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日本IBM × ココテープ WORKSHOP レポート

視覚障害者歩行テープ「ココテープ」は、視覚障害者が持ち歩き、必要な場所に必要な時だけ貼ることで、視覚障害者の自主的な移動をサポートする製品です。
2024年6月24日、日本IBMの虎ノ門本社にて、ココテープWORKSHOPを実施。どのようにココテープを活用すれば、視覚障害のある人でも安心して利用できるオフィスを実現できるのか、視覚障害リードユーザーとIBMの社員のみなさんが一緒になってアイデアを出し合いました。そんなワークショップの様子をレポートします!

日本IBM×ココテープWORKSHOPの集合写真。ワークショップ参加者、視覚障害リードユーザーなど、総勢18名が笑顔で前を向いている。
日本IBM × ココテープ WORKSHOPに参加してくださった皆さん


IBM Innovation Studioで「ココテープ WORKSHOP」を実施

東京・虎ノ門のIBM Innovation Studioでの「ココテープ WORKSHOP」は、PLAYWORKS株式会社が企画・実施。視覚障害リードユーザーとIBMの社員、ココテープを製造販売する錦城護謨株式会社のメンバーなど総勢20名で、ココテープの効果的な活用方法について議論を交わしました。

今回のワークショップは、日本IBMの社内コミュニティー「PwDA+コミュニティー」による関係部門への呼びかけからスタートしたものです。
「PwDA+」とは、「People with Diverse Abilities Plus Ally(多様な能力を持つ人たちとアライ)」という意味。PwDA+コミュニティーでは、「障害の有無に関わらず誰もが自分らしく活躍できる社会」の実現を目指し、障害のある社員とアライ(当事者を支援する社員)が共に活動しています。
「PwDA+ Ally宣言」という、PwDA社員が自分らしく活躍する職場づくりのサポートや共創に協力することを宣言することでメンバーになることができ、すでに300名弱の社員が登録しているそうです。
これまでも、障害当事者の声が社内に行き渡りやすくなるよう、さまざまな活動を行ってきたPwDA+コミュニティー。その提案により、本ワークショップが実現されました。

プログラムはこちら

  • 視覚障害体験①:暗闇おやつ

  • 視覚障害体験②:アイマスクで自己紹介

  • 対話:視覚障害者の本音トーク

  • 視覚障害体験③:白杖でオフィス移動

  • プロトタイピング:視覚障害者とココテープ活用法を検討

  • プレゼンテーション:ココテープ活用法を発表

オープニングでは、PLAYWORKS 代表のタキザワからココテープの開発経緯、使用方法などが説明されました。

ワークショップ参加者にココテープの説明をするタキザワの写真。スライドが投影されたモニターの横に立ち、パソコンを操作しながら話している。
ココテープについて説明する PLAYWORKS タキザワ

目指したのは、養生テープくらい気軽に使える点字ブロック。必要な場所に必要な時だけ簡単に設置でき、使用後は取り外し、繰り返し使うことができます。2024年5月の発売以降、オフィスや博物館、商業施設などでの導入が進んでおり、注目を集めています。

詳細は「ココテープ」公式ホームページをご覧ください。

ワークショップの会場となった『IBM Innovation Studio』は、IBMのお客様やパートナー企業と共に、最新のテクノロジーを活用したイノベーションを創出する場として開設されました。ここでは、AI、クラウド、ブロックチェーンなどの先端技術を体験し、新たなビジネスモデルや解決策を共創することができます。

オープニングの結びに挨拶に立ったのは、日本IBM 執行役員兼チーフ・ダイバーシティー・オフィサー(CDO)の今野智宏さん。

オープニングの結びで挨拶をするCDOの今野智宏さんの写真。
日本IBM 執行役員兼チーフ・ダイバーシティー・オフィサー(CDO) 今野智宏さん

今野さんは、IBMの多様性に対する取り組みについて語り、「IBMは長年にわたり、障害者雇用をはじめとする多様性への取り組みを進めてきました。しかし、企業単独の努力だけでなく、社会全体でインクルージョンを推進していく必要があります。そのキーワードが『共創』であり、本日のワークショップもその一環です」と述べました。


ワークショップには視覚障害リードユーザーが参加

PLAYWORKSが提供するワークショップの特徴は、インクルーシブデザインのアプローチで障害当事者と共に「共創」し、新たな気づきを得られること。今回のワークショップにも、3名の視覚障害リードユーザーが参加しました。それぞれの方の見え方や日常生活での工夫について、簡単にご紹介します。

