7月の生活(2024)


7月1日(月)

今日こそは、今週こそは仕事に集中するぞと思うのに、気合いだけは一丁前で実働がついてこない現象。全て寝不足を原因としてよろしいでしょうか。

じゃあきちんと7時間睡眠はしなさいという話ですが、日々楽しいエンタメに溢れているのでわたしは刹那のアドレナリンに身を浸す方を優先としています。

近所でたまに見かける顔でっか黒猫、最近見ないなあと思っていたのだが、今日久しぶりに遭遇した。夜道のさらに影になっている部分に収まっていて、素通りする直前に顔でっか黒猫がいることに気がついた。
相変わらず顔はでっかくて、以前には無かった首輪がつけられていた。
君、保護されたのか。人間サイドの意見だけど、良かったなあ。
外飼いなのか、自由に出入りできる環境なのかはわからないが、このあたりは首輪をつけて外にいる猫が多い。

KALDIで買ったちょっと良い珈琲ゼリーを食べた。コーヒーフレッシュが動物性油脂由来なのと、シュガーがついているのが嬉しい。
ゼリー自体はむっちりとした食感だった。わたしはもっととろとろの方が好きなので、それだけが好みに合わなくて残念。
普段コーヒーは積極的に飲まないが、珈琲ゼリーなどコーヒー味のお菓子は割と好きだ。苦いのに甘いが実現できているのが面白い。


7月2日(火)

もう今日はめちゃくちゃ大変だった。大変っていうか暑かった。
まず朝から定期ケースを落とした。
定期券は最悪無くなっても良い。あと何かあったときのために折り込んで入れている千円札も良い。
ファンサイトの会員証が入ってそれが無くなったとしたら最悪だ〜〜〜、と、思っていたら、最寄り駅から届いてますよと電話があった。
ただ、引き取りの時に見せられる顔写真付き身分証が無い。顔写真付き身分証が無い場合は、健康保険証などにプラスで公的書類が必要で……免許証もマイナンバーカードも無い、パスポートも期限切れ、公共料金の支払いも引き落としで領収書は手元に無い。

おしまいだ!誰もわたしを証明する事ができない。
もうほんとうにどうする事もできないので区役所に寄って住民票の写しをもらってくることにした。
マイナンバーカードを作っていたら……住民票の写しを手に入れられるのに。ていうかそもそもマイナンバーカードがあればすんなり忘れ物も引き取りに行けたんだ。
今年中にはマイナンバーカード作ろう〜とへらへらしながら何もしなかったわたしを見かねて、こいつは強制的に苦労しないと腰を動かすことすらしないとわたしのオカルトがケツを叩くために定期券を落とさせたのかもしれない。仕事場から一旦帰宅して、昼飯食べて、マイナンバーカードの発行手続きを完了させた。

その後区役所行くのに、ムーも一緒に来ると言うので自転車じゃなくて散歩も兼ねるかと歩きで行ったが、道半ばで大後悔した。
恐ろしい程の湿気、汗でべしょべしょになってくたくたになりながら無事住民票の写しを発行、定期ケースを引き取れた。
すっっごい疲れた、けど、仕事がほとんど無い状態だったから良かったのと、マイナンバーカードは発行しなきゃしなきゃとずっと先延ばしにしていたタスクだったから、あまり痛手が深くないケツ叩きが発生したのも助かった。

ミン・ジン・リーの「PACHINKO」を読み終えた。装画がかっこよくてずっと読んでみたかった本。
読みやすい。ページターナーではある。が、あまり刺さりはしなかった。アメリカでこの作品が盛り上がったのは、移民の歴史があるから共感指数が高いんだろうなとは思う。
そういった歴史は知識としては知ってるし、気持ちを推し量りはしても、身につまされるという所までには到達しなかった。
下巻から増えた途中途中に挟まれる、一方その頃この人は、の小話が伏線のようで何も回収されない所や、結局この人らはどうなったんだろうというのが宙ぶらりんなのは、オチのつかない現実らしいっちゃらしいが、フィクションではあるのだから多少回収はして欲しさはある。
差し込まれた小エピソードたちは、筆者がリサーチして聞いたエピソード群を入れ込んでいるのだろうか。


