約束のネバーランド小説 ーそれぞれの夜

生きる場所は違くとも、確かにともに進んできたエマたち家族の関係性が浮き彫りにされたそれぞれの1場面を、一語一句細かい描写や散りばめられた数々の対比に着目しながら読んでくれると嬉しいです。拙い文章ですが最後までお楽しみください。舞台はエマ失踪後の人間世界。

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 『うぅ…どうして…何も…』
『エマ……!!』

……
「あれ?フィルは?」
入浴を済ませ部屋に入ったシェリーが声を上げた。
「あ…確かにお風呂入ってから見当たらないわね…」
入浴から消灯までの30分間の自由時間。住む場所が変わっても、家族の習慣というものはなかなか変えられるものではない。生まれた時からハウスで築いた生活リズムが、イザベラに育てられた子どもたちにとって心地よいリズムだ。学校の代わりだと受けさせられていたテストの時間も、”代わり”などではない幸せな時間となっている。…しかしそんないつもどおりの生活を送る彼らの姿の中に、今夜は少し変わった様子が見られた。
「え?フィルがいない?」
「そうなの。いつもなら寝室でシェリー達と遊ぶか読書するかしてるはずなんだけど…」
小さい子どもたちに気付かれないように小声で、ギルダがドンに説明する。時計はもうすぐ消灯時間の10時をまわる。小さな子どもたちの睡眠時間をおびやかしてはいけないという事は、2人とも言わずともわかっていた。少しでも早く見つけよう、と2人は手分けしてフィルを探し始めた。
 探し始めて早10分、家族で決めた消灯時間は過ぎ、部屋の明かりはほぼ消えていた。ギルダによるとまだ部屋にも帰っていないらしく、今までフィルが決まったスケジュールを守らなかった記憶が無いドンは、ただ事ではないのだろうと焦りと心配の表情を浮かべていた。昔から変わらないせっかちな性格のせいか無意識に足の回転が早くなり始めた時、ドンの耳にかすかに鼻をすする音が聞こえた。真っ暗なラートリー家の図書館からだった。
「フィル?いるのか?」
「…ドン?」
返事の主をたどってようやく図書館の隅に座り込んだフィルを見つけることができたが、ドンの口から漏れたのは安堵の声ではなかった。
「…大丈夫か?フィル」
見るとフィルの顔はくしゃくしゃになり、目からは涙がこぼれ落ちていた。ランタンの優しい光が涙に反射してきらきらと光る。ドンは無言で小さく座り込んだフィルの隣に腰掛けた。…大好きだったエマが前触れもなく姿を消してから1年が経とうとしている今日(こんにち)、探しても探しても一向に見つからない日々にフィルが涙を流してしまうのも無理はない。今日も出向いた先で1つも手がかりをつかめないまま帰ってきたばかりだ。でもそれだけではない。フィルはそれ以上の年月をハウスで過ごし、どんなに苦しい日も変わらずエマを信じて待ち続けた。その間にも出荷されていく家族を何人も見送った。そんなちぎれそうな日々を経て再会した次の瞬間には姿を消してしまった大切な存在。…彼には抱えるものが多すぎるのだ。普段明るくポジティブに振る舞っている彼の姿を信じ切って、今こうして泣いている姿を見てしてやっとその本心を知る…もっと早くそれに気づいてあげられなかった自分に憤りを感じた。横で鼻をすする弟の姿に胸がいたむ。
 少し時間が経ったあと、フィルが絞り出すように話し始めた。
「…僕、何もできてないんだ。この1年間。エマは命がけで僕を迎えにきてくれた。今度は僕がなんとしてでもエマを迎えに行かなきゃいけないのに。何も…できてないんだ。それが悔しくて悔しくて仕方ないんだ…。どうしよう。僕はどうすればいいの…ドン……」
ふと三年前の自分と目の前の少年が重なった。無知で無力だった自分を嘆いたあの日、あの涙。ああ、あれから今日まで、俺は少しでも家族の役に立てたのだろうか。成長できたのだろうか。正直自分ではよくわからない。でも一つ確証を持って言えることは、エマもレイもみんなも、俺たちを偽り無く信じて全てを任せてくれていたことだ。
「…フィル、エマはさ、どんな気持ちで約束の代償を呑んだんだろうな」
「…?」
「まだ代償の詳細が何なのかはわかんねえけどさ、エマはきっと俺たちをまっすぐ信じて代償を呑んだんだと思う。エマだけが犠牲になる、俺達と離れてしまうような代償でもきっとエマは、俺たちがエマを見つけ出してくれるって信じてたんじゃないかな。俺たち、家族であり兄弟なんだからさ」
俺にはこんなことしか言えないけど、と苦笑いをする。
「…でも、これから泣きたくなったら1人で抱えて泣くなよ。俺がいるからさ、いつでも頼ってくれよな。どんな悩みも任せとけ!!」
いつでも元気なドンらしく、最後はやはり満面の笑みだ。
「僕、ドンのそういうところ大好きだよ」
目をごしごしとこすり、フィルも満面の笑みを返した。ドンの言葉は素直で温かくて、暗闇の中で彷徨っていたやりきれない僕の心を一気に溶かしてくれる。さっきまで際限なく溢れていた涙もいつの間にか止まっていた。僕もドンみたいにエマを、みんなを信じて、また家族みんなで笑いあえる日々を掴み取ってみせるんだ。照れくさそうに笑ったドンがハンカチで涙を拭いてくれた。
「さあ、ギルダが待ってるし早く戻って寝ようぜ」
オレンジ色のランタンの光が2人の足元を照らした。
 ……ずっと昔、レイにこんなことを聞いたことがあった。どうして髪をのばして目を隠しているのか。あの時なんて返ってきたかはいまいち覚えていないけど、今ならその理由が解る気がする。レイなりに苦しんだ結果選んだ、わかって黙って見送る日々。出荷されていく仲間の目を見ないため、情が湧かないようにするため、苦しくならないため。家族を逃がすため。そのために生きる場所を、目的を、心の置き場所を、目のやり場を、他の人とずらして生きていたんだろう。でもフィルはすべての人に明るく優しく接することができる性格だ。出荷を見送る日々も、エマを探す日々も、ずっと独りで抱えてしまっていた。…泣くなとは言わない。ただ、少しでもそれを分けて欲しい。俺がフィルにとって頼れて信じられる1つの存在になれたなら、兄としてこんなに嬉しいことはない。
「フィル!よかった見つかって!」
部屋の前につくと、待っていたギルダがほっと安心した表情を見せる。どうして遅れたのかは明日聞くから早く寝なさい、と布団に誘導するギルダとごめんねギルダ、と謝罪するフィルの2人を横目に、ドンは自分の寝室に戻った。横になる前にふと窓の外に目をやると、誰かの部屋に2つの明かりがついているのが見えた。

