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小説・ゲド戦記の面白さをざっと解説

アニメ版ゲド戦記で語られる、命の大切さ、そして竜と、言葉と魔法。

これらのキーワードをざっと解説したい。

アニメ版のテルーが「命を大切にしないやつなんて大嫌いだっ!」と言う。
これを言われたアレンはどうしたものか。
別にアレンは命を大切にしてなかったわけではないし、ちょっと悪漢から助けて貰っただけのテルーに一体アレンの何が解るというのだろう。
これは完全に、宮崎吾朗監督の言葉であって、テルーの言葉ではない。
けど、アニメ全体に漂うメッセージの核心と言っていい。

小説、ゲド戦記には、命の大切さ、なんてメッセージはまったく存在しない。けど、ゲドの生き様はとても命に対して誠実であり、誰もが逃げたくなることに果敢に挑み、そしていつもボロボロになって、全てを失って、いつも誰かに助けて貰って生き延びてきた。自力ではない。ひたすら自身を投げ打って、その結果、誰かに守って貰ってかろうじて命を繋いでいく。その懸命な姿勢は、命の大切さをその生き様で訴えるには十分な説得力を帯びるものであった。

だから、それに感動し、それがゲド戦記の核心だ、と思うのは、そう的外れとは言えないと思う。けど、それは結果として受け取るものであって、これが答えだ、と言葉にするようなものではない。それでは、野暮だ。ゲドがなぜ、言葉ではなく命をとして行動で示したのか。それを全て無為にしてしまう。

言葉と魔法。
ゲド戦記では、魔法に対して、哲学的な問いかけを数多くする。
ゲドは、調和を乱すといって、魔法はほとんど使わない。使うときは、それによってどんな不和が起こるかを考え、その尻拭いを必ずしなければならない、という覚悟で使う。何かを起こすより、起こったことの責任を取る方がよっぽど大変だ、ということを、魔法という現象で説明するのが、ゲド戦記。
そして、言葉というのは、魔法そのものだという説明。
これは多くの人が理解出来ないと思う。けど、なぜか既に理解出来ているようにも感じるだろう。
本当の名前。
それは竜の言葉。
人と竜は、もともとひとつであった。
あるとき、人はモノを作ることを望み、嘘をつける言葉を望んだ。
本当の言葉は嘘をつけなかったから。
そして、人は東へ、竜は西へと、進む道を違えた。
竜は火と風を望んだ。時間に自由を持ち、風に乗ることが出来た。
人は海と土を望んだ。
ちゃんと読まないとこのあたりの仕組みは正しく説明出来ないのだが、ようするに、物質世界と欲を望んだ。多様性を望んだ。ニセモノを望んだ。作り物を望んだ。嘘の言葉を望んだ。沢山の他人を望んだ。争いや不和を望んだ。生きることを強く望んだ。
よりよく生きたい、と望んだ。それによって、死が濃くなった。

そして、人は竜との約束を破った。本物が羨ましくなってしまった。

そもそも、魔法、とは何か。それは竜の言葉を忘れなかった人々が残したもの。竜の世界と人の世界の間にあるもの。だから、使えば、その境界線が壊れていく。

もともとは一つだったものを、いまさらもう一度一つにすることは出来ない。

どちらかがどちらかを滅ぼすのが自然な流れになっていく。それが最終段階。

それをどうにかしようとする人々の話。
そして、それを繋ぐのは二匹の若い竜。
片方は、竜の中に人として生まれ、もう片方は人の中に竜として生まれた。
どちらも元は同じものだから、ときに、そういうことが起こる、という。
かなり稀なことだけど、その偶然とも運命とも言えることが、世界の崩壊を回避する唯一の鍵となる。

それを踏まえて、

ゲド戦記は何が面白いのかを、ざっと書きたい。

個人的な感想となるが、

ちゃんとそれを書くには、もう一度読み返して、考えをまとめる必要がある、と思ってはいる。けど、もう一度読むのはちょっと大変なので、現段階においての感想となる。

ゲド戦記で重要なのは、見えないもの、不安や恐怖、人の怨念のようなものに、人は操られ、悪い方へ悪い方へと導かれ、それによって多くの人達が不幸になる、という負の連鎖を、強い意思で、誰かが断ち切らないといけない、ということ。