リードユーザーのヌノカワさんが挨拶をしている写真。

ヌノカワさん:大学4年生。進行性の眼疾患があり、視野狭窄と網膜変性を患っている。中心視野は残っているものの、周辺視野が欠けたドーナツ状の見え方。視力は0.2以下で、薄暗い場所や夜間はほとんど見えない。また、眩しさにも敏感で、コントラストの低い文字は認識しづらいといった特徴がある。

リードユーザーのクドウさんが挨拶をしている写真。

クドウさん:パソコンショップで働く新社会人。視力は0.02程度で、50ポイント程度の大きな文字なら認識できる。光を通常の5倍ほど取り込んでしまうため、非常に眩しく感じやすい特徴がある。一方で、その影響で色の認識は一般的なロービジョンの方より細かくできる。暗い場所での視認性も低下する。

エガシラさん:普段はeスポーツを使って障害当事者の社会参加や活躍を支援する会社に勤務。6年前までは弱視で右目のみ0.06程度の視力があったが、病気の進行により現在は光や色の認識も全くできない全盲の状態に。視覚障害がある中で格闘ゲームのプレイヤーとしても活躍している。


視覚障害体験①:暗闇おやつ

ワークショップは視覚障害体験から始まりました。1つ目のワークは暗闇おやつ。参加者は配布されたアイマスクをつけて、視覚情報がない状態で渡されたお菓子の種類を当てるゲームに挑戦してもらいました。

暗闇おやつのワークに取り組む男性の写真。アイマスクとマスクを着用し、手探りで5連卵ボーロの袋を切り分けようとしている。

普段は見えるのが当たり前だからこそ、何気なく食べているお菓子の形状や味は意識して記憶しておらず、会場では「このお菓子なんだろう?」「全然わからない」といった意見が交わされました。

アイマスクをしたまま、卵ボーロの袋を持つ男性と女性。手に持つお菓子について意見を交わしている。

また、単純な形状のパッケージでも、見えない状態で開封するのは難しく、参加者のみなさんは恐る恐るといった様子でお菓子の袋を開けていきます。

アイマスクを着けて、アンパンマングミの袋の匂いを確認する女性の写真。

匂いや手触りを通じて、お菓子の種類を答えていきます。このワークでは晴眼者よりも、視覚障害リードユーザーの正答率が高く、参加者の皆さんは目を丸くしていました。

この体験を通じて、視覚以外の感覚の重要性や、日常生活において視覚に頼っている部分がいかに多いかを実感したようです。


視覚障害体験②:アイマスクで自己紹介

続いて、アイマスクをつけたままで、自己紹介を行っていきました。先ほどのワークのお菓子を食べながら、和やかな雰囲気で始まった自己紹介タイム。しかし、いざ見えない状態で自己紹介をするとなると、周囲のリアクションがないと不安になったり、少し緊張感が漂う場面も見られました。

テーブルを囲んで自己紹介をする参加者の写真。5人全員がアイマスクを着用している。

「相手の反応が見えないので、話すペースや声の大きさを調整するのが難しかった」「聞き取りやすい話し方の重要性を感じた」といった感想が交わされました。

「視覚障害は情報障害」と言われることもあります。日々のコミュニケーションにおいても、頷きやアイコンタクトは多くの情報を含んでいるわけです。
このワークを体験することで、参加者の皆さんは視覚障害がある人と心理的安全性を保ったコミュニケーションのあり方を考えるきっかけになりました。


対話:視覚障害者の本音トーク

前方のモニター前で、リードユーザー3人が椅子に座って対話している写真。全員女性。

2つの視覚障害体験の後、3名の視覚障害リードユーザーによる対話セッションが行われました。ここでは日常生活での困難や工夫、社会に求めることなどについて、障害当事者同士だからこそのリアルな本音トークが繰り広げられました。

眼鏡形状のロービジョン体験キットを装着する女性の写真。

また、参加者の皆さんには、弱視の見え方を擬似体験できるメガネ「ロービジョン体験キット」をつけた状態で、リードユーザーの対話を聞いていて生まれた疑問をふせんにメモをしていただきました。

