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アイドルの恋愛禁止

楽曲は好きだけれども、オタクはにはなりきれない。
私にとって、ハロプロはそういう存在だった。

根本的な気質として、私はアイドルオタクというよりアイドルソングのオタクだった。
そして人の顔と名前を覚えるのがすこぶる苦手な私は、大人数で流動的にメンバーが変わるグループのオタクになることができなかった。

だからNHK-FMでロマンスの途中を初めて聴いたとき、「今度メジャーデビューするというこのJuice=Juiceというグループも、今後楽曲だけなんとなく聴いていくんだろうなあ」と思っていた。
だが、MVを見てその思いは覆された。

MVを見るきっかけとなった楽曲の良さはさることながら、歌唱力、ダンス、衣装、ルックス、メンバーの人数(馬鹿だから、8人以上になるとキャパオーバーで名前が覚えられなくなる)…全てが私にとって完璧な理想のアイドルだった。
すぐにメンバー全員の顔と名前を覚えた。CDも買った。主演ドラマも見た。
ハロプロのアイドルにハマるのは初めてだった。

前述の通り、私はハロプロに関してJ=J以外は基本的に楽曲だけ聴いている人間である。
ドルオタとして推しているアイドルは、別の事務所のグループであった。
でんぱ組.inc、Negicco、バンドじゃないもん!の3組である。
(のちにフィロソフィーのダンスが加わることになるのだが、それはまた別のお話。)
そしてこの3組は、恋愛禁止が声高に叫ばれるAKB以降のアイドル界にて、異彩を放っていた。

でんぱ組.incの古川未鈴は、結婚、そして妊娠した現在でも、グループの活動を続けている。
みりんちゃんが結婚を発表したライブに、私は現地参加していた。
アンコールに1人で登場し、「ファンの皆さんに伝えたいことがある」と言い出した彼女。
卒業発表かと会場が凍りつく中、彼女の口から出たのは「結婚」と、「これからも、でんぱ組.incの古川未鈴をよろしくお願いします!」という言葉だった。
盛大な祝福の歓声に包まれたあの時のZepp DiverCity TOKYOの光景を、私は今でも忘れることができない。
もちろん会場にはみりんガチ恋もいただろうし、その場にいた全員が結婚を祝福できたわけではないだろう。
それでも、大多数のファンが彼女の結婚とグループでの活動継続を心から喜んでいる。
ファンとここまでの関係性を築き上げたでんぱ組.incというグループが、とてもとても好きで、そんなグループのオタクでいられることが本当にうれしかった。

Negiccoは今年の1月、メンバー全員が既婚者になった。

所属レーベルの社長やCMでお世話になっている佐藤食品工業の社長さんが「Negiccoが子どもを抱っこしながらラインダンスしているところを見たい」と言ってくださったんです。

Negiccoというグループの魅力は、この言葉に凝縮されていると感じている。
メンバーの中で一番早く結婚を発表したのはNao☆ちゃんで、当時はみりんちゃんも独身だった。
おそらくアイドル=恋愛禁止のイメージを強く印象づけたAKB以降、初めて現役アイドルが結婚を発表し、活動継続を宣言した例なのではないだろうか。
左手の薬指に指輪をはめ、これまで通りNegiccoのリーダーとして歌って踊るNao☆ちゃんの姿は、私にはとても輝いて見えた。

バンもん!のみさこは、婚活に取り組んでいることを公言している。

80歳になったときに孫が見れない責任を、事務所の人たちは取ってくれないから。(中略)
男性アイドルが結婚しながら活動を続けるのが普通になってきたのと同じように、女性アイドルも結婚や出産をしても生涯ずっとグループに所属したまま活動できるようになってほしい。
「アイドルだから人間らしい生き方ができない」っていうのは違うと思うから、アイドルが仕事以外のことも大事にできるように業界全体が変わっていったらいいなと思ってます。
もちろん、自分たちで「私たちは恋愛をしません」って宣言するような人が一定数いても別にいいと思うし、そういうグループのよさもあると思うけど、それはアイドル全体のルールなんかじゃない。

現役アイドルがなぜ婚活をするのか。
自分の意見を自分の言葉でしっかり発信する彼女のことを、私はとてもかっこいいと思った。心の底から尊敬した。

そう、幸か不幸か、私の推しているアイドルグループは、恋愛を通り越して結婚することすらも、ファンから祝福されるグループだった。
だから、通勤途中に高木紗友希の熱愛報道を見た際には、「謝罪文とか出すことになるのかな…。もしかしたらしばらく活動自粛とかもありえる…?」なんて、物事をひどく軽く捉えていた。
だが彼女が所属していたのは、でんぱ組.incでも、Negiccoでも、バンドじゃないもん!MAXX NAKAYOSHIでもない。
Hello! ProjectのJuice=Juiceなのである。
報道からわずか半日後、私の目に飛び込んできたのは「高木紗友希、Juice=Juice及びHello! Projectでの活動終了」という文字だった。

私のドルオタ人生で初めて、推しグループから不祥事でメンバーが脱退するという事象が起きた。
それまで推しアイドルの結婚が祝福される環境にいたもんだから、熱愛発覚からのグループ脱退なんて出来事に、私は全くもって耐性がなかった。
「活動終了」の文字を見た瞬間、全身が名状し難い感情に包まれた。
なぜ、どうして、が止まらなかった。

事務所の他のアイドルは恋愛禁止というルールを守って活動している。それなりのけじめをつけないと、他のアイドルに示しがつかない。

その通りだ。ぐうの音も出ない正論だ。反論できない。

結婚しても現役を続けるアイドルが出てきている。ファンとの信頼関係を築きながら、これまでのアイドル像をアップデートしようとしている。
では、恋愛を禁止しているアイドルは悪なのか?

私は結婚してもアイドルを続けてほしい。
でもそれは、私個人の意見に過ぎない。
確固たる理由や信念があって、アイドルの恋愛禁止に賛同している人たちだってたくさんいる。
その人たちの意見を否定する権利は、私にない。

直木賞作家・朝井リョウがアイドルを題材に執筆した『武道館』という小説がある。
2016年には、J=J主演でドラマ化もされた。
この小説の主人公で、アイドルグループNext Youメンバー・日高愛子は、幼なじみの水嶋大地と恋仲になる。
そして物語の終盤で、デートの様子を週刊誌にすっぱ抜かれてしまう。
紗友希ちゃんが活動を終了するというニュースを知ったとき、私はこの小説のクライマックスで愛子が言った言葉を思い出した。

「歌が好きなことも、ダンスが好きなことも、かわいい衣装を着るのが好きなことも、大地を好きなことも、小さなころからずっとずっと、変わらないんです。だけど、大地を好きなことだけが、あるときから急に、ダメなことになってたんです。(中略)私は、何をしたんでしょうか」

彼女は、何をしたのだろうか。

不倫したわけでもない。禁止薬物に手を出したわけでもない。法に触れることは何もしていない。
ただ、愛する人と一緒に時を過ごしただけなのである。

彼女は、何をしたのだろうか。

名状し難い感情が心に淀み続ける中、私はただ、その言葉を繰り返しつぶやいている。

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