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競馬に偏見を持っていた私が、『ウマ娘プリティーダービー』をきっかけにアーモンドアイに出会うまで

時計の針が、三時を指す。
見ているアニメが途中だろうが、おかまいなし。
父がリモコンを操作すると、テレビ画面に走る馬の姿が映し出された。
週末恒例の光景である。
「あの馬たちには、たくさんのお金が賭けられているのよ。お父さんのお金も、あの馬たちに吸い取られていっているの。」
どうやら母は、テレビに映っている馬のことをあまり好ましく思っていないらしい。
私は幼いながらに、走っている馬にお金が賭けられていること、馬にお金を賭けることはとても良くないことなのだと理解した。
そしていつからか、私が馬の姿をテレビで目にすることはなくなった。

それから時が経ち、2020年10月。
生粋のアニメ好きに成長した私は、ある作品と出会った。
『ウマ娘プリティーダービー』。
アニメ自体は2018年に製作されたものであったが、2期の放送を記念し、BS11で再放送が始まっていた。
競馬にも擬人化コンテンツにも興味はなかったが、アニメファンからの評価がそれなりに高かったことや、好きな制作会社が作った作品であることもあり、暇つぶし程度に視聴を始めた。

ウマ娘を視聴し始めて一番驚いたのは、実在の競走馬をモチーフにしたキャラクターが登場するだけでなく、ストーリーも実話ベースで展開しているところであった。
スペシャルウィークという一頭の馬が実際に走ったレースを元に、全13話の物語を展開することができる。
競走馬の人生のドラマ性の高さに感銘を受けるとともに、どんどんウマ娘という作品の虜になっていった。

11月1日。ウマ娘を視聴し始めてから、1カ月程度経った頃であった。
お笑い好きの私は、この日の午後四時から行われるNHK新人お笑い大賞の放送を楽しみにしていた。
テレビ欄の番組紹介を確認しようと新聞を広げると、NHK新人お笑い大賞の一つ上に掲載されている「天皇賞(秋)」という単語が目に入った。
少し前の私なら、
「ギャンブルである競馬を、公共放送で流していいの……?」
と、かなり懐疑的に思っていたかもしれない。

時計の針が、3時を指す。
気が付くと私は、予定よりも1時間早くテレビをつけていた。
ウマ娘の影響か、私の心の中で競馬への関心が生まれていたのである。
競馬を見るのは何年ぶりか。
もしかしたら、10年以上経っているかもしれない。
出走馬のうち、私が名前を知っている馬は1頭もいなかった。
そんな中解説を聞くうちに、アーモンドアイという馬が、GⅠ8勝という大記録に挑戦しようとしていることを知った。
「顔に白いモフモフをつけていてかわいい!」
彼女のビジュアルに惹かれたこともあり、私はアーモンドアイを応援しながら、レースを見ることにした。

ゲートが開き、レースがスタートした。
彼女は最後の直線入り口まで、ずっと4番手でレースを進めていた。
競馬について何も分からなかった私は、
「このまま4番手で、勝つことができるのだろうか……?」
という一抹の不安を抱えつつも、レースにくぎ付けになっていた。
直線に入り、彼女はぐんぐん、ぐんぐんと加速していく。
ずっとレースを引っ張ってきた馬をかわし、彼女は先頭に立った。
後ろから2頭の馬が猛烈な勢いで迫ってきていたものの、彼女はその2頭に先頭を譲ることなく、1着でゴール板を駆け抜けた。
全馬未踏のGⅠ8勝という記録が、打ち立てられた瞬間であった。 

ゴール後、鞍上が彼女の首元をポンポンと撫で、激走をねぎらった。
「騎手と馬は、こんな風にコミュニケーションを取っているのか……!」
初めて目にする馬と人が心を通わせる光景に、私は衝撃を受けていた。

すると間もなく、勝利騎手インタビューが始まった。
現れたのは、クリストフ・ルメール騎手。彼が今日本で一番勝っているトップジョッキーということは、付け焼刃の知識で知っていた。
そんな名手・ルメール騎手の目が、涙でうるんでいた。
「あまり、しゃべれない……」。
下を向き、涙をこらえながら、ようやく彼は一言目を発した。
そしてインタビュー中、彼は言葉を詰まらせながら、何度も「プレッシャー」という言葉を口にした。

日本一の騎手がプレッシャーに押しつぶされそうになり、勝利後のインタビューで涙を見せる。
これまで競馬を「ただのギャンブル」としか思っていなかった私にとって、それは未知の世界であった。
私は今まで、レースに出走している馬を「賭けの対象」としかとらえたことがなかった。
騎手をはじめとした競馬関係者は、「ギャンブルをあっせんしている人たち」であると、本気で思っていた。
私は知らなかったのである。
1頭の馬がレースに出るまでに、たくさんの人の手がかけられていることを。
そんな多くの関係者とファンの期待を一身に背負い、命の危険とも隣り合わせの状態で、騎手がレースに臨んでいることを。
「これが、昔父が夢中になっていた、『競馬』なのか……!」
あまりの衝撃に、私は呆然とテレビ画面を見つめることしかできなかった。
そんな私の目には、テレビに映るルメール騎手と同様に、涙が浮かんでいた。

今は昔より状況が好転しているとは思うが、アニメ鑑賞が趣味だと話すと、否定的な態度を取られることがある。
「もう社会人になるというのに、まだ毎週アニメなんか見ているの……。」
そんな言葉をかけられるたびに、
「大人になっても、アニメを見ている人は気持ち悪い。そんな勝手なイメージで、他人の趣味を批判しないでくれ。」
と、行き場のないモヤモヤとした思いを抱えていた。
しかし私はその反面、競馬を趣味としている人に関しては、お金遣いが荒そうといった偏見を持ってしまっていた。
自分が言われて嫌なことを、私は他人に言っていたのである。
24年生きてきてやっと、そう自らを省みるに至った。

天皇賞(秋)を見て以降、私は毎週競馬を見るようになった。
大好きなアーモンドアイは、世紀の大一番・ジャパンカップで有終の美を飾り、現役を引退してしまった。
だが彼女が引退した後も、私は心から応援したいと思う馬にたくさん出会うことができた。
白毛馬・ソダシの美しさと強さに、ミーハーながらも心を引き付けられた。
香港カップで、ウインブライトと松岡正海騎手の人馬一体のレースを見て、競馬のことがさらに大好きになった。
金星間近だった東京大賞典で、
「俺の根性が足りなかった。」
という自責のコメントを残した張田昂騎手を鞍上に、カジノフォンテンが川崎記念とかしわ記念を制した時は、祝福の涙が止まらなくなった。

競馬に出会って、私の人生は確実に豊かになった。
そして、私と競馬に接点を与えてくれたのは、まぎれもなく『ウマ娘プリティーダービー』であった。
ウマ娘を見ていなければ、私がこんな風に競馬に熱中することはなかった。

労働三昧の平日が終わり、週末がやってきた。
時計の針が、十時少し手前を指す。
私は自らの意思でテレビのリモコンを操作し、テレビ画面に走るサラブレッドの姿を映した。

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