空に穴が空いているのはもはや常識で、だから僕は今日、別に驚きもしなかった。 家の屋根の上に、ぽっかりと、いや、ぷっこりと、穴が浮かんでいる。 うん、これは、ぷっこりだったのだ。 別に穴が開くのは珍しくもないのだけれど、穴はどうしても不吉に思われる。 つまり、今日、家にパキバンさんらがいらっしゃるにあたって、それはどうにも失礼極まりないことなのである。 灰色の穴は、時々、鹿の耳鳴りのような音を立てて収縮したかと思ったら、また伸び上がっていく。 そして僕は見てしまった
しどろもどろ団子は、日本全国で年間に数個ほど見つかる。 しどろもどろしながら、どろ団子を作ると、それがしどろもどろ団子になるのだ。 「なあ、僕のおやつ食べたのまさきくんだろ」 「えっ、ち、違うよ、た、食べるわけないじゃん」 ほら、今まさに、しどろもどろ団子が生まれた。 生まれたしどろもどろ団子を天日干しすると、泥は全て蒸発し、最後には「しどろもどろエキス」だけが残る。 そのエキスを飲むと、日常でしどろもどろしなくなるのだ。 そういうわけで、しどろもどろ団子は、高値で
自分の存在と、今朝のタマゴヤキの重さを比べてみたら、タマゴヤキの方が重かったという経験をしてから、自分の存在はタマゴヤキ以下なんだと思って気楽に生きることに決めた。 「いや、君の存在はタマゴヤキ以上だ」 という輩も多くいるが、そんなのは当てにしない。 うちの壊れかけた電子ばかりは、僕を裏切ったことなど一度もないのだから。 また、そういう奴には、僕はこう言い返す。 「じゃあ、君と、オナモミのどちらが重いのか、確かめてみなよ」 そうすると大抵、そいつはオナモミよりも軽い
コアラのすっとんとん拍子に合わせて、歌いましょう。 先生は、指揮棒を振った。 教室中の歌声がひとつになる。 これが一ミリでもずれたりしたら、先生に齧られる羽目になることは、この前の授業で把握済みだ。 先生といっても、今日はコアラ先生だ。 無駄に丸みを帯びたもふもふの顔が、なぜか僕には無機質に見えて仕方がない。 しかも、コアラのくせに無駄に美声なのが腹立たしい。 そんなことを考えていたら、僕のテンポだけがずれていた。 コアラ先生は、歌うのをやめて、いきなり指揮棒を真
屋根に大穴が空いた! 一分後に、西から雨がやってくる! 一分後、西からの雨は、家の中、東側にあるキッチンへ、激突して降り注いだ。 一分後に、東から雨がやってくる! 一分後、東からの雨は、家の中、西側に飾ってあったピクソの絵に降り注いだ。 一分後に、北から雨がやってくる! 一分後、北からの雨は、家の中、南側でくつろぐ猫たちに降り注いだ。
イカの天ぷらには、空港の列を乱れさせる効果がある。 空港の列が乱れて、渋滞して、波乱が起きた時は、ああ、誰かがイカの天ぷらを食べてしまったな、と考えて、食べた人のことを想像しよう。 頭は剃り上げているかもしれない。でも、髭は肩につくほど長いんだ。 そして、高級なサンダルを履いて、安物の腕時計をしているに違いない。それも真緑の。 そんなことを想像していれば、次第に列も整ってくる。 でも、そこで気を抜くと、また列が乱れてくる。 今度は、そのイカを食べた人のひいお爺さんに
椅子を制作中の大工である俺は、ビスが足りないことに気づく。 「ビスを2本とってくれ」 そういうと、助手の高橋は困った顔をした。 「今探しましたが・・ピスしかありませんでした」 「ピス?なんだそりゃ」 すると、高橋はさらに困った顔になる。 「ビスの代理品ですが、少々難点がありまして・・」 「難点だと?」 「とにかく、強度がないのです。ほら」 そう言って、高橋は指先で「ピス」をくしゃっと潰してしまった。 「んなもん、駄目に決まってんだろ!ビスは無いのか」 高橋は首を横に振る。 ま
ずいぶん大きな耳ですね。 そうなんですよ、母がゾウなもので。 そうですか。ゾウですか。でも、それにしては鼻が短いですね。 そうなんですよ、父がニンゲンなもので。 そうですか、ニンゲンですか。でも、それにしては足が小さいですね。 そうなんですよ、祖母がニワトリなもので。 なるほど、だからトサカがちょびっとあるんですね。 ええ、自慢のトサカです。
