葉擦れには負けないたった一つの単語

「あなたは私の名前をよく呼ぶわね」
探索の途中。暇つぶしにと切り出した雑談の一言は、思ったよりも二人の間によく響いた。木々の葉擦れにも負けない、少女が意図しなかった空虚な音。
数拍の間のち、男は振り向いた。こちらを向かず探索を続けている少女の背中をじっと見つめる。その表情は相変わらず豊かなものではなかったが、どこか置いていかれた子供のような顔つきだった。その表情も束の間、瞬きの間に変わり、口を開く。
「…そうだな。不快か?」
「いいえ! そういう意味じゃないの」
ただ、よく呼ばれるなって。何とはなしにつぶやいた言葉を、誤解されないようにまた繰り返す。少女は本当にそう思っただけだった。
アレックスの低い声は、あまり響かない。それでもヴィーが名前を呼ばれる時、聞き取れなかったことはない。彼の低く豊かな声は、いつだって矢の如く真っ直ぐにヴィーに届いている。だから少女の印象にはよく残っていた。
「そんなに私の名前が好き? …なーんて…「好きだ」
パチリと。ヴィーは瞬きをした。何度も瞬いて、ようやくその言葉の意味を理解する。勢いよく振り返るのはもはや反射だ。
「あ、アレックス!?」
「なんだ」
「あなた、ちょっと、いえかなり! 恥ずかしいことを言っている自覚はある!?」
「恥と思ってはいないが」
「そういう意味ではなくて! この何とも言えない空気が漂ってしまっているじゃない!」
この辺に、ふわふわ〜っと! 二人の間の空間を利き手でバタつかせるヴィーは気恥ずかしさを説明するのに必死だが、アレックスは他人事のように少女のつむじを見つめて、呟く。
「いい名前だ。名前は己を表す。ヴィーもいい子だよ」
「もういいから! 恥ずかしくて走りだしたくなるからやめて!」
「それは大変だ。森ではぐれたら困る」

(いいわけ)752字。「ヴィー」という呼びかけが多いなあと気楽に書きだしたもののだめだった。

お菓子一つ分くれたら嬉しいです。