7月3日(水)

そういえば昨日、住民票の写しをもらいに行くついでに期日前投票もしてきた。
投票日丸一日予定が入るような事が無かったので期日前投票の事をあんまりよく知らなかったんだけど、ほとんど当日投票と何も変わらない流れで投票できるんだね。
むしろ当日の混雑が無い分期日前投票の方が早く終わるまである。
これで期日前投票ができる投票場所が増えれば最高だけど、いかんせん1週間1つのエリアを貸し切り、選管の拘束時間、セキュリティの事を考えるとまあなかなかしんどいか。
というか選挙にあたって守らなきゃならないセキュリティポイントを全て押さえて、1週間期日前投票ができる場所が複数箇所ある現時点でだいぶすごい。だから期日前投票がこんなシンプルに投票できるとは思っていなかったんだよ。

投票したあとに選挙カーや演説に遭遇すると、何やら優越感みたいなものに纏われる感覚がある。
訴えかけられたって、もうわたしは投票をしてきたのでここはどうも動かす事はできない、法に守られている自分の権利の実感。

夕飯にムーがビーフシチューを作ってくれた。ビーフシチューは大好きだし、手のかかる料理を作ってくれるのは本当にうれしいのだけど、仕事終わりの空腹に煮込み時間1時間半のはキツすぎてさすがに駄々をこねた。
ムーは牛肉ブロックがほろほろになるまで煮込みたかったようだけど、こればっかりは、ごめん!わたしは空腹を飼い慣らす事ができないし、場合によっては癇癪を起こし喚き散らかす可能性があるため、前哨戦として駄々をこねさせていただきました。
シチューは美味しかった。コンビニの金シチューも好きでたまに食べるけど、あれらはちょっとワインが効き過ぎなきらいがある。
クセが無いシチューには丸みを感じるし、空っぽの胃に染み渡る暖かい汁は気持ちを穏やかにする。


7月4日(木)

西多昌規の「自分の「異常性」に気づかない人たち」を読んだ。良かった。
タイトルが結構つっけんどんな感じだから、日常生活にいるこういう人たちはこういう症例に当てはめられるかもねみたいに、淡々と答え合わせのような事をしていく内容かと思いきや、異常と個性のあわいで悩む先生と患者の話だった。
いくつかの症例を、会話描写多めにまとめているので読みやすい。このスタイルでもっと読みたいなと思った。

どうしても精神の診断は、身体の症状のように明確なボーダーが無いから医師も患者も苦しい。
そして一旦の答えを提示するのが患者の助けになることもあれば、答えを出さない事で、曖昧を受け止める事で助かる事もある。
もう、そんなの結局は当人の受け取り次第だし、受け取る時の精神状態によるし、常に抱えている時限爆弾の青のコードを切るか赤のコードを切るかみたいなことじゃないか。
おかげさまで自分は日常生活を送ることに困った事はないので今まで精神科医にかかってはないのだが、自分では気づいてないことがあるかもしれない。
また鬱など本格的に発症した場合寛解するまでかなり時間を消費してしまうから、もしもに備えて事前にかかりつけ医を見つけておいて定期的にカウンセリングなりを受けていた方がいいだろうなとは思っていたのだけど、これを読んで、特に今困っていることが無いのであれば、わざわざ積極的に触りにいく必要は無いのかもなあと思った。


7月5日(金)

会社で桃を食べた。まだやわやわ状態では無かったけど、追熟に失敗とまでは言えない絶妙な硬さで、それが妙にいい噛み心地だった。なんか、むちっとしてて。
桃でむちっとしてる歯触りって、もうセクシーすぎるでしょうが。
桃を食べるたび、弾け飛ぶような華やかな香りに新鮮に驚く。甘くてまろやかでふんわりで、花の香りを嗅いだ時と同じ嗅覚の働きを感じる。


