コンクリートのまとめ#2 ~災害とコンクリートの付き合い方①~

ごぶさたしてます。性懲りもなくまた書きます。でも前回よりはもう少しマジメな話をします。

・6月18日 午前8時

大阪北部地震が発生して、約1週間が経過しようとしています。現時点で確認されている死者は5人、負傷者は370人以上、家屋への損傷は300棟以上という数字が出ております。
ガスや鉄道網等のインフラには未だ影響が出ているようです。

倒壊したブロック塀の下敷きになった女児が死亡するという痛ましい事件も起きました。
この事件を受けて、多くの自治体では小中学校のブロック塀の点検、さらには撤去の判断を下しています。

今日は1個だけここで問題提起をします。

その判断は適切なのだろうか?

こう書いてしまうと、あたかも塀を撤去するなというように聞こえてしまいそうですが、それは断じて違います。
私自身は危険構造物を取っ払うのにはコンクリート技術者としても一市民としても当然賛成です。
私が問題にしたいのは、なぜその判断が今になったのか、ということです。
ブロック塀の倒壊とそれによる被災というのは、古くから指摘されてきた問題です。
被災者ではない我々が最も知るべきは、被害だけでなくその裏側にある背景です。
共感だけでは誰も救えないので、冷静な再発防止策を考えるのは国民の責務である上、感情論に任せた方針は往々にして効果的ではなくなります。
今後このような、あるいはブロック塀倒壊とは全く別の、痛ましい災害が起きてしまうことを防止するためにも、報道では深堀されない部分を少しまとめてみました。
そこから、災害の多いこの国で劣化するコンクリートとどう付き合っていくかを、少し考えていければと思います。
社会インフラを形成するコンクリートは全ての国民がステークホルダーになるので、知っておいて損はないと思います。

・ブロック塀はなぜ倒れたか

おそらく、技術的な要因についてはこの記事が最も端的にまとめていると思います。
災害の内容をいま一度整理すると、小学校のプールにおいて、もともとの基礎の上に増設された高さ1.6mのブロック塀が倒壊し、その下敷きになって通学中の女児が巻き込まれてしまいました。
通学路側から見れば、基礎部と合わせて高さ3mほどのコンクリートの壁がそびえ立っており、上部のブロック塀がそのまま倒れてきたようです。
壊れ方からわかる倒壊のポイントは端的で、以下の2点です。

① ブロック塀がバラバラになるのではなく1枚の形を保ったまま倒れたこと。(壊れたのではなく、倒れた)
② プール側ではなく道路側に倒れたこと。

倒壊後の調査でわかった点は以下の2つで、これがそのまま①、②の原因として対応しています。

①→基礎とブロックをつなげる定着鉄筋の長さが足りなかった。
②→控え壁がなく、ブロック塀を支える構造になっていなかった。

倒壊したブロックを掘り起こしたところ、基礎とブロックをつなげる鉄筋の長さが33cm(基礎側に13cm、ブロック側に20cm)しかなかったようです。
鉄筋コンクリート構造は、鉄筋とコンクリートが一体になって抵抗(付着)し、鉄筋が引き抜けてしまわないこと(定着)が非常に重要です。
(土木学会では鉄筋の定着と継手だけで設計指針を制定しています)
鉄筋は表面に凹凸があるため、単純に長さを長くしてコンクリートとの接地面積を増やすこと、あるいはフックや返しを設けて機械的に引っ掛けることで定着を確保します。
定着長さは鉄筋径(D)の倍数で数えることが多いのですが、一般的な鉄筋コンクリート構造物において30~35D程度、コンクリート標準示方書では最低20Dです。
大阪のブロック塀では鉄筋径が1.3cmだったので、基礎側に10D、ブロック側に15D程しか入っていなかったようです。
ブロック上部にも補強鉄筋が入ってはいたようですが、定着鉄筋との継手作用もなかったために、高さ1.9mの基礎とその上の1.6mのブロックが別々の挙動をして、ブロック塀が丸ごと倒れてしまった機構のようです。
定着がしっかりしていれば上部がしっかりとつながり、基礎部が頑丈であればブロック塀が(少なくともまるごと)倒壊することは防げたのでしょうが、レゴブロックではなく単純な積み木のように、上下が分断されてしまったことが災害の原因に思われます。
この際、倒壊方向(道路側)に塀を支える「控え壁」があれば被害はもう少し食い止められたのでしょうが。

・いつから問題になっていたか?

このあまりにも痛ましいニュースにより、ブロック塀の倒壊リスクは初めて社会問題になったような印象を受けますが、これまでの地震ではどのような被害と技術的な対策が取られていたのでしょうか。
建築分野の文献を中心に、少し振り返ってみましょう。

結論から言うと、ブロック塀の倒壊リスクは昔から指摘されていたのです。
2011年の東日本大震災においても、非浸水域、つまり津波の影響のない地域において地震動による被害を受けた家屋のうち、ブロック塀等が設置されていた家屋の被害は15件に1件ほどの割合でした。
倒壊した塀のうちほぼ全てが、建築基準法への不適合が認められ、この時は鉄筋に関する不適合が最も多く、控え壁の不備についても指摘されています。
つまり、大阪のブロック塀倒壊は典型的な不備によるものと言えると思います。