眼鏡形状のロービジョン体験キット(視野狭窄版)を装着し、ふせんにメモを取る女性の写真。

詳細は「ロービジョン体験キット」公式ホームページをご覧ください。

対話後には質疑応答タイムが設けられ、参加者が視覚障害リードユーザーにさまざまな質問を投げかけます。
なかでも印象的だったのは、八木橋パチさん(IBMの社員)からの質問です。「視覚障害者が利用しやすい施設にするために、どのような点に気をつけるべきでしょうか?」という問いに対し、エガシラさんは次のように答えました。

質問をする八木橋パチさんの写真。

エガシラさん「物理的なバリアフリー化も重要ですが、それ以上に大切なのは、周りの人々の理解と柔軟な対応です。例えば、困っているように見えたら声をかけてくれるだけでも大きな助けになるんです。ただし、気を遣われすぎたり、過剰な援助は逆効果なので、まずは『何かお手伝いすることはありますか?』と聞いてくれると安心してサポートをお願いできると思いますね」

この対話を通じて、参加者たちは視覚障害者の日常生活における課題や工夫について理解を深めることができました。また、ロービジョン体験キットによって、見えづらいなかでの筆記の難しさも感じていただくことができ、より実践的な学びの場になりました。


視覚障害体験③:白杖でオフィス移動

白杖の使い方とガイドの仕方をレクチャーするエガシラさんとタキザワ。エガシラさんは右手に白杖を持ち、左手でタキザワの右肩に乗せている。

続いて、3つ目の視覚障害体験として、白杖を使用してIBM Innovation Studioを歩き回るワークを実施しました。白杖の使い方とガイドの仕方をレクチャーした上で、視覚障害者役とガイド役の2人組で出発!

参加者による白杖歩行体験の写真。アイマスクを着けて白杖を持った男性と、ガイド役の男性が並んで歩いている。

慣れない手付きで、初めて使う白杖を揺らしながら前に進みますが、歩く足取りはいつもよりずっと慎重です。
目の前にあるものや、周囲の人との距離感もわからないので、手を出して周囲の状況を確認する様子が見受けられました。

アイマスクをしたまま自動販売機を操作する女性の写真。右手に白杖を持ち、左手で自動販売機のボタンを手探りしている。

このワークで特に印象的だったのは、自動販売機やコーヒーメーカーの使用です。ボタンの位置や操作方法が分からず戸惑う参加者が多く見られ、ある参加者は「普段何気なく使っている機器でも、視覚情報がないとこんなにも使うのが難しくなるのかと驚きました。特にコーヒーマシンを使うとき、やけどをしないか怖かった」と語っていました。

アイマスクをしたままコーヒーマシンを操作する男性の写真。すぐ左にはガイド役の男性がいて、ボタンの内容を説明している。

「見えないと不安がたくさんある」それは当たり前のことである一方、晴眼者として暮らしていては、なかなか実感できる機会はありません。

この体験を通じて、オフィス環境のユニバーサルデザインの重要性と、ココテープのような補助ツールの必要性を参加者の皆さんに強く認識してもらえたようです。


プロトタイピング:視覚障害者とココテープ活用法を検討

視覚障害体験と対話の時間を通じて、視覚障害について理解を深めていただいたところで、いよいよココテープの活用について考えるワークがスタート。

モニターに投影したユースケース3種類の説明をするタキザワ。

参加者の皆さんは3つのグループに分かれ、それぞれ異なるユースケースでのココテープの活用法を検討してもらいました。

ユースケースはこちら
A:視覚障害のあるお得意先と会議室で打合せ
B:オープンなイベントに視覚障害者が参加
C:視覚障害者向けIBMオフィスツアーを開催

各グループには視覚障害リードユーザーが1名ずつ参加し、実際のニーズや使用感について意見を提供しました。

エレベーターホールで輪になって意見を交わす参加者。
エレベーターの操作パネルに5cm程度にカットしたココテープを貼り付けている写真。

参加者の皆さんは実際にオフィスを歩き回りながら、熱心に議論を交わし、ココテープの敷設場所や使用方法についてアイデアを出し合っていきます。

ロール状のココテープをハサミでカットしている写真。
椅子と通路を区切るように設置された長尺のココテープを囲み、意見を交わす参加者の写真

仮説を立てて、ココテープを床や壁に貼り、実際にリードユーザーに体験してもらい、フィードバックを受ける。それを繰り返すことで、視覚障害者と晴眼者の共創により、ココテープ活用の解像度が高まっていく様子が印象的でした。