7月6日(土)

友人らと渋谷でタコス食べ放題をしてきた。
久しぶりに渋谷の北側を歩いたけど、かなり景観が変わっていた。あそこのマクドナルドって無くなることあるんだ。マルイも建て替えで更地になっていた。
初めてちゃんとメキシカンなタコスの店に来たと思う。タコスには挽き肉という印象が強いけど、実際はフィリングなのが基本なんだろうか。
生地がもちもちで美味しかった。小ぶりのタコスだし無限に食べられそうと思っていたけどお店のシステムが秀逸で、先にポテトフライが出てきてタコスが来るまでそれを摘んでしまうので、お腹が膨れてしまう。タコスは4つしか食べられなかった。

食べ終えた後、109をぶらつく。過去渋谷に通っていた時期が3年間、渋谷経由していた時期が2年間あったけど、その頃にはあまりにも用事が無くて入らなかった109に初めて潜入。時代もあると思うが、思っていたよりギャルじゃなかった。
普段の自分の観測外な服をたくさん見られて楽しかったし、服を見てると服が欲しくなるな〜。もう半年くらい服を買ってない気がする。
109にいる間、外は大雨だったらしい。帰ってきたら近所の川が、増水して濁流になっていた。


7月7日(日)

暑すぎる。ほんとに。洗濯物干すだけで汗だくだし、そもそも今週は洗濯物が多すぎて、その夏らしさにまたうんざりする。夏の良いところは日が長くて洗濯物がよく乾く、それだけ。
できるだけ冷えている場所に逃げ込むようにしたが、それでも今日は軽い熱中症に近づいたようで、でかけた後うっすらと頭痛がしていた。
Francfrancでハンディファンを購入した。今までハンディファンは荷物の増える問題と、形状に納得がいっていなかった事からあまり持ちたいとは思っていなかったのだが、FRAISというやつは四角ぎみな形と折りたたみできるのが良いなと思って気になっていた。
実物は思っていたより厚さがあったが、今日の暑さも鑑みて、特に決定打の無い買う買わないの曖昧な横揺れはただ暑さで不快な日が重なるだけだと思ったので購入した。


7月8日(月)

朝夕も暑いので、この世に対してはテレワークを推奨したいところだけど、わたしはドアtoドアで30分程度だし、会社の方が集中できるしであまり必要としていない。あとエアコン代が会社で済ませられる旨味がある。
普段は自宅から徒歩10分で主線の鉄道に乗っているが、主線でアクセスがいい分車内は激混みである。分線はアクセスが少し悪いタイミングがあるが、その分空いているし自宅からも割合近い。
夏の間は分線の方に定期切り替えようかな。汗だくの満員電車ほど苦痛な夏の風物詩は無いからな。

夕飯はムーが豚肉ともやしとニラとレタスを炒めた。シャキシャキの炒め野菜大好き。レタスは火を通した方が断然に美味い。


7月9日(火)

長谷川眞理子の『生き物をめぐる4つの「なぜ」』を読んだ。
至近要因:行動を引き起こすのはどのようなメカニズムか。
究極要因:どのような適応的価値があるのか。
発達要因:個体の一生でどのような発達をするのか。
系統進化要因:どのような歴史的経緯で発生したのか。
生き物の生態についてこの4つの要因に基づいて解説していく一冊。この4つの要因について知らなかったから興味深かった。序盤の雄と雌の話は面白かったんだけど、その後の実際の動物の謎についてはあんまりイマイチだった。
筆者の専門である行動生態学は究極要因を扱うので、他3つの要因については執筆にあたって調べたと当人が言っている通り、ムラがある感じがした。詳しいんだか類推が多いんだか……というような。あまり詰まっていない感じがあって、次の段階へ行く助走のような一冊だった。
「生物学」は本当はもっとおもしろい学問なんだよ!と知ってもらいたいとあったので、興味が薄い人へのフックだからこういう構成なのかも。


7月10日(水)

