はじめて漫画を読んだ結果

お恥ずかしいことに、人生でまともに漫画を読んだことがない。
「手塚治虫とか鳥山明とか天才でヤバい!」くらいの解像度のまま大人になって、少し経てば30歳を迎える。
社会人になって毎日いっぱいいっぱいだった。
趣味も学生時代に培った読書やアニメばかりで、新しいジャンルの漫画に挑戦する気力が不足していた。
最近では映像のサブスクも充実していて「今更自分の知らない世界を広げる必要があるんだろうか」とまで思っていた。
それが何で読む気になったのか。

そう「ニート」になったからだ。

それは突然の出来事だった。
これまでに感じたことのない腹痛により、緊急搬送された後、手術をすることになった。
そこそこ激務な業界にいたので、飲酒・喫煙・寝不足のフルコンボが災いして「胆のう炎」の診断が下り、臓器を全摘出した。

そこまで大きな病気では無かったので術後、身体はすぐに回復した。
違和感は心にあった。
外出すれば音などに過剰な反応を示し、人と話そうとしても言葉が上手に出てこなくてなって、相手の怪訝な顔を見てはパニックを起こした。

自宅で過ごす時間が増えた。
これまで仕事を頑張っていれば、進んだ気分になって良かったのに、毎日ただ自堕落に過ごしていることがたまらなく怖くなって、何かを吸収したくなった。
結婚したばかりだったので主人にも呆れられて、周囲には「幸せなくせに病んでる」そう思われているんじゃないかと内心気が気じゃなかった。
置いていかれたくないけど、何をしていいか分からない。泣きじゃくる私に主人はある漫画を勧めてくれた。

【スラムダンク】

タイトルは知ってる。
バスケの話で、去年は映画も上映されていた。
“諦めたらそこで試合終了ですよ”
有名な台詞だ。
「スラムダンクは義務教育だから」熱く語る主人に根負けする形で読み始めた。

数ページ読んで、飛び出た一言。

「なっっっにこれ?芸術の域では?」

これまで漫画への印象は「絵」だった。
例えば小説なら、茜色の空と表現があったとして、その景色全体はある程度読み手の想像力に任せるところも醍醐味だ。
でも漫画は最初から全部書き込まれている絵に過ぎなくて、どうしても台詞などに着目してしまう節があった。
しかし、スラムダンクは読んだ瞬間に絵がちゃんと動いて、色もついていた。
キャラクターが目の前で、本当に喋りかけてくるような躍動感。
これを紙に表現するには、どれだけの練習量が必要なんだろう。
それを考えたら、今この手に収まっているスラムダンクという漫画は一つの世界そのもので、私の手のひらに世界があると思うと興奮冷めやらずで読み進めた。

8巻のラスト。漫画を読んで泣くことを経験した。
三井寿が体育館で暴力事件を起こしたあの伝説の回だ…。
安西先生を見つけた時の三井の表情。
あの一コマの絵に三井のバスケに対する痛いくらいの想いが溢れて出ていて、涙が止まらなかった。

すごくバスケが好きだった幼少期。
みんなに期待された中学時代。
大好きなバスケを理不尽に奪われた痛み。
怪我で休んでいる間に成長するチームメイト。
三井になれた気がする。

漫画ってこんなに豊かなものなんだ。
こんなに楽しい世界なんだ。
そんな当たり前のことを、これまで知らずに生きてきたんだ。
でもこれから知れることは可能性だよ。
自分の中でいろんな感情が交錯して忙しい。

年齢を重ねると新しい事へ気持ちが前向きに働かないことも多い。
やる前に考えてしまって、結局やらなかったり。そんなことがごまんとある。
でも何かのタイミングで「今ならいけるかも?」と少しでも思えたら、まずは手を動かしてみる。
それが毎日を彩る可能性に繋がるかもしれない。

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