見出し画像

ずっと私の太陽だった。


もう火曜日の夜になってしまった。

私がはじめてめいちゃんを知ったのは、ツイキャスだった。華のめい金でわちゃわちゃとマリオカートをしていた彼は、とんでもなく歌が上手くて。私は直ぐにのめり込んでしまった。
私がハマって直ぐに、世間はコロナウイルスに侵されていった。私がはじめて参加する予定だった大迷惑のライブもすべてなくなって、私はめいちゃんのためだけに生きるコロナ禍を過ごした。めいちゃんの深夜のツイキャスを逃したくなくて、4時まで起きてツイキャスが無ければ寝る生活を送っていた。幸せだった。当時のめいちゃんの深夜ツイキャスには1000人も集まらなかった。私は3桁の視聴者の1人としてめいちゃんにコメントを打って、拾ってくれたらそのコメントを抱きしめるようにスクリーンショットを撮った。
初めて行っためいちゃんのライブ「再出発」。私は初めてにして4列目を勝ち取った。声出しは出来なかったものの、めいちゃんの姿が目に見えた瞬間、涙が溢れたのを覚えている。

そこから時は経って、めいちゃんは活動休止という選択肢を選んだ。その発表がされた時、私はめいちゃんを必死に追いかけることはなくなっていた。
けれど、めいちゃんの活動休止の理由を聞いて私は泣いてしまったのだ。めいちゃんでは無い自分を大切にしたい。
思えば、ずっと彼はめいちゃんとめいちゃんでは無い自分との乖離が激しかったように感じる。
2023年にリリースされたアルバムhumor。その中に収録された「帰り道」には、その想いがのしかかっていたと思う、過去の自分の手をひく楽曲だった。
離れた身でわかったような口を聞くな、とめいふぁみには怒られてしまうかもしれない。それでも私はめいちゃんの選択を見届けたかった。

6月16日。彼は1人でさいたまスーパーアリーナに立った。私が初めて見たZeppとは比にならない光に浴びせられ、彼は立っていた。
彼がお辞儀をした時、会場は「めいちゃん」「ありがとう」の声で溢れていた。その声は、止まなかった。めいちゃんが頭をあげるまでずっと、ずっと止まなかった。

「ありがとう」「めいちゃん」「ありがとう」「ありがとう」

私は一生分のありがとうを聞いたと思う。
めいちゃんらしく、腕でごしごしと涙を拭く彼を見て、「ああ、好きだっためいちゃんだ。」と思った。私がずっと好きだっためいちゃんだ、と思った。
彼は笑顔でステージを降りていった。太陽が沈んでいくような、そんな気分だった。

めいちゃんはずっと私の太陽だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?