会社の前の街路樹がサルスベリになった。
まだ植樹されて間もないので幹も枝のように細いけど、赤い花がわんさと咲いている。今日の風で小さい花がぽろぽろと落ちて、足元を走っていく。会社のエントランスにも転がり込んでいて、飴玉が散らばっている床のようだ。

日記を書いていると自ずと自意識に向き合う事が多くなり、時としてすごくナーバスになる事が多くなる。

この属性、嫌いなのかもしれないと思う自分。でもその属性は自分自身もそうじゃん、と思う。
結局のところ、己がセコくて陰湿で悪質な事がわかっているから、それと同じ属性の他人も結局そうなんだろ、と思い込んで嫌っているのがあるんだろう。自己肯定感が低い故に、こんなカスな自分より劣っている人がいることに引いてしまうところとか。同じ属性なのに。
他人を属性で見るなよ、という事だと思う。たしかにそうですおっしゃるとおりです。わたしは人にも自分にもラベリングして、傾向と対策を練るのが好きだから、属性が好きなのに属性に苦しんでもいるんだね。


7月11日(木)

あなや仕事がからっぽになってしもうたと思っていたらベストなタイミングで舞い込む仕事たち。ありがとうありがとうね。
今年一旦極の繁忙期があったからか、あまりにも暇な瞬間にソワソワするようになった。ちょっと前は暇になるために仕事をしていたというのに。

夜、友人の店で夕飯を食べる。
夏野菜の香味漬け、鰆の西京焼き、栃尾の油揚げ、冬瓜と手羽先を煮たやつ、タコの刺身、炙り明太子。
今日の鰆の西京焼きは当たりだった。多分個体によって身がホロホロになるタイプとギュッとするタイプがあるけど、今日の鰆はホロホロでジューシー。しっかりとメイラード反応をしているからか、口に含むとほのかにカラメルの香りがした。
美味しい。魚は美味しい。魚は焼いたものがいっちゃん好きや。


7月12日(金)

仕事の帰り際、かなりの量でスケジュールがタイトな仕事が舞い込んできた。三連休直前なのに参ったな。終わるのかしらん。わからないまま少し残業して帰宅。
なんかめっちゃ美味しいものが食べたいな〜と思ってセブンイレブンへ。美味しいものが食べたくてコンビニ行くって、ちょっと侘しいか。
サラダと金のカレーを買って食べた。じゃぶじゃぶになったお米が食べたかったようだ。
異様な食欲で、ごはんを食べたあとはポテトチップスとさけるチーズも一気に食べて、YouTube観て漫画を読んだら寝落ちしていた。
わたしがイヤホンでYouTubeを観ながら寝落ちていることに気づいたムーは、YouTubeで猫が喧嘩している作業用BGMを流したということを朝になってから教えてくれた。30分くらいシークバーが進んでいたが、全く気づかなかった。


7月13日(土)

三連休はずっと天気が悪いのかと思っていたが、今日はわりかし晴れていたので、これ幸いと洗濯物を干す。そして新宿散歩へ。

昼はサブウェイを食べた。人生初のサブウェイ。注文の仕方はよくわからないけど、店員が言う事に答えていけばOKということは知っている。とにかくパンはハニーオーツにしてトーストを依頼せよ、それだけ守れば大丈夫。とムー言うのでそうした。ハニーオーツもなんかそれが良いってみんな言ってるよな。
食べてみて思ったのは、意外とパンは柔らかいという事。食べた感じあまり普通のコッペパンと変わり無さそうな気もしたけど、みんなハニーオーツ一択なのは食べ比べてみれば理由がわかるのかしら。

新宿をぶらついていたら雨が振り始めていたので急いで帰宅して洗濯物を取り込んだ。近所の神社では盆踊りをやっていた。


7月14日(日)

雨なので引きこもる。午前中はまだ霧雨程度だったので、そのうちに今日の食材を買い溜める。
涼しいようで、湿気があるからエアコンを消すと暑い。大通りは風がよく通って気持ちいいのだが、住宅街に入ると一気に風が通らなくなる。道を曲がっただけで体感温度がかなり変わる。東京は暑い。

