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重度訪問介護。

時刻は、まもなく夜中の1時過ぎ。
彼が、発してくれる言葉に対して、模倣を繰り返しながらいつもの道を進んでいく。
「ん〜ん〜」「う~い〜」「ののののの〜」「あ~あ~」。

夜空を見上げると、うっすらと秋の雲が漂っている。
キラキラと輝く星たち。
堤防沿いのこの道は、街頭も少なく星がよく見える。
遠くに輝くは、コンビナートの夜景。
赤と白のストライプ模様の煙突が、優しく点滅している。

彼と二人っきりの真夜中の散歩は、僕を、本来の時間の速度に、ゆっくりと戻してくれる。

今を楽しむ彼。今を感じている彼。今を生きている彼。

僕の少し先を行き、くるくると回転したり、ときに僕のおでことを自分のおでこにひっつけて、嬉しそうな声をあげ、優しい笑顔を見せてくれる彼。

僕の手をとって、ぴょんぴょんとジャンプを一緒にと訴える彼。
それに応え、一緒にぴょんぴょんとジャンプをすると、嬉しそうに走り出す彼。

今年に入って始めた、重度訪問介護という仕事。
ご縁のあった事業所を通じて、週二日だけ従事させてもらっている。

そして僕は、彼に出逢わせてもらえた。

少しずつそしてゆっくりと彼との世界は広がり、現在は、ご家族様曰く、16年ぶりに散歩ができるようになられたとか。
僕のことを受け入れ始めてくれた彼には、感謝しかない。



今夜も、まもなく夜中の1時になろうとしている。
空を見上げると、うっすらと秋の雲が広がり、きらきらと星が輝いてみえる。
海からの風が、少し肌寒く感じる。
いつもの堤防沿いを、彼と二人っきりで歩いていく。

「う~う~」「い~い~」「あ~あ~」「のののの~」「い~よ~い~」と彼が発してくれる言葉に、トーンや声質もできるだけ同じように意識し、模倣を繰り返し共鳴し合うことで、お互いの間に安心感が生まれ、笑顔や笑い声が響き渡り、そしていつしかそれは、信頼へと徐々につながっていく。

彼とのそんな真夜中の散歩は、ふと、宇宙の存在を近くに感じる時間でもある。それは、なぜだろうか。先日、読んだ本のせいかもしれない。

それは、神谷美恵子さんという精神科医が残された本。
「人間をみつめて」という本である。
神谷さんは、長島愛生園に勤務され、ハンセン病患者さんたちの治療にも屈しておられた方。

神谷さんが、本の中に遺された、こんな文章に思いを巡らせる。

「私は宇宙への畏敬の念に、このごろ、ひとしおみたされている。
科学の武器をもってさえ、その全貌を把握できないこの宇宙の中で、私たちは「意識」ある生命を与えられた。
この意識をもって宇宙を支えるものに賛歌をささげたい。
それをささげうる心が人間に与えられたことを感謝したい。
こういう広大な世界を、小さな心で思い浮かべうることこそ人間に与えられたおどろくべき特権であると思う。」

彼の笑顔、喜ぶ姿は、ぼくに大切な何かを与えてくれる。
16年間という歳月、外の世界に出れずにいた彼。
模倣応答を繰り返しながら、徐々に僕という人間を受け入れ始めてくれた彼。彼には、感謝しかない。

僕は、これから先も、障がい者福祉というものに携わり、また、これから就労継続支援B型事業所を立ち上げていく上で、改めて思うことは、社会を創って行くうえで、福祉を中心に考えていくことの大切さである。
そうすることで、社会は、優しく順応し合うように感じる。
本来、社会は、世界は、とても優しくてあたたかいものだと感じる。

秋の夜空に広がる、広大な宇宙が、間違いなく、ひとりひとりの存在を祝福してくれている。

さあ今夜もまた、だれをも支配することも、されることのない時間へ。
宇宙を感じながら、真夜中の散歩に出かけよう。




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