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光のなかのマリアさま

今から300年ほど前。東京が江戸と呼ばれていた頃のお話。




江戸から遠く離れた九州のとある山奥の村に、シンジロウと七つになる娘のミヨが暮らしておった。

二人は爪に火を灯すようにつましい暮らしを続けておったが、ひとつだけ誰にも言えない秘密があった。

それは二人が隠れキリシタンだったことじゃ。

その頃のキリシタンには、そりゃあ、お上の弾圧がひどうて、転ぶ(信仰を捨てる)者も多かった。


見つかれば、折檻され、転ばねば、ひどい殺され方をした者も一人や二人じゃなかった。

それでも二人は転ばんかった。

見つかりそうになれば逃げて、転々としながら、この山奥の村にやって来た。



ある夜のこと、シンジロウが、戸棚の奥から大事そうに持ってきた包みを開くと、そこには七寸ほどの大きさのとても美しい鏡があった。

鏡面はツルツルとしていて光沢があり、よく手入れされ、磨かれていた。

裏面には松や竹などのめでたい絵柄が描いてある。



「うわぁ。きれいな鏡じゃのぉ、おとぅ。」

ミヨは、鏡をのぞき込むと、そう言った。

「そうじゃのう。きれいな鏡じゃ。」



急ごしらえの小さな小さな祭壇に、うやうやしく鏡を立てかけると、二人はそっと拝んだ。

それから、おとぅが鏡を灯りの近くに持っていき、鏡の向きを何度か変えてみると、、、向かい側の壁にふわ〜とマリア様が現れた。


「わ~ おとぅ。マリア様じゃ。マリア様じゃ。きれいじゃのう。ミヨはこげにきれいなマリア様初めて見ただ。」

光の中のマリアは、十字架のイエスを、そっと見つめている。

「ミヨ マリア様は慈悲深ぇお顔で、おら達を見ていてくださる。マリア様のお顔 誰かに似ていなさると思わねえかい?」

「あっ! おかぁだ。おかぁに似ていなさる。」

ミヨの母は 二年前の疫病で亡くなっていた。

ミヨはその時のことをはっきりと覚えている。

いつもは、にこにこして優しいおとぅが泣きじゃくっていた。


「ノブよ おらとミヨを遺して逝かねぇでくれ。」

シンジロウは、ノブの棺に取りすがって泣いた。






「おとぅ、おらあ 天国のおかぁに会いてぇよ。会いてぇ。会いてぇ。」

ミヨがぐすんぐすんと鼻を鳴らしていると

「ミヨや おかぁはいつでもおまあとおとぅのことを見守ってるで、天国はもう少しお預けだ」

ノブの優しい声が聴こえたような気がした。

「わかったよ。おかぁ。」

それから、二人は、光の中のイエスとマリアに祈りを捧げた。


シンジロウは、鏡をそっと持ち上げた。


すると、マリア様もスーッと闇に消えた。

でも、もうミヨはさびしくなんかなかった。

ミヨの心の中には ノブが生きている。

光の中のマリア様のように、そっと、ミヨとシンジロウを見守っている。

会いたいと思えば 鏡を通して会うことができる。 

ミヨの心は少しだけあたたかいもので満たされた。


(1,133文字)


こちらのサイト等
を参考にさせていただきました。




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