見出し画像

2019秋南京歴史紀行超初心者編(with台風と黒猫)その3

六朝博物館:

 今回の旅行の第一の目的は、六朝時代の遺構の発掘現場の上に建てられた六朝博物館で、博物館には遺跡がそのまま保存され、見ることができるという。その他の事前情報としては、博物館の建物はI.M.ペイ設計事務所の手になるものであること、そして、三国志展の度肝を抜かれた矢の展示のオリジナルらしいという噂。
 ひょっとすると、ビジュアルを頑張りすぎて展示はそれほど充実していないのではないかという一抹の不安というか偏見は無いでもなかった。ネットで調べても、ホームページらしきものに一向に行き当たらないし。観光地情報サイトには紹介があるから、非実在博物館ということはないだろうが。そうこうするうちに、微博のアカウントが検索に引っかかった。というか、SNSのアカウントしか無いっぽい? …大丈夫なやつなのか? この博物館は?
 どうやら中国においては、公的機関も中国系SNSを情報発信のツールとして積極的に使っているらしい(逆に、ぐぐって出てくるようなところではほとんど情報発信していない)と了解したのは後のことで、当初は結構なカルチャーショックを受けながら、でも仕方ないから粛々と微博に登録した。そうしてみると、中国各地の博物館が続々と、垂涎ものの収蔵品やら季節の話題やらあまり博物館には関係なさそうな話題やらを放流していた。六朝博物館も「今日の一点」みたいな投稿を続けていて、夏の間、楽しく眺めていた。

1階の部:


 いざ現地へ。六朝博物館の所在地は、総統府の並びの少し先。ホテルが隣接していて、同じようなデザインだったので、ひょっとするとホテル予定地で遺構が出土して、急遽博物館も建てることになったのかもしれない。その辺の事情が博物館の売店で売られているであろう資料で明らかになることを期待していたのだが、…
 売店はあった。ちょっと高めの(おじさまおばさま好みの)小物とかお洒落カワイイ文房具などを売っている。しかし、本は無い。資料も無い。ちょっと待って、博物館の売店は、関連分野のマニアックな学術書や調査報告書を各種取り揃えて待っていてくれるものじゃないのか? その昔、考古学の教授に、欲しい専門書が大学生協に売っていなくても諦めるな、その足で博物館に行けば、必ずや売店に目当ての本が見つかるであろうと言われたよ…? というか、この看板なんですか、SNS映え的なやつですか。やはり、観光地寄りの施設なのだろうか。

画像1


 …と、第一印象はやや残念だった六朝博物館だが、展示はかなり充実していた。一階は特別展のスペースで、ちょうど西寧の博物館の収蔵品によるシルクロード青海ルートの特集をやっており、古い時代の青みがかった焼き物や四川省以外でも出土するんですの揺銭樹、ソグド人の薩宝の姿を写した銀のメダル等が印象に残っている。写真を撮れるとは知らず、残念なことをした。最後のコーナーでは現在の西寧の生活文化やら精巧な工芸品やらを紹介していて、あくまでも現在の現実の社会がメインにあって、その社会が所蔵する過去の文物、という位置づけで展示されているのかしら、といったようなことを考えたりした。


地下1階の部:


 さて、六朝時代の展示は地下から始まる。展示室に入ると、博物館のアイコンにもなっている人面瓦が壁一面に展示されていて、まず目を引く。表情が多種多様でかわいい。この階は出土品から当時の生活を紹介しているのだが、いかにも洗練された料理名の下に鹿その他の動物の骨がでーんと転がっていたり、結構野趣に溢れている。一方で複製の丹丸もあって、これはいかにもやばそう。

画像3

 木製の名刺や仏像などの社会的生活をしのばせるものや、磚や井戸といった当時の街角を彷彿とさせる出土品も。こちらは六朝時代の排水溝。

画像2


 そして発掘され、保存された城壁と近年の発掘一覧表。

画像4


 南京中心部では、21世紀最初の十年で大規模な再開発が行われ、それに伴って六朝時代の遺構がボコボコ出現したことが窺われる。宿からの道すがらに眺めてきた建物の名前も多くあって、興味深かった。