1巻では、少年ゲドが天才だからと調子にのって、ちょっとケンカになって自分の力を見せ付けようとしたら、思っていたよりひどいことになって、自分の出した力に呪われてしまい、そのせいで先生が死んでしまったり、自分も寝たきりになって、同級生は卒業していき、優等生だった自分だけが引きこもりのような状態になって、時間が止まったようになってしまった。それから、呪いは自分を殺そうとどこにいても追いかけてくる。一つの場所に留まることも出来ず、旅をしなければならなくなった。追いつかれたら死ぬ。けど、どうして死んではいけないのか。もういっそのこと。天才だったはずのゲドが、落ちぶれて、孤独になって、誰にも助けを求めることも出来ず、ずっと旅をしていたが、ある切欠で、追いかけられるのをやめ、自分から追いかけてみると、影は逃げていくと解った。逃げるのではなく、会いにいけばいいのか。そして、追いかけると、それは世界の果てまで逃げていった。そこは誰もいない世界で、行けば戻ることはもう出来ない。きっと死ぬし、もしかすると死よりも悲惨な孤独が待っているかもしれない。けど、もう逃げるのはやめた。そして、自分の影に追いつくと、ゲドは、彼の本当の名前を呼んだ。それであらゆる才能が枯渇してしまう。

2巻では、エレス・アクベの腕輪を取り戻す為にゲドが旅をしている。ほとんどの才能は失われているが、それでもまだまだ出来る事がある。そしてテナーと出会う。テナーは邪悪な性格をしていて、そのまわりの人達もみんな心が腐っている。ゲドをいかに苦しませて殺すかを考えて楽しむテナー。けど、それは墓所という場所の生み出した悪い何かの影響であって、そこには名もなき者達という怨念がうごめいていた。それは具体的には描かれず、ある、ということだけがなんとなく描かれる。そして、ゲドにはそれがはっきり解っているが、ゲドがそれと戦う描写はなく、ただ、ゲドは読者に気づかれないところでずっと見えない何かと戦って消耗していき、死ぬばかりの状態になる。それをテナーが気まぐれに助ける。助かったゲドは、テナーとの会話から、名もなき者達の支配を壊す計画を立て、テナーは徐々にゲドとの会話から自分の意思を取り戻すと、とうとう墓所は勝手に崩れていく。ゲドが見えないものに打ち勝ったからだろう。けど、それが何だったのかは、読者にはよく解らない。

3巻では、アレンという王子がやってくる。ゲドはすっかり弱っていて、もうほとんど何も出来ないのだが、エレス・アクベの腕輪を取り戻したことで、大賢人と呼ばれて最も偉大な魔法使いとして人々を導いていた。しかし、魔法の力が全体的に弱まっていっていき、ふと、何も解らなくなる、という人が増えてきた。何かがおかしい。けど、何がおかしいのか分からない。そうこうしているうちにも、どんどん力が弱まっていくのだけはわかる。時間はもうないように思われた。そこで、ゲドはアレンがここに現れたのは何か意味がある、とアレンに語り、アレンは自分はこの人についていくべきだ、と思って、とくに理由と言う理由がないまま、二人は旅に出る。旅は過酷で、アレンは疲れきってしまい、どうしてこんなことをしているのか解らなくなる。そもそも、ゲドを信じていいのか、という、最初に考えなければならなかったことを、疲れでろくに回らなくなった頭で考えるようになり、疑心暗鬼になって、ゲドを信じられなくなる。ゲドはアレンの心に気づいていながら、それを乗り越えて欲しいと願うことしか出来ない。ゲドは瀕死の重傷を負う。死ぬしかなくなるが、それでもアレンにはどうしようもなかった。アレンも死ぬしかない。けど、二人は偶然、海を漂う民に助けられ、一命をとりとめる。そこで、アレンは、心からの安らぎを得て、回復し、ゲドをようやく信じられるようになっていく。ゲドはすっかり心身共に弱っていて、旅の荷物になっていく。そして、ゲドのもとに竜が現れ、助けを求めてくる。ようやく、二人はどこにいくべきかを見つけ、その場所に向かう。そこでは、竜と竜が殺しあっていた。何か悪いことが起こっている影響で頭がおかしくなっているらしい。その原因は死の世界にあると教えられ、ゲドとアレンは肉体を置いて、魂だけで死の世界をすすむ。とっくに帰ることは不可能なところを過ぎて、それでも進む。その先に何かがあると確信できるわけでもないが、進むことしか出来ない。けど、アレンはもう逃げなかった。そして、その先にクモがいた。クモとゲドが対決し、ゲドが勝つと、ゲドは全ての力を使って、そこに発生していた歪みを閉じた。それによりゲドは何もかもを失ってしまうが、アレンはゲドを抱えて、必死で、もとの世界に戻る。現実に戻ると、竜は助けてくれたお礼に、二人を背に乗せて国へ運んであげると言う。二人が国に戻ると、問題は解決していて、この偉業から、ゲドは伝説になる。