海の中の塩には、魔物が住んでいる。 塩にする工程の時も、その魔物は塩にしがみついて離れない。 相当頑固な魔物だが、そう悪いやつでもない。 盛り塩をして、悪い気を追い払うが、それはこの魔物が戦ってくれるおかげなのである。 油は油で落とせば、魔物も魔物で追い払えるのだ。 ただ、その魔物が人間の体内にたくさん入り込みすぎると 魔物同士が合体して、大魔王になってしまい、体に悪さをすることがある。 塩のとりすぎは、よくないのだ。
どうやら、リンゴが逆さまになると、世界は滅びるらしい。 全てのリンゴ畑には監視員がつきっきりになり、リンゴが木から落ちて逆さまになるのを防いでいた。 町中にポスターが貼られ、「リンゴを逆さまにするな」と言う文句は、挨拶よりも耳にする回数が多くなっている。 リンゴを回収して、埋めるなりなんなりすればいいだろう。 でもだめなのだ。 どうやら、リンゴを埋めると、宇宙ごと滅びてしまうらしい。 何故こうも、リンゴの存在は変わってしまったのだろう。 少し前まで、甘くてみずみ
秒針が刻まれるごとに、砂時計の砂は上へ吸い込まれていく。 一秒で477粒。 二秒で873粒。 三秒で-13粒。 上がり下がりを繰り返して、砂時計は形を保っている。 これがもし、一秒で478粒だったとしたら、砂時計というものは、存在を保つことができなくなってしまう。 四秒で-94粒。 五秒で-369粒。 六秒で0粒。
目を開けたら、白猫に囲まれていた。 にゃあとも言わず、白猫たちはぼくの鼻の頭をじっと見ている。 ぼくの鼻の頭に何かついてる? ぼくは猫語が喋れないので、仕方なく日本語で問いかける。 やっぱり白猫たちはにゃあと言わず、ただただじっとぼくの鼻の頭を見ている。 あむふ。 突然、一匹の白猫が、そう呟いた。 あむふ。あむふあむふ。 途端に、その鳴き声は波紋のように広がっていき、ぼくを取り囲む白猫の全てが鳴き出した。 もしかすると、このひとたちは猫ではないのかもしれない
サンタさんてもんは、大変ですねえ。 いえいえ、そんなことはありませんよ。最近のサンタは、昔みたいに、全ての家々の煙突から贈り物を届ける、なんて原始的なことはしませんから。 じゃあ、どうやってるんでしょう。 今はボタン一つで、靴下に直接ワープさせますね。 その代わり、靴下がないとどうにもできませんが。 靴下がないと駄目・・それって、何か企んでませんか。 いえいえ、決して、高い靴下を売り込もうなどとは考えていませんよ。
「やーだ、歯なんか磨かないもんねー」 イヤイヤ期の息子は、とにかく歯を磨こうとしない。 頑なに、拒否するのだ。 「歯を磨かないと、虫歯おばけが襲ってくるよ」 「そんなのいるわけないじゃーん」 私の脅しも、すっかりなれてしまった息子。 ついにあれを使う時が来たか。 その日の夜。 「む〜し〜ば〜お〜ば〜け〜だ〜ぞ〜」 枕元に、巨大な虫歯現る。 「ぎゃあああ、ママー!」 息子は泣き叫んでいる。 「こ〜れ〜か〜ら〜」 「ぎゃあああ、ぎゃあっ」 もう、ちゃんと
地球という星は、騒がしいなと、僕は思う。 オウルシ星の街と比べたらツシャが破裂しそうなくらい。 (オウルシ星では耳のことをツシャと呼ぶ) 僕はお腹が空かないし、何より体に食するための機能がついていない。 味覚も感じない。 でも、この騒がしいところから抜けだしたかったので 近くにあった『ユデスギタ』という店にひとまず入ることにした。 ドアを引くと、からんからんと音がする。 オウルシ星のドアには、そんな機能はついていないので、驚いた。 テーブルに座ると、何か書かれ
細い川に、波紋が広がった。 細く長い川の水面に、次々と雨粒が落ちる。 パン、パパン そういう音を立てて。 ピチョン、ピチョンと音を立てる雨粒は、にせものの雨粒なのだ。 パン、パパン そうやって、ほんものの雨粒は波紋を作る。 その波紋は、地球の全てに広がりたいのに、細い川の岸に当たって跳ね返る。 跳ね返って跳ね返ったその雨粒は、運が良ければ星の核になる。