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過去への執着をまだ僕はしているのかもしれない。

はじめに

最近感じる、感情。
「どんな人と関わっていきたい?」
「どんな思想をもっている人と付き合いたい?」
「どんな未来を作っていきた?」
「どんな自分になりたい?」


などなど。

自分の想いを吐き出すことで、
思想が磨かれていくのかも。
と、思うがまま note を書いていました。

そしてまた、最近見つけた
自分の中に隠されていたこと。
それは、
「まだ、過去に後悔しているのではないか?」ということ。

どんな人と関わりたい?に隠されたヒント

僕は、
「現状に満足し、ダラダラと過ごしている人とは関わりたくない。」
そして、
「あんな熱い想いを語ったのに、諦め、やらない人とも関わりたくない。」
と思っていた。正直今でも思っている。


「すべての人を受け入れる」という言葉を見ると、

「すべての人は受け入れられる。でも、僕は関わらなくていい。」
と思う。

最近、近況報告をしている中でこの事を話した。

「なぜ、そう思うの?」
コーチ仲間からの質問。

僕は言った。
「昔の自分を見ているみたいで嫌だ。」

.…

「あれ?過去に執着してる?」

共感力の高さは武器でもあり弱点

僕は、「共感力」が以上に高いと思う。
非言語で理解することが、極端に長けている。
言葉の裏側のエネルギー、空気感など。

日本人以外の国の人と関わる中で、
これ(共感力)は僕の才能でもあると、確信している。

一方で、
「ネガティブな感情」にも共感できてしまう。
「悲しみや苦しさ、弱さや抜け出したいけど、できない辛さ」などだ。

僕はこの「ネガティブ」に共感する事を恐れていた。

なぜなら、僕の中にも、その「ネガティブ」がいて、
飲み込まれてしまうんじゃないかと恐れているから。

今、立ち向かっている「挑戦」
潰してしまうんじゃないか。と不安で怖いんだ。

昔の自分

自分の過去に後悔はない。
失敗や挑戦を繰り返してきて、今があると本気で思っているからだ。

でも、過去の「自分の気持ち」には後悔がある。

一歩踏み出す時、
「ビビってやらない」自分に、何度も出会っているからだ。

その度に、周りに助けられた。
「お前ならできる」「信じてる」「やっちゃおうぜ」
そんな言葉をもらい、一歩踏み出してた。

それを知らない周りは、
「挑戦しててすごい」って言ってくれるけど、

弱い自分が止めようとしてたんだ。
僕は自分から動いたんじゃないんだ。


そんな自分に、後悔があった。

でも、「今はどうなんだろう。」
そして「これからは?」

無意識的に「過去の自分」を気にしていきていたのかもしれない。
僕は「今」を生きているはずなのに。

「過去の自分」も言ってる。
もうお前は俺じゃないよ。

ネガティブに共感する必要はない

そもそも、「ネガティブ」に共感してしまう。
と認識していたことが間違いだった。

そう認識していたことで、
「また引き戻される」ことに恐怖を感じていただけだ。

こう変えてみよう
「ネガティブ」を理解することはできる。

そして、どう付き合っていけばいいか。も理解できる。
勉強していく中で、自分の過去の体験を踏まえてホントに理解できたからだ。


人それぞれ「熱量」は違う。

見るからに熱量の高い人もいれば、
海底火山のように、ジワジワを熱い人もいる。
変わりたいのに、変われない。そんな、もがいている人もいるだろう。

僕が認識していた「ネガティブ」も、
もしかしたら、表面上なのかもしれない。

だって人によって熱量の現れ方が違うから。

そして自分自身にも言いたい。
「過去は過去だ」僕は「今」を生きる。
そしてもう戻ることはないから、恐れず進もうと。


改めて僕は、どんな人と付き合いたい、繋がりたいのか、
考え直してみた。

「可能性を信じ、自分に期待し、自分を許し、前に向かって今を生きる」

そんな答えが出ました。


「こんなじゃない」「もっとできる」
そう思っている人と付き合いたい。

おしゃべりでも、まじめでも、根暗でも、おっちょこちょいでも、
少しでも、この感情 「俺は私はこんなんじゃない」と
思っている人と繋がっていきたい。

一緒に未来に向かって進んで行ける。
そんな出会いを作っていきたいんだ。



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