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産qレース 第十八話

まだ休暇中の徳川に見送られながら、新婚旅行から帰ってきてからの最初の出勤日。

 新婚旅行の直前に婚姻届も提出したため、今日から晴れて徳川やすことして勤務する。

 定番のマカデミアナッツとパイナップル型のクッキーを手土産にスタッフルームに入った。

 早めに到着し、お菓子とお茶スペースに手土産を置き、パソコンにパスワードを入力し、10日間の担当患者さんのカルテを確認し始めた。

 出勤してきた帰蝶が、やすこの元へやってきた。

「最近、あけ、いや織田さんおかしくないですか?どうも体調がずっと悪そうで、この前なんてトイレに駆け込んでたんですよ。患者さんそっちのけで。」

「そうなの。でも、ずっとお休みもらってたから、全然わからなかったな。もしかした、おめでただったりするのかな。」

「もう、腹立たしくないですか?だって、ろくに仕事も雑務もしないのに、正社員になった途端に、院内の医者と結婚して、のうのうと産休と育休を取るのですよ。そのつけを、また私達が取らされるなんて、不公平だと思いませんか?」

『帰蝶が朝から話し掛けてきたと思ったら、これかぁ、人の新婚旅行なんてどうでもいいってことね。そしにしても、かなり不満がたまってる。
帰蝶が言ってることはわかるけど、正しくはないのだよね。
私も信子側の立場になりうるからなぁ、どうしよう。。』

「うーん、気持ちはわからないでもないけど、個人の自由もあるからね。源氏さんには聞いてみた?」

「聞いてません。聞いてどうにかなると思いますか?」

「わからないけど、、状況がわからないから、私も注意してみておくね。体調悪いのに、働くのは危ないしね。」

「よろしくお願いします。でも、私が言ってたことは、源氏さんと平家さんに言わないで下さい。」

「なんで?」

「言うときは、自分で言うんで。」

「わかりました。」

 やすこは、不意をつかれて、適切なアドバイスができなかった。この時に、もっと帰蝶の言動を窘めるべしだったと、後悔する日がくるとは、思いもよらなかった。

 その後、しばらくやすこは、信子の様子を観察していた。

 たしかに、気分が優れないようで、顔色も悪く、表情も冴えない。また、1時間程度の遅刻をしたり、職員レストランで他のスタッフとランチをしなくなっていた。

 『多分、妊娠してる。』

信子の行動と女の勘で確信した。

と同時にやすこは『順調に妊娠して羨ましい』とも思った。

 元々、生理不順があったやすこは、結婚式前から徳川の薦めで不妊治療に特化した婦人科に通院していた。徳川から「歳も歳だから、ゆっくり行こう」と励まされつつ、治療を続けていた。


 数日経った夕方、帰蝶から「どう思いますか?」と聞かれ、

「体調悪いだけかもしれないけど、妊娠してる可能性もあるかもね。」

「そうですよね。もう、辞めてほしいんですけど。」と勇み足の帰蝶を、やすこは「まあまあ」となんとかなだめた。

 数日後、源氏からのメールで信子が妊娠中であり、医師の診断書により、通勤緩和と業務軽減を希望していると記載されていた。通常、安定期に入ってからの公表が早まったようだ。

 やすこは、『やっぱり』とため息をついた。 



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