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#空白と余白

モヤモヤ考えてるうちに「空白」と「余白」の違いが気になって仕方なかったので、色々調べてみることにしました。

“埋めようと思えば埋められる、けれどあえて埋めることをしない”
余白に遊ぶ力。個を消さないと余白では上手に遊べない。

自分なりに比較してみることにしました。

「空白」は作り出せないが「余白」は作り出せる
「空白」には意味がないが「余白」には意味がある
「空白」には遊びがないが「余白」には遊びがある

ここ数ヶ月ステイホームが続いていたので、まちの隙間を探す活動が中断しているのですが、まちの隙間探しは、まちの「余白」探しともいえるんじゃないだろうか。

では、「余白」と「隙間」の違いは??

「隙間」に「付け入る」とはいうけど、「余白」に「付け入る」とはいわないよなあ。「余白」は「つくる」という感じがします。『まちの「隙間」を探して使いこなしつつ、まちをプランニングする際に「余白」をつくりだす』という感じで整理したらいいのかもしれません。「余白」をうまくデザインするチカラ=規制をうまく緩和するチカラといえるんじゃないだろうか。まちを規制でがんじがらめにするのではなく、敢えて余白を残すことで、市民が自由に使いこなすことを許容することが、これからの行政に求められているんじゃないか。

マイパブリックとグランドレベルに書かれていた「補助線のデザイン」も、余白のデザインのひとつといえるんかなあと思いました。


ということで、「空白」と「余白」については引き続きモヤモヤ考えることにします。



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