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怒声

異国のお話に「オオカミ少年」てのがあるでしょう。
嘘というのは何回も何回も言ってしまうとやがて誰も聞いてくれなくなるもんです。
それと同じように何回も何回も言ってしまうとだれも聞いて貰えなくなるものが,この世にはあるのです。

あるところに弥七っていう大工の親方がいましてですね。
何年も何年も修行をして腕は超一流,たくさんの弟子もいた男でした。あたり一辺の金持ちがいろいろな屋敷を弥七に頼んでこさえてもらおうと金を積んだものでした。
ところがこの弥七,妙にけんかっ早くてだれにでもにすぐ怒鳴ってしまうような男でして。

ある日,弥七が弟子のひとりに「そこの釘とってこい!」といったものだから
「親方あ,頼まれていた釘,持ってきました。」
なんて持って行こうものなら
「馬鹿野郎!数が足りねえじゃねえか!ちゃんと数えやがれ!」
とあたり一面に雷を落としていました。

別の日には
「飯の時間だ!蕎麦買ってこい!」
と言いつけられた弟子が買いに行き,
「親方あ,近くのそば,買ってまいりました。」
と狐そばを持ってきた弟子に
「狸そばを買って来いって言ったんだよ!おめえキツネと狸もわからねえのか!」
と怒鳴りつけてたのですよ。

その怒鳴り声がまあまあ大きくて迫力のあるものだったのであたり一面が凍り付いてしまったんですな。

弥七の怒鳴り声は大きくて怖い上に言葉足らず。言ってもいないいいつけを急にふって,できていなければ怒鳴るのが日常茶飯事でした。そんな調子だったので,弟子たちは弥七の怒鳴り声に困り果てていたのです。

でも弥七は腕だけは一流の大工。弟子たちは文句も言えないまま,家族を養うためと懸命に仕事をしていたのです。

そんなある日のことです。

とある泥棒が弥七と弟子が寝泊まりする家へ忍び込みました。

「この家には,何人もの大男がいるからだれも狙わねえんだよなあ…でも今日はとっておきの作戦を思いついたから,イチかバチかやってみるか,いっしっし。」
泥棒は忍び込むなり寝静まっている弟子たちを怒鳴りつけました。
「おい!お前ら何寝てんだ!」
びくっとした弟子たち。
「親方,まだ外も暗いじゃないですか,仕事には早いでしょう。」
「何言ってんだ!今日は早くから出かけるって言ったじゃねえか!」
「ええ!?そんなこと言ってなかったじゃねえですか!」
「うるせえ!おめえたちがあんぽんたんなだけだろう!」
「へえ,それで,どこへ行くんです?」
「隣の国の金持ちのところだ!屋敷の注文が入ったからお伺いに行くんだ!」
「それはご苦労なことで」
「だから身支度をしろ!」
「え,あっしらも行くんですか?」
「馬鹿野郎!俺の身支度を一緒にしろっつってんの!」
「へえ,で,必要なものは?」
「まず金30両だろう?それから上等な着物があればいいな。」
「へえ。」
弟子たちはすぐさま用意しました。
「あとは何かありますか?」
「たしか倉庫に上等な紙があっただろう!それもってこい!お客のことを記録にしないといけねえからな!」
「へえ。」
弟子の一人がすぐさま紙を用意しました。
「あとは途中での食い物も必要だ!すぐに食えるもんがあっただろう。」
弟子は食事もそろえてしまいました。
「ようし!これでいいな!じゃあ俺は行ってくる!俺がいねえ間もさぼるんじゃねえぞ!」
そういって泥棒は出ていきました。
寝ぼけ眼の弟子たちはやれやれと言いながらそれぞれ床に就きました。

その朝のことです。
「おめえら!さぼらずやってんだろうな!」
弥七が作業している弟子たちに見るなり怒鳴りつけました。
「親方!」
「隣の国から帰ったんですか!お早いですね!」
弥七,何のことやらさっぱりわかりません。
「隣の国?どうして俺がそんなところ,行かねえといけねえんだ?」
「隣の国の金持ちから屋敷を作るよう頼まれたって言ってたじゃねえですか。おめえらも聞いたよなあ?」
他の弟子たちもそうだそうだとうなずきます。
「あ?俺はそんなこと言ってねえぞ?!」
「またまたあ,夜も明けないうちから俺らに準備させたじゃねえですか,金30両と着物と紙,それから食事まで俺らに用意させたのに。」
「おめえら,何言ってんだ?!」
「だから親方が俺らの身支度を手伝えっていうから手伝ったって言ってるじゃねえですか。みんなもそうだよなあ?」
「なんだと!おれは隣の国へ行くなんて言ってねえぞ!」
「俺たちもそういったんですが,親方が『おめえらが聞いてねえだけだ!』とか言ってたじゃねえですか。覚えてねえのですか。」
ここで弥七,あることに気づきました。
「おめえら,その時俺に持たせたもの,なんだって…?」
「ええと,金30両と上等な着物,それから…」
「金30両?!なんで屋敷の注文受けるのに金持っていく必要あるんだよ!」
ここでようやく弟子たちも何が起きたか気づきました。
「じゃあ,あの人は親方じゃねえ,別の人だったってこってすか?」
「そうだ!なんで金持ってくのがおかしいことに気づかねえんだよ!?」
「あんな朝っぱらから準備させられちゃあわかりませんて…」
「馬鹿野郎が!そもそも,何でそれを俺だと思った?!」
「いやあ,朝っぱらから俺たちを怒鳴りつける人なんて,親方以外知りませんからねえ。」

おあとがよろしいようで。

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