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Where's Evan Hansen?

Dear Evan Hansen,

Today is going to be an amazing day and here’s why: because, today, all you have to do is just be yourself! yourself?

朝、目が覚める。
一番最初に感じるのは絶望。
あー、まだ生きてるのか。 
iPhoneを開くと昨日、交通事故で亡くなった誰かのニュースが目に入る。
楽しく学校生活を送っていたはずのその子と自分の精神が入れ替わったらいいのに。
でも、世界はそんなに上手くできていない。

仕方ない。
起きるしかない。
だって、今日もちゃんとシフトに入っているから。
テーブルには自分で料理したごはんが並ぶ。
一番最初にやることはため息。
食べ方がわからない。
味のしない食べ物とにらめっこする時間。
Conan GrayのYouTubeチャンネルを再生する。
英語字幕を付けたところで動画の内容は半分も理解できていないだろう。
大丈夫。
目的は少しでも気持ちを落ち着けて、この瞬間の摂食障害を乗り切ることだから。
でも、今日はダメかもしれない。

そんな時の対策だって用意してある。
girl in redの『Serotonin』を再生する。
これ、精神安定剤より効く。
文字通り、セロトニン効果。
太陽嫌いの自分のための曲。
でも、勤務中に発作が起きるかもしれない。

だから、ポケットにはいつも薬が入っている。
「君は何を飲んでいる?」
「ロラゼパム」
これが自分の毎日。

そして今、映画館の暗闇で映し出された、日常と共鳴したオープニング。
目の前に、自分がいた。
あれ、こんなはずじゃなかったのにな。
確かに何ヶ月も前からずっと公開を待っていて、予告編の時点で感動してしまって、この映画のために生きてこれたような日々もあったけど、だからって。
なんで、泣いてるんだろうな。
今頃気づく。
タオル、持ってくるのを忘れた。

『Dear Evan Hansen』を観た。
舞台はアメリカの高校。
廊下に並ぶ赤いロッカー。
壁には大きなレインボーフラッグ。
よくある7色のタイプじゃなくて、ブラック・ブラウンのストライプとトランスジェンダープライドフラッグで構成される三角の部分が加えられたアップデート版。
“LGBTQ+ AWARENESS”の文字。
きっとリベラルな地域なんだろう。
映画ファンだからそんなに細かい美術までチェックしてるの?
違うよ。
無意識に見えてしまう。
Queerだから。

Turns out, this wasn’t an amazing day after all. Because why would it be?

Evanが木から落ちた。
音は立てた?

自分がジェンダー・アイデンティティを叫んだ。
声は届いた?

「誰もいない感覚を知っているかい?」
「うん、知っている」

突然マイノリティの若者のためのコミュニティを立ち上げた自分を、自信のあるアクティビストだと思った人がいるかもしれない。
顔出しでノンバイナリーをオープンにしながら誰かをサポートしたいと行動する自分を、強くて健康的な富裕層だと感じた人がいるかもしれない。
残念ながら、それは勘違いだ。

政治家が放つ差別発言。
親から向けられる「失敗」の目。
知り合いから繰り返されるミスジェンダリング。
そして、自分がいないことになっている世界。

栄養不足でフラフラする。
頭痛には慣れた。
床に倒れこみながら、体は生きているけど、アイデンティティは死んでいるのではないかと諦観したりする。
……その前に、生きることは許された?
自分が死んだら、どんなジェンダーとして片付けられる?

I wish everything was different. I wish I was part of something. I wish anything I said mattered to anyone. 
I mean face it, would anyone even notice if I disappeared tomorrow?

2021年6月8日

あの日、世界に向けて発信したメッセージは、ある意味、遺書だったのかもしれない。

Club with S 誕生

洋画でしか観たことない、ジェンダーやセクシュアリティについてオープンで理解のある地域の、憧れの学校を想像しながら書き始めた。
「ノンバイナリーって超レアキャラすぎない?」

Queerの仲間と一緒に笑っている自分を思い描いた。
「ってことは逸材じゃん!」

希望に満ちた言葉を羅列しながら、書いている本人は絶望の中にいる。
辛い過去がフラッシュバックして、震える手で文字を打ち込んでいる。
映画の世界でしか自分を見つけられなかったから、今度は自分が映画から受け取ったメッセージを誰かに届けたい。

Stay Weird
子どもの頃から仲間はずれにされていた。それは変わり者だったから?

Stay Different
一人だけ違ったジェンダーで生きられる自信なんてなかった。

Stay Queer
こんなに難しいことはないよ。

だから、立ち上がらない代わりに、手を伸ばしてみた。

EvanのスピーチがYouTubeに投稿されたように。
初めてnoteを使って書いた自分のエッセイをTwitterへ投稿する。
マイノリティに対するたくさんの悪意ある発言を目にする場だったTwitterへ。

“ノンバイナリー”と検索した時、自分の文章に辿り着いてもらえたら。
ジェンダー・アイデンティティが揺らいだ時、SNSでたまたま目に入ったものが存在を肯定してくれる言葉だったなら。

You will be found.

「誰かに見つけてもらえる感覚を知っているかい?」
「うん、知っている」

朝、目が覚める。
一番最初に感じるのは安堵。
あー、ちゃんと投稿できていたのか。 
iPhoneを開くとメンバーの応募フォームに通知が届いている。
孤独な社会生活を送っているはずのその人へ直接お礼を伝えに行けたらいいのに。
でも、世界はそんなに狭くできていない。

不安になっている誰かが、居場所を見つけることを願っていた。
完璧な答えはあげられなくても、自分の発信がヒントになれば、と祈っていた。
メンバーの人たちは、初めて同じ立場の人と出会えることを望んでここに来てくれている。
だけど、本当に見つけてほしかったのは、自分の方だ。
Evan Hansenは自分で、『Dear Evan Hansen』は自分の現実だったんだ。

たくさんの映画たちにインスピレーションを受けて誕生したコミュニティが、今、映画に味方されている。
最初から最後まで涙が止まらない映画が存在するなんて、想像すらしたことなかったよ。
今日は遠くに感じていた映画が少しだけ近くなった気がする。
そして、新たな物語を求め続ける。

どうか、弱さについて語ることを恐れないでほしい。
どうか、不安や鬱について語ることを恐れないでほしい。
どうか、死について語ることを恐れないでほしい。

たとえ嘘であっても、嘘という名の希望を求める気持ちが真実なら、それでもいいよ。
本当の僕らを一緒に探しに行こう。

これは、セラピーとして書いた自分宛ての手紙で、遺書になるはずだった文章で、この世界のどこかにいるEvan Hansenへのメッセージ。

Sincerely, your best and most dearest friend:
Me




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