4巻では、ゲドは伝説になったとはいえ、それはみんなにとってそうなだけで、本人は無能になってしまったことに絶望していて、もはや何もかも希望を失っている。何もなくなったときに死んでしまえば楽だったものを、アレンに助けられたばかりに、こんなにみじめな思いをしなければならなくなった。そんな弱音を吐くほどに心が弱っていて、アレンに対して拒絶感を覚えるようになる。若くて才能にあふれ、これから国を背負っていくアレンにくらべて、名ばかりの権威だけを残し全てを失ってしまった自分があまりにもみじめで、ゲドは自分を愛する方法が見つけられずに苦しむ。4巻の主人公はテナー。テナーは女性とは何か、ということを徹底的に語る。女性はみじめにはなれている。いつも男の都合に左右され、力で押さえつけられ、奪われ、辱められ、そして老いてしまえば、求められなくなっていく。テナーはオジオンというゲドの師匠に弟子入りするが、その生き方は嫌だ、と町で暮らし、農夫と結婚して、子どもを産み、育てて、孫までいる。巫女としていかされ、宝を持って逃げ、邪悪だと思っていた魔法使いのいる土地に移住して、その土地の言葉を覚え、その土地の男と結婚し、そしてすべてをやり終えて、あとは余生を静かに暮らすばかりになっていた。そんなある日、町で問題が起こる。クズな男が自分の娘に暴力をふるって、死なせてしまったので、火の中に死体を投げ入れた。その死体を、可哀想だと救出したら、死んでいなかった。大火傷をおった女の子を、テナーは引き取ってしまう。けど、そんな女の子がこれからどうやってまともに生きていけばいいのか。血の繋がりがあるわけでもなく、自分に懐いているわけでもない、他人の女の子を、ただのおばさんが、どうやって育てればいいのか。まったく答えのない問題を、どうにかしようと抱えてしまったところに、弱りきったゲドがやってくる。ゲドはもう、人間として終わってしまっていて、何もやる気がなければ、勇気も元気もない、弱音だけを吐くダメ男になっていた。テナーは頭を抱える。ゲドにもイライラする。結局、テナーが頑張って、ゲドは少し回復し、テルーも人間味を取り戻してきて、そこでテルーの親がテルーを取り戻しにきて、反抗したせいで、テナーは魔法をかけられ、人間の姿のまま犬のように地べたをはいつくばって四つんばいで歩く人間犬になってしまう。そのままゲドとテナーが崖に突き落とされるところで、テルーの竜の力が覚醒し、すべてが解決する。

5巻では、テナーとゲドが夫婦になって、テルーは娘になっている。あれから十五年くらいたっていて、テナーもゲドも老人になっている。農家として大人しく日々を生きていたが、そこに、ある問題が舞い込んでくる。ゲドはもはや何も出来ないが、レバンネンからの信頼は絶大で、主人公をレバンネンに合わせる。そこにはテナーもテルーもいて、ゲドに頼れなくなった世界で、全員で力を合わせて、世界の根本的な問題に挑む。それは、竜と人の分かたれた原因に遡り、魔法と言葉の真相に至る物語。

ざっと書いた。
つまり、ゲド戦記のすばらしいのは、現実に生きている誰もが目の当たりにする問題を、超能力で解決するのではなく、個人の精神力と諦めない信念、知恵によって解決していくというところにあって、その結果は、いつだって無力を思い知るところに行き着き、さんざん努力したけど、結局自分にはどうしようもない、というところで終わる。けど、これまでやってきたことの積み重ねが誰かの意思を呼び起こしていれば、人はもしかすると助けた人に助けられるかもしれない、という話を重点的に描いている。

人事を尽くして天命を待つ。そのものではある。
とくに、ゲドは大魔法使いで、魔法を使えばいいだけのことを、魔法を使わないから苦労をする。持っている力を使わないところにゲドの強さがあり、その力を使うことによってゲドは更に苦しみを背負うことになる。ゲドは、大きな才能に恵まれたけど、それは人生を楽しむ為ではなく、義務を果たす為だけにあった。その義務の先に何があるのか、を、ひたすら丁寧に描いている。

その為に、魔法、と、言葉、で人間の持っている幸福と不幸を説明し、
答えとして竜を出す。
そのシンプルかつ、明解な話の構成は、実にすばらしいものであった。

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