホッとした気がした。
コメントではなく、グッドマークの
スタンプのリアクションで返した。
晴香からはオッケーというスタンプとともに、
「17時ごろ行きます」という返事がきた。

 
外出することに対して積極的ではなかった。
かと言って一日中晴香と過ごすことに対して、
億劫でもなかった。

ただ、晴香からは、夕方の時間が返ってきた。
晴香に、何か予定があるのかもしれない、
とも思った。

しかし恐らく、晴香もまた、2人の関係は
いわゆる身体の関係で成り立っている、
と考えているのではないかとも思った。


掃除や洗濯など、一通りの家事を終えてから、
パソコンを取り出し、メールを開いた。
 
以前、佐藤の退職を否定的に捉えた自分だが、
実は、転職先は探していた。

ただ、今の自分のキャリアから考えてみると、
外科以外はかなり難しいだろうと思った。
なので外科医として他の病院をあたっていた。

できるだけ大きい病院で労働環境がよい
病院を優先的に選んでいた。
 
ただ、切羽詰まった探し方でなかった。
そのため勤務環境は遥かに良い病院ばかりだ。
そのうち、2つの病院からメールが来ていた。

1つの病院は、同じ市にある総合病院で、
特に外科が有名な病院だ。
そのため給与面は今よりもかなり良かった。
 
もう一つは静岡にある総合病院で、
規模としてはかなり大きい病院だった。
ただ、有名なのは、血液内科だ。

地方にある事もあり本当に、転職したならば、
給与面については、今よりも下がる。
言わば補欠と思ってる。

「検討してみます」という、当り障りのない、
メールを返して、パソコンを閉じた。

 
今日は、少し離れたところにあるスーパーに、
買い物に行くことにした。

以前、豚の角煮を作って、晴香にご馳走したが
今回はそのお返しも兼ねてという理由もあり、
晴香が、グラタンを作って持ってきてくれる、
ということだった。
 
私は副菜を用意すると、LINEで返していた。
ただ私がイチから作っても美味しいものを
作れる自信もない。
そのため出来合いのものを使おうと考えた。

一番近いスーパーだと、
そのあたりの品揃えがあまりよくない。
なので少し足を伸ばして他のスーパーに来た。

サラダぐらいは流石に自分で作ろうと思った。
野菜売場でベビーリーフに
数種のハーブ野菜が入ったセットを見つけた。

普通の店では、あまり見ない
ものだったので、これを手に取った。
このセットに合いそうな
ドレッシングを選び、カゴに入れた。
 
店内を回っていると、冷凍食品のコーナーで、
アヒージョを見つけた。

実は前回、ズッキーニに
ガーリックを加えて炒めた一品を出した。
その料理に晴香の手が頻繁に
伸びていたことに気づいていた。

こういった味付け、素材が好きであるなら、
恐らく、アヒージョが、好きなんじゃないか?
と思ったからだ。

グラタンとアヒージョなら、決して
相性も悪くないだろうとも思った。

そのメニューに合わせワインを
赤、白一本ずつカゴに入れた。
その他は、デリカテッセンの
コーナーを見て、2品ほど買った。

レジを終えた後、商品の
袋詰めしてるときに、ふと気づいた。
晴香の喜ぶ顔を想像しながら
買い物をしていた自分に。
 
袋詰めが終わり、目の前にある
時計を見ると、既に16時を過ぎていた。
少しのんびり買い物し過ぎたと
焦りながら帰路についた。

 
家に帰って、暫くするとチャイムが鳴った。

私は急いでドアを開けた。そこに
チェックのシャツに身を包んだ晴香が、
トートバッグを持って立っていた。

そんな晴香の笑顔を見つめ、
自分もまた笑顔になってることに気づいた。

(第9話 終わり)次回は6/1(土)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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