2階の部:


 コンパクトながら結構濃い展示に満足しつつ二階に上がると、模造植物に飾られた、お高めな日本料理屋か百貨店の宝飾品売り場のような空間が。

画像5

画像6

画像7


 この水墨画のごときインスタレーションは一体何なのか。要するに、白い布のスクリーンを垂らして後ろに模造竹を配し、背後からライトを当てているのだが、いくら何でも風流に過ぎやしないか。引きも切らず人が訪れる類の施設ではないので、日本だったら確実に事業仕分けされるやつ、と余計な心配をした。
 その、ほとんど異界と化した空間に展示されているのは、オリーブグリーンというか青灰色というかの肌色が美しい六朝期の青瓷。南京市が世界に誇る最推し激推し芸術品、と解説が熱く語る。中国語はフィーリングで読むレベルなので正確なところはわからないけれども、多分そんなことを言っていた。
 確かに、並べられた容器は派手ではないけれども、しみじみとした風情がある。鶏の首のやつは、鶏首壺という1ジャンルをなしているらしい。完成品はすっくとして美しいです。

画像9


 当館所蔵品中の至宝と紹介されていた壺。フォトジェニックを極めるために、展示方法も凝りに凝っており、背後の壁に丸窓を開け、通路の向こうのガラス窓に墨絵風のスクリーンを掛け、外の光を取り込みつつも、現代の俗な高層ビルが映り込まない工夫をしている。この念の入りようには脱帽した。

画像10


 六朝青瓷のラストを飾るのは、魂瓶と呼ばれる明器の一種。館の周りに所狭しと群れ集う人と鳥と四つ足の生き物と水辺の生き物は、パラダイスのようでいつまでも見飽きない。

画像8


 さて、2階展示の後半は、人物の石像や墓碑など。人間に対する関心の高まった時代である旨を縷々語っている解説を読むと、六朝時代は西欧におけるルネサンスのような時代なのかしらと思えてくる。実際にそのような評価がされているのか、南京市的史観なのかは当方の無知ゆえに定かではないけれども。

画像11

画像12


 最後のインスタレーションは冬がテーマの枯山水。借景は総統府の緑。こういうところは本当に上手い。


3階の部:


 階段を登ると…

画像14


 キター!
 実は各階に展示のデザイン・コンセプトが表示されており、3階は六朝時代の人物や文化活動に焦点を当てた展示とのこと。

画像15

画像16


 孫権から始まり、東晋の成立、「一代忠臣王導」と「風流宰相謝安」のあまりにもキャッチャーな並び…と続く著名歴史上人物の紹介パネル。というか、ほぼほぼパネルしかない。確かにパネルのデザインはカッコイイけれども、展示品はいずこ? よって、多少期待していたところもある仏教関係も説明文だけ。南京市的史観において重要な仏教関係者は、支謙、法顕、竺道生、僧祐、宝志といったあたりであるらしい。こちらは多少は成程と思うものの、当然と言うべきか、北朝の重要人物は惜しげもなく切り捨てられ、実質、千数百年を経ての南朝史観プロパガンダと化しているので、思わず笑ってしまう。

画像17

 博物館に対する私の常識というか先入観をひっくり返す堂々のパネル展示、しかし設計者的には2階で気力と予算が尽きたという訳でもないようで、詰めは細部まで抜かりないのだった。窓の向こうで机に向かう人物のシルエット、単なる雰囲気づくりと思いきや、解説の内容からして『文心雕龍』の著者劉勰のつもりらしい。え、そこ、ちゃんと設定があったの?

画像13


 ということで、六朝博物館は良くも悪くも予想の斜め上に振り切れており、色々な意味で楽しく興味深い場所だった。3階の展示については、誰と、どのようなコミュニケーションを取ろうと意図していたのか、未だに消化しきれていない。事業仕分けの対象になってしまったら勿体ないので、皆さんも南京に行ったらぜひ立ち寄ってみてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?