25cm程度にカットしたココテープをタイルカーペットに破線状に設置している写真。
破線状に設置されたココテープをリードユーザーが歩行テストしている写真。


プレゼンテーション:ココテープ活用法を発表

グループワークの後、各グループが考案したココテープの活用法について発表が行われました。内容を一部抜粋し、ご紹介します。

A:視覚障害のあるお得意先と会議室で打合せ

Aグループでは、エレベーターの利用が最大の課題となったそうです。タッチパネル式のエレベーターでは、オフィスのある31階までの案内が難しいため、受付での人的サポートが必要だという結論に。
そんななかでも、可能な限り自立的に移動できるよう、エレベーターの乗り口までの誘導にココテープを活用することを提案し、壁面にもココテープを貼って触察しやすくする工夫をしたいと発表しました。

Aチームの発表の写真。


B:オープンなイベントに視覚障害者が参加

Bグループでは、受付からイベント会場までの動線をL字型にココテープを貼付ること示し、イベント中の移動をサポートするアイデアが生み出されました。
また、ドリンクコーナーから戻ってきたときも、自分の席の場所がわかるようにココテープでマーキングすることを提案し、誘導だけでなく目印としての活用法を考えることができました。

Bチームの発表の写真。


C:視覚障害者向けIBMオフィスツアーを開催

Cグループは、すべての動線にココテープを貼るのではなく、壁などの拠り所がない箇所に効果的にココテープを貼り付けたり、その目印としてココテープを貼ったり、細かな工夫が印象的な提案でした。
さらに、視覚情報がない分アロマや音楽など、他の感覚を活用した案内方法も提案され、視覚障害者の立場に立った工夫にリードユーザーも喜んでいました。

Cチームの発表の写真。


最後にワークショップの振り返り

ワークショップの最後に、参加者全員で振り返りを行いました。2時間半のワークショップを経て、参加者の皆さんはどのようなことを感じたのでしょうか。

視覚障害リードユーザーの3人からは、「ワークショップを通じて、視覚障害者の視点を理解しようとしてくれること自体が、とても嬉しいです。ココテープが活用されることで、私たちの行動範囲を広がっていくと思うとワクワクする」といった喜びの声が。

また、IBMで人事ダイバーシティ&インクルージョン リードを務める鳥居さんは次のような感想をお話してくださいました。

ワークショップの感想を述べる鳥居さんの写真。

鳥居さん「視覚障害を体験し、共創することで、まだまだ知らないことがたくさんあるのだと実感しました。それは、より良くできる可能性だと思います。
ココテープの活用法を考える体験で、健常者だけでインクルーシブな環境をつくることは難しいと実感し、当事者と共につくる重要性を深く感じました。
今回のワークショップはツールの導入だけでなく、共に考え、共につくり上げていく過程そのもの。そんな共創を経て、当事者がこれまで諦めてきたことを、一緒に実現できる環境を作り上げていきたいです。」


日本IBM × ココテープ WORKSHOP まとめ

ワークショップ中の一コマの写真。リードユーザーとガイド役の男性が窓から外を見て、景色について話している。

今回の「日本IBM × ココテープ WORKSHOP」は、参加者の意欲と活気に満ちた場となりました。視覚障害に関わるワークショップと聞くと、堅苦しくて真面目な印象を持つかもしれませんが、レポートをご覧いただくとわかるように、参加者の皆さんは視覚障害者との対話と体験を通じて、楽しく創造的にココテープの活用法を考えてくださいました。

今回のワークショップで明らかになったのは、ココテープの可能性の広さです。視覚障害者が安心して利用できるオフィスを作るだけでなく、晴眼者と障害当事者が共に工夫し、環境を変えていくきっかけにもなりうるということがわかりました。

IBMでは、障害者を「PwDA(People with Diverse Abilities)」と呼んでおり、障害自体を多様な能力と捉えているそうです。しかし、その多様さを発揮するには、周囲の障害理解と、障害者を取り巻く環境の改善が必要不可欠なのではないでしょうか。

視覚障害者の日常的な課題を直接体験し、解決策を共に考えることで、インクルーシブデザインの重要性について感じられるココテープWORKSHOPをきっかけに、日本IBM 虎ノ門本社がどのように変化していくのか。PwDA+コミュニティーの今後のチャレンジに期待が高まります。

IBM参加者による「ココテープ」ワークショップレポートも合わせてご覧ください。

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