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小説『闇に堕ちにて、空に溶けゆく』5/14(火)【第2話 昨夜の出来事】

前日、10月20日は、日曜だが出勤だった。
日曜ということもあり、緊急のオペが
午前中にあっただけだった。

17時には、仕事が終わったので、
息抜きというわけではないのだが、
帰り道、イタリア料理店を訪れた。

この日は、結果的にワインを
ボトルで注文することになった。

拓也は、酒が滅法強いというわけではないが、
先輩医師、佐藤の退職の噂を聞き、
イライラしてたので、グラスワインではなく、
デカンタを頼もうと、初めから思っていた。
 
店内に入ると、7~8人の客が居たが、
その中で知った顔を見つけた。
同じ病院で看護主任を務める晴香だった。
私が気づくのとほぼ同時に晴香も私に気づき、
声をかけてきた。

晴香「辻本先生、偶然ですね。
もし、よかったら、一緒にどうですか?」

私は頷き、晴香の隣のカウンター席についた。
カウンター内から店主が、注文を聞いてきた。
晴香の料理を見ながら、私は晴香に尋ねた。

拓也「高見主任は、お酒は、
飲まれなかったんでしたっけ?」

晴香「飲みますよ。
今日もどうしようか迷ってました」 
それを聞いて、私は言った。

拓也「今日は私、何だか飲みたい気分なんで、
ボトルを頼もうかと。
もしよければ、シェアしませんか?」
晴香は笑顔で「じゃあ、飲もうかな」
と返した

それを聞いた私は、
小エビのサラダと生ハム、
マルゲリータピザと、
それに白ワインのボトルを注文した。
 
料理が運ばれてくる間、晴香が頼んだ料理を、
進めながら話を始めた。
内容は職場に纏わる他愛もない話だった。
2人の共通点だと、それぐらいしかないので、
当然と言えば当然だ。

私が注文した生ハムとワインが運ばれてきた。
ワインをグラスに注いで、2人で乾杯をした。
ワインを一口だけ、口に運んだあと、
今度は、私が話を始めた。

先輩医師である佐藤の退職の噂についてだ。
外科医は、体力的には勿論、精神的にも
とてもハードな仕事だ。
私が、この病院に来てから、
何人もの外科医が去っていった。

後任が補充されることもあるが、
そのまま欠員の場合もある。
外科医の絶対数が不足しているからだ。

最近、拓也はそんな改善されない環境に対し、
少し嫌気がさしていた。

そして、自ら去ろうとする医師に対してさえ、
一種の、憎しみすら感じるようになっていた。
周りのことを考えず、自分だけ
楽になる選択をすることへの苛立ちだ。

先輩の佐藤と特段親しいわけではなかったが、
ある日、昼食が一緒になった。
その時に佐藤は、別の病院の内科への転科を
ちらつかせる話をしていた。そして、昨日は、
他の医師から佐藤の退職の噂を聞いて、
私の心は不満に満ちていた。
 
私がそんな話をしている時も、
晴香は真剣な、それでいて優しい表情で
話を聞いてくれてる。

晴香は自分の方から、話題を振る事も多いが、
相手が話を始めるといつでも、
自分は基本的には聞き役にまわる。
いわゆる聞き上手だ。

晴香は、スレンダーな体つきで、
色白で、笑窪が特徴的な女性だ。
決して美人ではないが柔らかな物腰と表情で、
笑顔を絶やさない。

決してバリバリ仕事をこなすタイプではない。
しかし、そういった人柄なので、
周りからも、慕われている。

晴香の事を詳しく知ってるいわけではないが、
独身という事は知ってる。
 
自分の話が、いわゆる愚痴ばかりだったので、
少し話題を変えた。
拓也「晴香さんもよくこの店来るんですか?」
アルコールのせいか、
いつの間にか、苗字ではなく名前で呼んでた。

晴香「う~ん、月に1回ぐらいかな。
普段は、一応自炊している。
でも家への帰り道だから、作りたくない日は、
ここで済ませているかな」

拓也「へえ、晴香さん、自炊するんですね。
イメージなかったなあ」

正確に言うと、料理をする
イメージがあるとかないとかいうより、
そんなことを、考えたことがなかっただけだ。
晴香は笑いながら返した。

晴香「ちょっと、辻本先生、私って、
どういうイメージですか?!
そら結婚していないけど料理ぐらいできます。
凝ったものはしないけど」

話の流れだったが、私からは触れづらいことを
自分から話してくれた。
この年齢で独身だとさすがに男性の方からは、
触れることができない

晴香が明るく返したのと、アルコールの力で、
私はその答えに続けた。

拓也「晴香さんと話をしてると、
癒されるし、落ち着くんです。
でも、なんで結婚しないんですか?
看護師の仕事に支障をきたさないように
という理由とかですか?」

我ながら、その質問は配慮に欠けると思うが、
言っていることは本音だ。
晴香と接すると不思議なほど
心が落ち着くのを感じるのは事実だ。

ただ、それは女性として、というより、
母性に近いものかもしれない。
私の問いかけに対し、晴香は笑顔で返した。

晴香「結婚しないんじゃなくて出来ないだけ。
気づけば、もうこんな歳」
そう言って笑い飛ばした。
 
晴香との会話は弾み、それにつられ、
気づけばボトルが空いていた。
私はデカンタとチーズの盛り合わせを追加した
明日も仕事なので、さすがに
ボトルをもう1本注文することはやめた。

デカンタが空いた頃には20時前になっていた。
会話とともにアルコールもすっかりまわった。

ワインも料理もなくなったので、
そろそろ店を出ることにした。
立ち上がる時に、少し足がふらついてしまい、
咄嗟に、晴香が腕を握って
支えてくれた。

その時、右ひじに感じた晴香の手の温もりに、
男の部分が騒いだ。
 
(第2話 終わり)次回は5/16(木)投稿予定

★過去の投稿は、こちらのリンクから↓
https://note.com/cofc/n/n50223731fda0

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