昼はレタス1玉使った炒め物。今年はレタスが安いらしい。
火入れしたレタスってほんとうに美味しい。布みたいにくたっとするのにシャキシャキは残ったままで、生のまま食べるより好きだ。いくらでも食べられる。

夜はムーがシチューを作ってくれた。わたしの駄々こねが発生しないように夕方くらいから煮込み始めて、2時間くらい火を通し続けていた。こないだの1時間くらいの煮込みではさっぱりしていたけど、2時間も煮込むとどっしり濃厚に、実際器に盛った重さもずっしりしていた。

週末は常々飯の事ばかり考えている。朝起きたら朝飯どうするか考えて、そしたらすぐ昼だから昼飯どうするか考えて、昼飯を食べたら散歩しながら夜飯の事考えて。
わたしもムーも、何を食べたいか確定しづらいから先んじて長考する、というのもあるが。ずーっと飯についてだけ考えているの、生活させられているという感じがして、あまり快くない。


7月15日(月・祝)

昼前に起き出して、散歩ついでに30分くらい歩いた先にあるスシローでごはんして、散歩してレンタルチャリに乗って帰還した。
シームレスに散歩コンボが繋がった。ここまで長く散歩するとは思っていなかったからスシロー行くにもレンタルチャリ漕いでるのも部屋着のままだったし。近所住民ですが?という顔をずっとしていた。
いつもは家のやることを終えてから散歩行くぞ!と身支度して出かけているから、部屋着のまま散歩が繋がったのが不思議な感覚だった。30分の散歩を編集せず2時間くらい伸ばしきったみたいな。

三連休、一応PCを持ち帰ったけど何もせず。
でも去年壊してほったらかしにしていたサンダルを修理に出したのでOK。
街の靴屋に修理依頼したり、自宅のインターホンが壊れたのを大家さんに相談したり、なんかこの街で、血を通わして生きているなと思う。


7月16日(火)

絶対終わらんやろこの量は〜!と思っていた仕事を爆速で片付け、15分だけの残業で済ませた自分を褒めてやりたい。
スケジュールが急でカツカツすぎると咽びながら三連休を迎えていたわけだが、蓋を開けてみれば前もったスケジュール感で実際はもう少しゆとりがあるらしい。な〜んだ。助かった。

朝、昼と運良く雨にはあたらなかったが、夜帰る頃はさすがにまだ降っていた。雨粒が小さくてさらさらとした雨。最近粒が大きい真夏の雨が多かったから、こういった雨が久しぶりに感じる。


7月17日(水)

社内の人が抱えきれなくなった仕事をするのが一番良い。
それって基盤がもう作られているからでは?
でも人の助けをしていると余計がんばるぞと意気込めるし、集中できる。あと残業になっても罪悪感がない。

会社の通りに植わったサルスベリの花がポツポツと落ちていた頃は、赤い玉がコロコロ転がっていてかわいいなと思っていたが、本格的に落花して路上に留まり始めると、赤い花は茶色く変色し、最近張り替えてきれいになった歩道のアスファルトに染み込み、うす汚い斑点を無数に残していた。


7月18日(木)

夕飯にムーが作ってくれた、豚肉とピーマンの炒め物が美味しかった。肉はレンチン調理用のものだったらしい。
サミットはレンチンで加熱してそのまま食べられるセットみたいなのを売っていて、気にはなるがあまりレンチン調理に信頼を置いていないから今まで手が伸びていなかった。
昔レンチン調理にハマっていた時があったが、どうしても肉の臭さがこもったり、メイラード反応の旨味を得難いので茹で目的以外ではやらなくなったのだけど、今日のは臭みが全然無かったし美味しかった。レンチン後野菜と和えるのにフライパンで加熱もしたからだろうか。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの絵画は「いかさま師」しかちゃんと観た事なかったけど、基本的には暗闇にロウソクを灯した夜の作品が多いようだ。ロウソクの火の作品も、「いかさま師」や「女占い師」の白昼光の作品も、影の落とし方がすごくきれいだと思う。
わたしは光をどう当てるか、という画面より、影をどう落とすか、という計画がされているように観える作品が好きみたい。