2016年の熊本地震でも、ブロック塀倒壊による犠牲者が出ています。

・時系列を整理する

このように以前から地震によるブロック塀の倒壊とそれによる犠牲は起きていました。
それでもなぜ、その教訓が生かされずに今も犠牲者が出てしまったかを考えるために、少し時間軸を、以下の3点を中心に整理してみましょう。
①大阪ブロック塀の整備・補修、②国内における地震発生と被害状況、③設計規格の変遷

③ 1960年頃 住宅外構施設としてブロック塀が普及
② 1962年 宮城県北部地震(死者3名。初のブロック塀倒壊による犠牲者)
③ 1970年 建築基準法施行令第62条の8 ブロック造の塀に関する基準制定
② 1978年 宮城県沖地震(死者28名。内、外構施設の倒壊による犠牲者は16名)
③ 1981年 建築基準法 規制強化(高さ上限を3m→2.2mに)
② 1995年 阪神・淡路大震災(死者6400名。神戸市の調査ではブロック塀の倒壊率は25%→早朝発生のため犠牲者は出ず)
① 1998年 小学校のプールにブロック塀を増設
③ 2000年 建築基準法 改訂(性能規定型の考え方を設計に導入)
② 2011年 東日本大震災(死者16,000名。倒壊したブロック塀の多くに対して建築基準不適合を指摘)
① 2015年 小学校で講演した防災アドバイザーがブロック塀の倒壊リスクを学校に指摘。後日、注意喚起のメールを送信
 ① 2016年 市教育委員会がブロック塀を点検。「問題ない」との判断を下す。
③ 2016年 熊本地震(死者267名。ブロック塀倒壊により1名が犠牲に。)
① 2018年 大阪北部地震でブロック塀の倒壊

時系列を追うと、大地震後には指針類が改訂されているのがわかります。(ここでは建築だけを載せていますが、土木分野でも同様です。)
建設技術者も指をくわえて被害を見届けているだけでなく、規準を強化することで建物の強度を高める方向に持って行こうとしています。(規準を遵守すること、を前提としていますが)
また、小学校のブロック塀増設時期は阪神淡路大震災後、2000年の施行令改訂前であることもわかりました。
このブロック塀に対しては、専門家から以前にも倒壊リスクを指摘する声はあったようですが、無資格者の点検と「問題ない」という判断を下した学校側の対応からも、反映されるには至らなかったようです。(下記記事参照)

・本当に防げなかったのだろうか?

こうしてまとめてみると、地震によるブロック塀の倒壊リスクは古くから指摘されており、当該物件のブロック塀においてすら、危険であるとの警鐘は直接鳴らされていたようです。
それでもなぜ、女子児童が亡くなる痛ましい災害が起きてようやく、その危険が明るみになったのでしょうか。
別の見方をすると、何故これまでの地震でも同様の災害による被害は頻発していたのに、我々は今になって初めて見知ったかのような報道を受けているのでしょうか。
それを考えるのは、技術者だけでなく国民の責務であると私は思います。
コンクリ―トに代表される都市と社会の構造物は専門家が設計し、造り、点検をしますが、享受するのは国民です。お金を出すのも国民です。
仮に個人住宅の外構ブロックであっても、倒壊したら公共空間の道路に影響を与えます。
この記事がそうした理解の第一歩に繋がれば幸いです。

各論はそれぞれに譲るとして、私が考える要因を一つ提示して終わりにしたいと思います。

・工作物であるブロック塀をどう考えるか

言わずもがな、日本の耐震技術は世界最高峰であり、最新技術で作られたインフラは高層・長大構造物においても倒壊リスクを低めています。
でもそれは、耐力が期待される構造物。
橋脚が横倒しになった阪神・淡路大震災などと比べて主要構造物が大崩壊することこそ無くなりましたが、近年では非構造部材の剥落・倒壊といった新しいリスクが増えているように感じています。
これは設計基準が構造部材に比べて緩やかであることに加えて、過去に作られたコンクリートの多くの劣化が顕在化しているためです。
地震に限らずとも、これらのような部材の一部分の倒壊は、構造物本体とそこで生活する人々の安全性こそ大きく阻害しないとはいえ、公共空間の安全・居住性に与える影響は膨大です。
大阪でのブロック塀の倒壊どちらかと言えば施工不備の面が大きいように感じていますが、コンクリートの劣化と並行してこの種の被害はこのままではこれから必ず増加する、と見込んでいます。

また、ブロック塀という工作物は、住居のエクステリア、つまり構造物というよりは付属の工作物に分類されます。
そのため作製は工期の終盤、あるいは竣工後かもしれません。
工期と予算の兼ね合いもあり、設計者の意図が十分に反映されず、施工側で省略化やそれによる基準不適合が発生しない、とも言いきれません。
こうした、設計基準がメインで対象としていない(という書き方は不適切かもしれませんが、構造耐力への期待が小さい)構造物の倒壊リスクは、今後我々が向き合っていななければならない問題に感じます。


犠牲者が出た以上既に遅いのかもしれませんが、いま全国で行われている対策が手遅れにならないことを祈るばかりです。
暗い話ばかりして終わるのは無責任なので、次回はもう少し技術的な部分に焦点を当てて、劣化するコンクリートを検査・補修する技術をまとめてみます。
この国のコンクリートは災害が多いため傷つきやすく、四季に富むが故に劣化しやすい。
その中でコンクリートとどう付き合うのか良いかを少し考えてみます。


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