しゃくとりむし

 夏のおわりの桜の葉っぱは、固くてあおくてごわごわだ。たくさんの雨と、たくさんの風と、やさしくていじわるな強い強いおひさまが、桜の葉っぱのやわらかさやいい匂いを、 みんな持っていってしまった。もうじき葉っぱは黄色くなって、寒くなったら真っ赤になって、わさわさと地面にふりつもる。

 ぼくのからだは16ミリメートル。この桜の、地面からてっぺんまでの尺はもう測った。知りたい? 186832ミリメートル。ほんものの尺で言ったら約38.53尺。正確じゃないんだ。そもそも、ぼくのからだは0.0528052805尺。割り切れるけど割り切れないも同然の微妙な大きさ。


 でも昨日の晩、うむむむむむって声がして、桜の木がちょっと伸びた。だからもう一度測らなくちゃいけない。あの子はこの桜を植えたとき、この木が「さんじゅうめーとる」に なったら、大きな斧で木を切って、大きなおうちを作るって言ったんだ。


 そしたらぼくのお部屋も作ってくれるんだって。ぼくはあの子といっしょに暮らすことが できたら、とてもしあわせなんだ。もしもあの子と暮らせたら、どんな毎日になるのかな。あたたかくてふわふわなベッドを置いて、やわらかくていい匂いの葉っぱを一緒に食べる。 葉っぱがぜんぶおっこちて、うすいピンクのお花がいっぱいいっぱい咲いても、ねえ、あの子がいなくちゃぜんぜん楽しくない。ぜんぜん楽しくなんかない。


 ねえ、いま、聞こえた? また、うむむむむむって声がしたでしょ。桜のやつ、伐られる のがイヤで、ちょっとずつしか大きくならないようにしてるんだよ。でもね、いままた確かにのびたよ。だから、もう一回測ってくる。ひょっとして、もう186848ミリメートルくらいに伸びたかも。ちょっとね、もう一回測ってくるね。そしたらあの子に手紙をかこう。


桜はずいぶんのびました。
もうちょっとで、20メートルです。 まだ30メートルには届かないけど、たぶんあと何回か、何十回か花が咲いたら、30メートルになるかも。
いやまだもっともっとかかるかもしれないけど、つまり、ええと。


 葉っぱが落ちたらそのあとは、きみの好きなうすいピンクの花が咲くから、見にきてくれませんか?


 花が落ちたあとの、あたらしい、すてきな葉っぱの匂いを、きみとかぎたいんだ。

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