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「あぁ…だから言ったのに」
…レイ?
……エマ?


ああ まただ
苦しい 辛い 僕の
僕のせいでーーーーー


………
「…ン」

「…マン」
誰かが名前を呼んでいる
「…ノーマン」
君は誰?
もしかしてーーー

「ノーマン!!」

頬にピシャリと雷のような衝撃が走る。いきなりの衝撃にはっとして目を開くと、ぼやけた視界の中に長い前髪の青年が佇んでいた。長い髪の奥から覗く目はどうやら僕を睨みつけているようだ。しかしその見据えた瞳の奥に恐怖は1ミリも感じない。目の下にはクマができているのがぼんやりと見える。
「…どうしたのレイ」
「どうしたのじゃねえだろ…今何時だと思ってる」
視線を壁にかかった時計に向けると、短針はちょうどⅡを指していた。…仕事中にうたた寝をしていたようだ。夕食の後にみんなとおやすみ、と挨拶を交わしてからこっそり仕事を部屋に持ち込んで作業を始めたところまでは覚えている。
「ちゃんと布団で寝ろよお前…」
呆れた声でつぶやき机上を見回すレイに僕は笑いかけた。
「…僕はレイがなんでこんな真夜中に僕の部屋にいるのかってことの方が気になるんだけど」
レイの鋭い目の光が一瞬消えた。
「…なかなか眠れなくてな。気晴らしに外に出たら夜中なのにお前の部屋の電気が点いてたから叱りつけてやろうかと」
「レイって意外と寂しがり屋な所あるよね」
何でそうなるんだよ…と呆れた声をこぼしたレイは、大きくため息をついてソファに腰掛けた。
昔からレイは動揺すると目の明るさが一瞬だけ変わる。チェスで勝負しているときや、エマの突拍子もない言葉に驚いたとき。今思えばその目の動きは心に常に闇を抱えこみ生きてきたレイだからこその、瞬時の感情の押し込め方なのかもしれない。しかし僕はその一瞬を見逃すほど半端に隣で生きて、彼を家族で兄弟で友達だなどと謳っていたわけじゃない。確かに昔よりその目は柔らかく温かい光を帯びているように思う。それでも時折どこか寂しそうで暗い目をしているのも、僕は見逃していない。ソファに腰掛けたレイは窓の外の雲に覆われた夜空に目をやっていた。その目を見るとそこにはかすかな光が宿っていた。