7月19日(金)

昨日食べたサミットのレンチン調理豚肉が美味しかったので今日も食べた。
ムー曰く、レンチンしたあと野菜と和える時に一旦肉をフライパンには入れるが、ほとんど火入れはしていないとのこと。
じゃあレンチンしたのに全然臭みがこもらないのはめちゃくちゃ料理酒に漬けているからなのかな。厚切りロース豚なのにすごいホロホロだし。だとしたら今度は酒の匂いが全然無いのもすごい。自分で調理していないから気づきにくいだけか?
自分で調理すると味の構成が全てわかるから、いちいち味を察知してしまう。酒の臭さとか、醤油のカドとか、バターのくどさとか。わたしの料理が下手なだけかもしらん。


7月20日(土)

暑い。最近耐えられる暑さになっていたのに、また酷暑をぶり返して行くのか。
ちょっとスーパーまで行くだけだから帽子だけで良いかと油断して日傘をささずにいると、全身が焼かれ地熱で蒸され汗が湧き出していく。なぜか鼻と鼻の下の汗腺が発達しているので、外に出るとすぐ顔面中央が水玉模様になる。汗止めクリームも貫通して汗が噴き出してしまうこの鼻と鼻下、誰か助けてくれ。塗ったファンデーションの意味が全て無くなっていく。
わたしの汗の出方が異様なのか?いろんな汗止めクリームを試したけど、今のところどれもわたしの汗を止めたためしがない。

お昼を食べてから軽く散歩。なるべくこまめにコンビニや商業施設に入って涼を取りながら。汗がすごくてハンドタオルサイズだと一瞬でびしょびしょになってしまう。そろそろ手ぬぐいの出番かもしれない。
こんだけ汗だくになっているのだから、運動とみなして少し体重減量に繋がってくれれば良いのにとずっと思っている。
雷雨が近づいてきたので夕方過ぎに帰還。スーパーに寄ったら間に合わなくて雨に降られる。


7月21日(日)

夏の暑さと冬の寒さ、どちらが耐えられるかといえば冬の寒さ派なので、今日もコインランドリーに行っただけでクタクタに潰れてしまった。
ムーは夏の暑さに耐えられる人なので、わたしがめしょめしょになっている間にいろいろと家の事をやってくれている。ムーは今日誕生日なのに。

先週修理に出したサンダルを引き取った。完璧に直していただきありがたい。これでこの夏のサンダル生活を始めることができる。早速今日の散歩で履いていったら靴擦れしたので、また小まめに履いて足の皮膚を硬化していかなくては。

今日の散歩はマンチーニパスタを探す旅だった。乾麺パスタのなかで段違いで美味しいらしい。マンチーニを絶賛する人はすごく興味と食欲をそそるテキストを書くので、鼻息荒くしてデパートの生鮮売り場を徘徊する。
無印、成城石井、ピエトロのボロネーゼソースを買って、夜はマンチーニでボロネーゼの食べ比べを開催した。
パスタ麺の味と香りの違いは、正直よくわからなかった!普段からいろんな種類のパスタ麺を食べているわけじゃないから、味覚の解像度が全然低くてわからないんだと思う。悔しい。わたしも段違いの美味さをわかりたかった。
ソースは、ピエトロはハーブの香りが立っていてお店のボロネーゼといった印象、成城石井は生姜がかなり効いていて想像するボロネーゼの味からかなり離れていた。
無印のソースが肉の旨味が凝縮されていて美味い!意外にもこの中で一番獣味だ。ボロネーゼを食べたい時に求めている、そうそうこれこれという味。一番好きな味だった。


7月22日(月)

