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7月22日(金)

・6時半くらいに起きる。麦茶を作っていなかったので、慌てて沸かして水筒で持って行けるように慌てて冷ます。朝ごはんは、冷蔵庫のきくらげがそろそろ調理しないと危なかったのできくらげともやしのスープを作って、蒸し豆腐、蒸し卵、ヨーグルトと食べた。今日はピアノの弾き合い会なので、朝からスープ作る余裕とかないのに作っている。それから、なんだか靴の汚れが気になったので、水をかたく絞ったウエスで吹いていたら玄関まで気になって、そのままウエスで拭いた。余裕ない時に限って何かやっちゃうのはあるなるですな。ピアノの練習しようと思っていたら、だんだん空が暗くなってきて雷でもなりそうな雰囲気だ。と、思っていたら雨が降り出してきてしまった。雨雲レーダーで調べたら、9時くらいまではけっこう降るようだった。8:50には出たいのに。調べたり、どうしようか悩んでいたりしていたら、ギョッとするくらい時間が経っていた。ピークは過ぎたものの雨は強く降って、頑張れば出られないわけではないけれど、たぶん駅まで15分歩いたら全身びしょ濡れになるんだろうなという感じ。どうしようか悩んで、遅れていくことにした。契約されたお仕事でもないし、全身びしょ濡れで冷房が効いた電車に1時間以上乗るのは辛いし、できる限り不快感に気を取られない状態でピアノを弾きたかった。誰かの演奏が聴けないのは残念だけど。。。9時過ぎに雨が小降りになってきたので、家を出ることにした。予定より30分遅れ。

・電車の中で、わたしの隣の席が空いて、人生の先輩のお姉さまが席の譲り合いをしていたので、わたしの席を譲ろうかと思ったら、お姉さま方は5人くらいいた。空いた席には、「あなた最高齢なんだから」と、引っ張られてきたお姉さまが座り、わたし1人が立ったところでどうにもならないだろうから、そのまま座っていくことにした。「5月に軍艦島と五島列島行ったんだ。」「なんだ、けっこうたのしんるのね」「あはははは」と、会話がとってもたのしそうで、わたしまで会話に参加している気分になった。いや、実際一緒に笑っちゃっていて、参加してたかも。

・弾き合い会の会場は、わたしの友だち数名が習っている先生の家だった。先生のお家には何度か伺ったことがあるのだが、いつも、先生の生徒であるわたしの友だちに連れて行ってもらう場所だった。だけれども、今日は“自分で向かう場所“になっていた、ということがとても新鮮だった。

・途中の乗り継ぎもうまく行ったので、みんなの演奏が始まる前に到着することができた。わたしの演奏が最後だったので、みんなの演奏の間、緊張と、平常心に戻そうとする気持ちと、みんなの演奏を聴きたい気持ちが入り混じって、とにかくこころが忙しかった。赤ちゃん連れの方がいて、その子が遊んでくれたのでちょっと気持ちがほぐれた。

・発表会などで、ホールで弾いている時には、緊張はするけれど舞台という場所で、観客と明確に区切られていて、距離もあるので、物理的な意味では集中できる。今日は、お部屋の中で間近に観ている人がいてという状況だったので、アットホームな雰囲気ではあるものの、舞台の上とは違う緊張が襲ってきた。演奏の前に何の曲を弾くのか喋らないといけないのだが、もう緊張で喋り方がおかしくなっていた。一曲目のモーツァルトはあれだけテンポやアーティキュレーションを気をつけて練習していたのに、そんなものはぜーんぶ忘れていた。気がついたら指が動いていとということもあり、ギョッとした。わたしの意識はどこに飛んで行ってしまったのだろう。恐ろしいものだ。ただ、音楽を、流れを続けたくて必死だった。もう、今までのことは諦めて最後の和音に全てを込めた。そしたら拍手をもらえた。その時は何が起きているかよくわからない心境。今、日記を書いているとうれしさと感謝でいっぱい。
2曲目のシューマンは、いつも見ている楽譜がとっても新鮮に見えた。A-B-BのうちのA-Bが全くだめだったけど、割り切ったら、2回目のBで少しだけ音楽に入っていけたところがあったからそれでいいやと思った。

演奏曲
・モーツァルト ピアノ・ソナタ 17番(K570) 第1楽章
・シューマン  幻想小曲集「なぜに」(Op.12-3) 

・終わった後は、全員でお互いの感想を伝えあった。あたたかですてきな時間だった。自分も感想をしゃべっていると、わたしは音や音楽を通して、その人がどのような人であるかを理解しようとしている部分がとても大きいんだなということがよくわかった。職業病かしら?演奏はしないで見学という方もいた。純粋に聴いている人のいるありがたみも改めて感じた。また、小さな空間で演奏することで、観ている人、その場所、そこにある空気、言ってしまえば全てのものと一緒に表現を作っている、助けてもらっているということを生々しく実感した。

・先生のお家を後にして、みんなとお昼を食べておしゃべり。いくらでもしゃべっていられる。今度、また仲間と演奏会をするけれども、今回の主催であるAさんに、開催にあたってどんなことを願っているかを聴けたことがうれしかった。それから、みんなでおしゃべりしている時にわたしが感じたメッセージは「もっと人に頼っていい」ということ。

・夜から、音楽療法があったのでそちらへ向かう。厳密に言うと、響きを感じてこころに静けさを取り戻す時間で、音楽療法というよりは体験の場という感じ。ここのところ参加者3人だったけど、今日は前から一緒だった方と久しぶりに2人きりだった。わたしは弾きあい会で気が上にのぼっていたので、まずはゴングという楽器の響きを聴いているだけにした。すると不思議なことが起こった。響きの形を感じることができるのだ。響きがゴングから真っ直ぐ出て、ある時点でふわーっと広がる。響きは、目で見られないものだけれども、明らかに形があるのだ。ゴングの響きを聴いているうちに少し気持ちが静かになってきた。

・その後は、タムタムをやった。自分を状態を、響きで以って鏡のように返してくれる楽器だ。今日は丸い輪っかのようで何だかとっても気持ちのいい響きが返ってきた。その響きを感じていたくて、タムタムを探る。もう1人の方のタムタムは、いつも落ち着いていて、ともすると抑制的な響きだったのが、今日は抑えられていたもの出てきたという感じがした。すごく明るくて、安心感がある堂々とした響きだった。音楽療法の先生も「あなたって○○で、△△な人なのね。それが本来のあなたなのね。いつもこれでいいのかなって思いながら音を出していたけれど、今日はそれが取れていた。」とおっしゃっていた。ここまでのプロセスを一緒にずっと見てきたから、それはわたしにとってもとても感動的だった。

・音楽療法が終わって、もう1人の方と途中まで一緒に帰る。その方が、「きくさんのタムタムは、削ぎ落とされて、ムダがない響きで、その形がきくさんぴったり同じ形だったんだよ!」と言ってくれたことがとてもうれしかった。彼女もまた、わたしの響きをずっと聴いていてくれたのだ。湿度が下がって、涼しい風が吹いていた。まだまだ気が上がっていたので、本当は電車を乗り換えて2駅行かないといけないが、乗り換えないでそのまま歩いて帰った。30分以上かかる道だけど、あっという間に家に着いてしまった。

※使った楽器は全て療法のための楽器です。

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