フクロウの声が遠くでこだまuし、深く暗い空が窓から覗く。ハウスのときと違って、窓から見える景色を遮るものはない。しかし同時に、続く空に世界が無限に広がっているかのような、恐ろしさに近い錯覚を覚えることがある。夜中の2時の暗く黒い闇は今にも僕らを吸い込んでしまいそうで、思わず僕は手を伸ばしカーテンを閉めた。
「…で?だいぶうなされてたように見えたんだが」
部屋の静寂を切るようにカーテンのレールが音をあげた後、レイがゆっくりと切り出した。レイのその表情を見るによほどひどくうなされていたんだろう。寝てる間にかいていたであろう汗が頬を伝う。
「…悪い夢を見ていたんだ」
それもここ最近ずっとだよ、と加えてつぶやくと、レイの目が暗く沈んだように感じた。
話せばどうやら2人とも、ここ最近は悪夢しか見れていないらしい。いや、口に出していないだけで他の家族もきっとそうなのだろう。…当然だ。表には出さなくてもみんな日に日に増える焦りと不安を心のどこかに抱えて今日を生きている。
「かつて脱獄計画を練っていた頃のハウスで見た夢を今でも鮮明に覚えてるよ。自分の判断がみんなを殺す恐怖。その恐怖を今でも思い出すし夢に見る。僕のせいだなんて、こんなことを考えていたらエマに呆れられる、みんなをまとめるべき僕がこんなんじゃだめなんだって、わかっているのに」
声がかすれているのが自分でもわかる。心には赤裸々に語ったはずの言葉にも言い表せない感情が湧き上がって、再び視界がじわりとぼやけた。レイにだけはこの情けない姿をさらけ出せる、その存在の安心が不安や恐怖と共存して、心がますます入り乱れた。レイと2人で話す夜なんて、ハウスでのあの日以来かもしれない。今夜はあの日より穏やかで、静かで、それでも心にはいつになく残酷で冷ややかな現実が突きつけられている。僕の心が落ち着くのを待ってか、レイが静かに口を開いた。
「自分の理想が、判断が仲間を殺す恐怖…エマも前に言っていた。あの日お前を行かせた苦しみと後悔だって、あいつはずっと抱えていた。振り返っちゃいけない、前だけを見なくちゃいけない、迷っちゃいけない、だけどもしこの道が間違っていたら…まさにお前のさっき言ったことまんまだ」
…エマの原動力は理屈でも効率でもない。理想だ。でも望む未来へ一直線に走り抜けるあのエマでさえ、僕らが今心に抱えているのと同じ苦しみを抱えて抱えて生き抜いてきた…今この瞬間だって彼女は苦しみを抱えて生きているのかもしれない。そしてレイの言葉には、生まれた時から、僕がいない間もエマがいない今も、ずっとずっと闘ってきた彼だからこその、強い説得力があった。
「…けどあいつは、お前の見たかった世界を、生きたかった世界を、お前の分まで生きるとはっきりと誓った。抱えたままそれを足枷にしてたわけじゃない。前だけを見てお前の死を無駄にしない生き方を模索し続けた。その考え方に、生き方に、お前も俺も助けられた。違うか?」
はっとした。心を覆っていた厚い雲が晴れるような感覚。…ああ。違わない。違うはずがない。レイの自分を犠牲にした脱獄計画も、僕の鬼の殺戮計画も、エマの「殺させない」まっすぐな気持ちが打ち砕いてくれた。お互いがお互いを助け合って変えて生きてきた僕らだ。エマとレイが僕の分まで生きて運命を覆そうとしたように、僕だって、僕らだって、前を向いて運命を覆せる。
「あの日お前はこう言ったな。”エマが僕らなら諦めない”って」
レイの声はいつになく穏やかで、それでいて力強かった。
「…また2人に助けられたな」
そう言って笑いかけた僕に、レイもうつむいて笑い返した。カーテン越しにほのかに月明かりが差し込んだ。

「ただでさえ夜は心が沈むんだ、今すぐ寝ろよ」
ちゃんと布団でな、と釘をさした後、レイは静かに扉を閉めた。その目からはもう暗い眼差しは感じられなかった。
「おやすみ、レイ」
「ああ、おやすみ」
久しぶりに入った布団は、じんわりと暖かかった。

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読んでいただきありがとうございます。フクロウです。
時間が無くろくに見直しも出来ないままの創作ではありましたが、楽しく書くことが出来ました。
読み込めば読み込むほど深い約ネバの世界観を文字にすることの難しさを身に染みて感じました。僕自身学生であり本格的な小説を書くのは今回が初めてだったので、文章に違和感がある部分も多かったかと思います。よければ感想に加えてアドバイスをくださると嬉しいです。
また、これは約ネバ公式コミュニティみんなのネバーランドの企画として参加した小説です。みんネバにも同じ文章が載っているかと思いますが、同一人物ですのでご安心ください。
下のイラストも小説に繋がる重要な部分を描いたものなので、是非注目してみてください。


#約ネバ  #約束のネバーランド

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