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さよなら

誰しも子どものころ、大事にしていたものがあったはず。それがおとなになるにつれて、もう大切だと思えなくなってしまったり、要らないと処分してしまったり。私もそういうものが今までたくさんあった。

そして今回。はるか昔、まだまだ小学生のときに、何かの懸賞で当選してもらったコアラのぬいぐるみ。それはどうやらオーストラリアからやってきたようで、カンガルーの毛皮でできていたらしい。かなりホコリだらけになりながらも、なぜかずっと私のそばにいた。

しかし、数年前から毛皮が綻びてきて、中の詰めものが出てくるようになった。毛皮は生きていたものなので、化繊の布より劣化しやすいのかもしれない。詰めものを中に押しこんで綻んだところを縫い合わせようと思ったが、もう縫い代がボロボロだった。

そろそろ寿命かなと思った。でも、だからといって気軽にゴミ箱に捨てたくない。今まで大事にしてきたぬいぐるみ。ずっと私のそばにいたのだから、悲しかったり、嬉しかったり、怒ったりなど、いろいろな私の思いを知っているはず。単にものとは思えなかった。

そこで人形供養を探した。ちょうど亡き母が持っていた市松人形も手放さないと、と思っていたので2つのお人形を供養してくれそうなところをネットで検索した。

意外にたくさんあった。都内のお寺や神社、その他。でも、供養料がけっこう高額。う〜ん、もちろん無料ではお願いできないと思っていたが、1体5000円とか1箱〜〜円とか・・・どうなんだろう。

引き続きいろいろと探していたら、葬儀関連のサービスで人形供養を受け付けてくれるところを見つけた。電話をしたら、いつでも引き受けるとのこと。さっそく翌日に持って行った。幸運にも歩いて行ける距離だった。供養料は5体まで1100円。それなら素直に出せた。

最後のお別れに写真を撮った。もう二度と会えない。なんとなく切なくなった。でもね、私だってずっと生きているわけではない。いずれこの世ともお別れのときが来る。人形たちとは少し早めのお別れをするだけ、と心を落ち着かせた。そして気持ちを込めて「さよなら」と言った。

ン十年一緒にいたコアラちゃん。
ずっと母のそばにいた市松人形。昔の赤ちゃんのようだ。



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