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おじさんとの出会い

春の嵐。
私は今、電車を待っている。
行き先は決めていない。

ガタン、ゴトン。

警報が出るほど外は大荒れだ。
波は荒々しく岩へとぶつかり、水しぶきを上げている。

リュックに水とパンと歯ブラシと少ないお金を持って家を飛び出た。
何かあったわけじゃない。

ただ窮屈だった。

何かをしなければならない圧迫感。
何者かにならなければならない焦燥感。

ネットの世界に逃げ込んでも、その世界すらもう何者かになっている人たちで溢れかえっていた。

私は逃げたはずのネットの世界でも取り残され、惨めな自分が許せなくて、手に持っていたその惨めな自分を映し出すものをコップの中に沈めた。


私が今どこにいるのか、家族は連絡を取ることもできない。
きっと心配するだろう。

でも、それだけ。

私は一つだけ行き先を見つけた。

「すっごく綺麗な島なんだよ」

いつかそんなことを聞いた島。
週に1度船が出るだけらしい。

私はとりあえずそこを目指した。
あとは知らない。

次の日には嵐は収まっていたけど、船は出ていない。
3日後に出るらしい。
私はカプセルホテルでその日を待った。

3日も経てば気が収まるかと思ったが、そんなことはなかった。
世界とつながる機械もなく、今の時代から取り残された私。
とても居心地が良かった。



島までは1日かかる。
簡易ベッドも用意されている。
明日には島に着く。

「綺麗な島」

たったそれだけのことなのに胸の高鳴りが私を眠らせない。

気づけば夜が明け外に出るともう少しで島に着くところまで来ていた。

海はエメタルドグリーンというのだろうか。
見たこともない輝く色についポケットに手を入れてしまった。

この風景を撮る道具はない。

目に、脳にこの景色を焼き付けるしかないのだ。


数時間後に島に到着した。
不思議だ。
何もないのに、満たされるような気持ちになる。

SNSで写真をあげたら“いいね”が史上最高になるだろうな。

でもそれだけだ。
私は“いいね”が欲しいんじゃない。


島を探検しながら民宿を探すことにした。
補正された道路はこの島に似合わない。
住みやすく人間が手を加えた地球はどこも同じのように感じる。
大きなビルも、綺麗なビーチも。
人間も。
違うようで同じだ。

ここも。
同じなのだろうか。


「あれ、なんだろう」

見たこともない大きな葉っぱを見つけた。
トトロが傘にするような葉っぱよりも細いけど、大きさは負けていないだろう。

その葉っぱに近づいてみると、その奥に小さなビーチがあった。

カサカサ

大きな葉っぱをかき分けてビーチに入ってみた。


サラサラと流れる風。
風と同じタイミングで透明の波が踊る。
ビーチの砂は太陽を反射するほど白かった。

流木に腰を掛け、この景色を目と、脳に焼き付ける。

焼き付けようとしなくても自然に思い出せてしまうほど美しい景色だったが。

時間もわからない。

太陽が傾いてきたからきっと夕方だろう。
私は先ほどの道路に出て、民宿探しに戻った。

最初に見つけた民宿に次に船が出る1週間後までお世話になることにした。

民宿のおじさんにさっき見つけたビーチについて聞いてみた。

「さぁ。」

写真もない私は絵を描いて見せた。
今まで絵を描いた事もない。
立派な絵ではないけれど、あの時の風景と印象的な葉っぱを描いた。

おじさんは「あぁ〜」と頷きながらそんな場所もあったな、と言ってどこかに行ってしまった。

(また行ってみよう)
私は絵をゴミ箱に捨てて部屋へと戻った。


次の日、起きて食堂へと向かうと昨日おじさんに説明するために描いた絵が飾られていた。

「これ、もらっていいか?」

ハニかんだおじさんの顔に涙がスーッと出た。

「ダメ?ゴミ箱に捨ててあったから・・・。」

オロオロするおじさんに私は首を振ることが精一杯だった。

そんな私におじさんが優しく話をしてくれた。

「写真にしてくれる人は多いけど、絵を描いてくれる人が少なくなってしまったんだよ。ここは綺麗な場所でよく人も来てくれる。・・・けど、写真を撮って、なんだか細工して、インターネット?に載せているみたいだ。それでもいい。残される景色ならそれでもいい。でも、君の絵を見たら嬉しくなった。君が一生懸命この場で絵を描いてくれたことが嬉しかった。
この景色を覚えてくれたんだろ?私は嬉しいよ。」


「ゔぅ。ありがとうございます。」

嬉しかった。
何万の“いいね”より嬉しかった。

1週間、私は夢中になって絵を描いた。
いろんな場所を巡っては景色を覚えて、民宿でおじさんが島でかき集めてくれた画材で書き続けた。


島を出る日、私はおじさんと約束をした。

立派な絵描きになると。

今その絵描きになれている。

相変わらず、あの便利なものは使っていない。
SNSにもアップせず宣伝もしていない。
縁があったらきっと見つけてくれるはずだから。

私とおじさんの出会いのように。