トマス・ホーヴィングの「にせもの美術史」を読んだ。
美術素人なのでわからない事が多くて大体は読み飛ばしている。
贋作と思われる作品は科学実験や時代考証を重ねて検証するけど、著者曰く結局は見た時に心を動かされるかという感性の所や、直感で真作と思うか贋作と思うかの判断が大きい、と曖昧な所に帰結するのが興味深かった。
曖昧とは言えその感性や直感は、真贋合わせて膨大な量の作品数を見てきたからこそ見えるという事なので、キュレーターの脳みそデータベースの広大さに恐ろしさすら感じる。
あまりに稚拙で贋作、とかならまだしも、これはちょっと魅力的すぎるが故に贋作、という事象も出てくるのでなんともはや。
スピード、需要、強欲に駆られた時に人は混乱する。つまり贋作者や贋作商人らは巧みにそこをつつこうとする。目が眩んだ買い手は冷静を欠くし、後から贋作疑惑が上がっても、これが真作であってほしい(贋作であってほしいと逆もまた然り)という思い込みが更に人を盲目にさせていく。美術素人だけでなく、百戦錬磨のキュレーターでもそういう事があるようだから、思い込みの成す力はすごいなと思う。

大豪雨大雷の夜。ビカビカ光る窓の外にワクワクしつつ、停電しないかソワソワしつついたら、ムーが部屋の電気を消した。この人、雷雨をさらに楽しもうとしている。
暗い部屋に閃く雷光を眺めていると、幼少の頃は雷鳴が聞こえたら窓に張り付いて稲妻が走るのを待っていた事を思い出す。今の部屋は一階なので、窓が全てくもりガラスで稲妻を見つける事ができない。


7月23日(火)

昨日わたしが退社した後、仕事など都合により全員テレワークが確定したようで、今日の出社はわたしだけだった。みんなは急に決めてごめんと恐縮していたけど、1人なら1人で最高なのでむしろ大歓迎である。

装飾の多い動画の構成や素材作成はいつもデザイナーに作ってもらっているのを、今回初めてイチから自分でやっているのだが、めちゃくちゃ大変というか効率の悪い動きをしていると我ながらに思う。
こういうのは初めにイメージをガチッと固めて作業に入ればスムーズなのだが、せっかくだからちょっと凝らすかという欲と、動かしてみん事には何ともやなと曖昧なままに触ってしまうせっかちさが悪魔合体して、動かしては構成を考え直して、動かしては素材を作り直して、とめちゃくちゃな進行でやって数十秒の動画に何をこんな時間かけてんねんとなっている。
やれる事、やりたい事、わざわざやらなくていい事のバランス取りが難しい。


7月24日(水)

ゆとりがあるスケジュールでもキリの良いタイミングで前倒し前倒しで締切を自分の中で立てて、結果締切に間に合わなくなってきて1人で勝手に焦っているの、自分の尻尾を追いかけてグルグル回って汗だくになっているようだ。
別に自分の中の締切なだけで、ここに遅れたとて何も問題は無いのだけど、毎朝今日やる事のタスク一覧からずっとひとつが明日明日にずれ込んでいくのはほどほどに嫌さがある。

夜、NIPPNのもちっとパスタみたいなのを茹でて食べた。言われてみればもちっとしているような気がするけど、思っていたよりもちっとはしていなかった。マンチーニと同じ現象が起きている。
やっぱ同時に食べ比べするとかしないとわからないのかな。今まで食べてきた種類が少ないからこその解像度の低さもあるんじゃないかと思っているが、それでいうとわたしは米の違い全然わからないし母数の問題でも無いのかもか。


7月25日(木)

矢樹純の「マザー・マーダー」を読んだ。
面白かったけど、もうちょっと厚みが欲しかったかも。
サスペンス、ミステリー、人怖、イヤミス、盛りだくさんだからこそ階層がちょっと浅いのが気になった。
各テーマ重い筈なのにサクサク進んでしまうのが違和感というか。それが読みさすさにもなってはいるのだが。

