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当たり前の番人/無意味の意味-6/27/2023


朝からメロンパンを3つ食べて、最高の気分だ。
メロンパンにハマりはじめの頃はファミマのデカい食べごたえの有るメロンパンが好みだったけど、食べ慣れてからは質を求めてローソンのに落ち着いた。

タリーズにて

タリーズにて読書スタート。例によって数学と人間、逆ソクラテスを読み進める。4時間ぐらい居れたな。だいぶ活字を読む目の滑りが悪くなってきたぞ~!嬉しいね

店内にはおしゃれなジャズ調のBGMが流れていたのだが、あるとき急にハリーポッターのテーマBGMが流れ始めた。(「ヘドウィグのテーマ (Hedwig's Theme)」)
なんか急にハリポタのコラボカフェかユニバのハリポタエリアの飲食店に来た気分になった。強烈な違和感。おいおい、それはあまりにも「意味」すぎないか。

そう考えるとリラックスミュージックやジャズなどの店内BGMって「無意味を演出するための音」なのだという解釈ができそう。(個人経営はともかく)「飲食店ってこれだ」という、長いことかけて形成されていった一般的なイメージの範疇に迎合し、そのラインを絶対に超えないようになっている。「店内BGM50選」というアルバムから、適当に流しておく。それ以外にも、机・椅子・カトラリー・壁紙など、できるだけ無意味の意匠を凝らす。飲食チェーンが私達に提供しているのは、無意味という安らぎだ。「当たり前の番人」として、僕たちの生活をこうした側面から支えている彼らの功績は計り知れませんね。

ちなみに関係ないんだけど、「ヘドウィグのテーマ」のヘドウィグは作品における主人公のハリーのペット。性別はメス。なんでいちばん有名であろうこのメインテーマの名前を主人公のペットが独占しているのかは調べてもわからなかった。

伊坂幸太郎の逆ソクラテスの「スロウではない」と「非オプティマス」を読んだ。

逆ソクラテス。タイトルシュール。

やっぱあんまり好みじゃないかも。なんでだろう。言語化難しいけど頑張ってみようかな。端的に言うと、勧善懲悪の香りがほのかにするからかな。この物語を通して、何かを「学んでほしい」という筆者からの作為を感じ取ってしまって、「うるせっ」ってなってるのかもしれない。基本的にすごく読みやすいし、キャラも立ってるし、でも、が故に、持て余しちゃう。

あと物語としての骨組みがほぼ同じで、飽きてくる。そういうコンセプトなの短編集だってことはあとから知ったけど。周囲の様子は察することはできるが、逆に言うと周囲のキャラの様子を眺めるだけのオブザーバーに徹する主人公と、大人やクラスのわがままなガキ大将に対して諦めや不信感を募らせ、ムーブメントを起こす主体となるゲームチェンジャー。かれらの青春群像劇的な大枠の構造になってる(いまのとこ)。

「犬のウンチ禁止」
「名詞」を禁止してしまっている日本語としての誤りとやる気のないイラストに少しだけハマる

好きな歌詞

宇多田ヒカルの『Prisoner of Love』という曲の、この歌詞がかなり好き。

『強がりや欲張りが無意味になりました』

違和感がすごいのね、このフレーズ。

「無意味になり<ました>」っていう、ゾッとするような、キンキンに冷えたネガティブな諦めや虚無のニュアンスを印象づけるはずのフレーズで、「強がり」「欲張り」という人間らしい面倒臭さ/不合理性を完膚なきまでに否定している。ネガティブをネガティブに否定するこの違和感。
2サビ頭で登場する「強がりが無意味になる」という日本語の意味としての、違和感。その後に続く「あなたに愛されたあの日から」というど直球のフレーズで大体の意味を理解するが、曲を終えてもサビ頭で盛大に食らった違和感だけは残る。

宇多田ヒカルさんは歌詞づくりには誰も気づけないくらい繊細な言葉遊びをするくらいこだわってるらしいから、あえてこの言葉をチョイスした別の意味があるのかもしれない。個人的な体験とか。無意味の意味を考える。。。

今日の日記、「無意味」って言葉にやたら縁があるな。

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