各章どんでんがえしを盛り込むのはちょっとやりすぎ。
というか、それによって堀りの浅さが浮き彫りになっているような気もする。どんでんがえしはが深堀りあればあるほど返されるのが気持ちいいんだから。
階層が浅いのと、どんでんがえしの相性の悪さによって、推理シーンがペラペラになっている。
それまで困惑していたただの一般人が、急に頭の回転早くなって推理して終章、というのが繰り返されて、なんか置いてけぼりになった。各章ページ数が倍あったら没入感が増して良さそうだなと思う。
連載当初は全体の構成がこうと決まっては無かったのかな?1章2章の終わり方が独立していて、あんまり本筋に影響が無いように感じた。


7月26日(金)

地味に仕事が立て続いていて嫌だ。早く暇になりたい。そろそろ展示の準備をしなくては。

7月27日(土)

暑いし予定も無いし、暑いけど天気悪くなるようだし、久しぶりにめちゃくちゃに寝た。昼過ぎまで寝て、ご飯食べて、寝て、ご飯食べた。こんなにめちゃくちゃに寝るのは最近あまりしていなかったから、今日は寝てご飯食べるしかしてないけど罪悪感が全然ありません。


7月28日(日)

朝イチから散髪とパーマをあて、洗濯へ行き、展示のDMを作成、夜は高知から帰ってきた友人に会う。昨日何もしなかった分、出来事が凝縮した日曜日だった。

昼飯に、昨日買ったパンの残りにシチューをつけて食べた。
狭くて薄暗いシンクで、包丁でパンを切る行為はなんか趣があるなあと思っている。小麦色の光を発している明けの食べ物を、薄暗い中出刃包丁で雑に切っているのが、とても生活をしているなと思う。
わたしはパンの事を眩しい明けの食べ物だと一方的に思っているけど、これは実家が基本的に米食だったからだろうか。
パンはいつも芳しい香りを振りまきながら、つやつやと光りながら、誘惑をしてくる。そんなパンですら、生活の前では光が鈍くなり雑に扱われ、そうして日常に馴染まされる事がある。
このモチーフと環境のギャップがあると、わたしはうれしい。生きているなと思う。きれいなものと普遍的なものをこねくり回して、各々の生活が生まれている。

7月29日(月)

なんかまた生理終わったのにPMSのような癇癪玉が後からやってきて腹立たしさがある。さっさと寝よう。
昨日今日と久しぶりにスプラをやっていたからか、目の奥がズンとして重い。

7月30日(火)

彬子女王「赤と青のガウン」を読んだ。
当人の人の良さ、そこからもたらされる周囲の人の良さ。愛情が層になって分厚いお布団に包まれているようだし、その中央にいるのが自国の皇女だというのが、嬉しいと思う気持ちが自分にもある。
辛かった記憶は抹消する性質があると当人が言っている通り、辛いことや悲しいことは殆ど書かれていない分、家族や教授や友人たちや身の回りを見ていてくれる人たちが、愛情をた与えてくれる人々だとより強く見える。それは彬子女王がほんとうに大好きな人たちを書いているから、こちらにもそう見えているんだろう。
このお互いの愛情の応酬。読み手としてその応酬を見ているだけで、ちょっと泣けてしまう。あまりにも人間の光の部分で。
巻末の、学習院大学元学長の福井先生の言葉もすごく良かった。


7月31日(水)

もう月末?!嘘おっしゃい。
毎日日記を書いていたとて、日々の速度を緩める事はできない。日々の記憶が長く留まるだけで、過去が長くなるだけだ。現在は一瞬、未来は曖昧。
元気は出てきてはいるが、まだ本調子ではない感じ。仕事のリズムがノッていると思いきや、くちゃくちゃになっていきなり無になってしまうジェットコースターに乗っている。
もしかして、バリバリ仕事を片している時が本調子だと思っていたけど、それってめちゃくちゃ調子が良いレアリティが高い状態で、そこをベースとして目指そうとしているから調子が良い時以外はくちゃくちゃになってしまうのか?わかりません。
わたしの集中力の持ち方がターボON/OFFでしか無いから、中庸になりたい。

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