「トランスアクト」1話目(ジャンププラス原作大賞・連載部門応募用)

 小学校校舎内、小学一年生の授業参観日。
「将来の夢」という題材で一人ずつ作文の発表をしている。
「四王寺(しおうじ)真琴(まこと)くん」という指名をうけて、男の子が勢いよく立ち上がる。
 立ち上がった男の子が原稿用紙を持ちながら元気な声で発表する。
「ぼくのしょうらいのゆめは、きょだいロボットになってせかいをまもることです!」
 校舎外で空がガラスのように割れ、巨大ロボットが校舎に向けて落ちてくる。
 流線型を主体にした女性的な外見を持つ、白と金を主体にしたカラーリング、全長20m前後の美しいヒト型ロボットが、校舎と衝突する直前で暗転。

 十年後。
 逢坂市中央区。

「ワタシと契約して、今日こそ魔法少女になってヨ!」

 学校帰りの学ランの男子高校生とセーター服の女子高生の二人組の前に、怪しい風貌の男が怪しい勧誘を仕掛けている。
 身長190cm程度、黒いレザーの上下に白塗りの顔、赤い瞳、頭髪は山羊の角のように左右でねじくれている。
 男子高校生・四王寺真琴は迷わずスマホを取り出し、警察に電話をかける。
 怪しい男は「初手でソレはあんまりじゃないかネ?」とげんなりしたような表情で高校生から素早くスマホを取り上げようとするが、よけられる。
 通報を終えた真琴は怪しい男をにらみつけながら「お前がしつこいからだろ、何回目だこれ」と文句を言う。隣の友人・千棟(せんとう)柚(ゆず)と「ねー」と同意する真琴。最初に声をかけられてからのここ数日、あらゆる場所に出没する怪しい男との出会いがフラッシュバックする。
 怪しい男はニヤニヤ笑顔で言う。

「何回でも来るヨ。キミが魔法少女になってくれるまでネ」
「ならねーし、なれねーだろ。俺は男だぞ。勧誘するならこっちだろ」と言いながら柚を指さす。柚は「えー、私が魔法少女なんてー」と言いながらもまんざらでもなさそうな表情でくねくねしている。

「新感覚!」

 指を鳴らしながら画期的と言わんばかりの表情の怪しい男。

「画期的みたいに言うんじゃねぇよ!」

 ツッコむ真琴。
 やりとりをしている間に警察官二名が走ってやってくる。怪しい男は「いつの時代も日本の警察は優秀だネ」とうんざり顔で呟きながら脱兎のごとく逃走する。
 二人は慣れてきた警官たちに事情を話して別れた後、ため息をつきながら歩き始める。
 真琴は身長160cm弱と同年代にしては少し小柄でやや童顔チックなのを気にしており、ウルフカット系の髪型。柚は170cm前後と真琴より高く、少し垂れ目がちでおっとり系の顔、ストレートのセミロングヘア。家が近所の幼なじみで、幼稚園からと付き合いが長い。誕生日の都合で同学年ながら柚の方が少しお姉ちゃん気質。

「あいつも毎度毎度懲りねーな」
「ホントにねー。真琴もヘンなのに目をつけられたねー」
「宗教の勧誘の方がまだマシだっつーの。なんだよ魔法少女って。アニメの見過ぎか。しかもなんで男の俺に声かけるんだよ」
「……趣味かな?」
「イヤすぎるだろ、そんな趣味……」

 二人はそのままファストフード店へ。どちらも共働き家庭で帰りが遅いため、たびたびファストフードで小腹を満たしている。真琴は普通にハンバーガーのセット。柚はポテト山盛りとハンバーガーを五つ。

「いつも思うけど、どこにその量が入るんだよ……」とあきれ顔の真琴。
「これくらいペロリだよー。真琴こそ、もっと食べないと大きくなれないぞー」言いながらトレーを持つ手と反対の手で真琴の頭をなでるふりの柚。
「うっせー! 余計なお世話だ!」

 自分のハンバーガーを一つ真琴のトレーに乗せようとする柚に「いらねぇ!」と突き返す真琴。
 ハンバーガーを頬張りながら、柚が真琴に話しかける。

「そういえば、聞いたー? あの黒いの、また出たんだってー」
「あのでっかいボールのお化けってやつか?」
「そうそうー。北区の方で見たってー」
「怪しいなぁ。なんか非科学的っつーか」

 やや興奮気味の柚に対して、どこか冷めた様子の真琴。

「真琴、あんまり興味ないー?」
「興味ないっつーか、お化けだとか魔法だとか、そういう非科学的なもんに惹かれないだけだ」
「昔は『巨大ロボになって世界を守るんだ』って言ってたのにねー」
「んぐ! む、昔の話はするなよ! 小学校低学年の時の話だろソレ!」

 からかい調子の柚に、盛大にむせて反論する真琴。
 笑っていたが、何かを思い出したように話を変える柚。

「そういえばー、小さい頃、何か大きなロボットを見た気がするんだよねー」
「なんだよ、柚もそういうの好きなクチか?」

 お返しとばかりにからかい調子の真琴を意に介さず、人差し指を唇に当てて思い出そうとする柚。

「うーん、好きだけどー、そうじゃなくってー……真琴も一緒に見てると思うんだよー」
「一緒に見てたら俺も覚えてるだろ……夢の中ででも見たんじゃないか?」

 呆れたように言う真琴。

「そっかなー……そうかもー」

 釈然としない様子の柚に、愛想笑いの真琴。その後は切り替えた様子で、今日の学校での事柄などの雑談を続ける。
 ファストフード店から出る頃には日が傾いてきている。互いに挨拶して別れようとしたところで、柚が何かに気づいたように空を指さす。

「あ! 真琴ー! 見てみて、ほらアレー!」

 興奮気味に言う柚につられて空を見上げる真琴。その先に、黒い球体のようなものが浮いている。直径10m前後で、空に浮かんでいてもそれなりに巨大に見える。
 驚愕の表情の真琴。まだ興奮している柚が真琴の袖を引っ張りながら言う。

「ほらー、ホントだったでしょー?」

 周囲にいる人々も空を見ておのおの感嘆の声を上げたり不気味がったりしている。
 真琴は「いやいや、きっと何かのパフォーマンスとかそういう……」と否定的な言葉を口にしながらも、ぞくりとイヤな予感が背中を這うのを感じる。
 それと同時、球体の下端から始まって周囲を脈動するように赤い光が走り、球体の頂点に到達する。次の瞬間、球体から周囲に向けて光が放たれた。光は周囲の建物や地面を貫き、爆散させる。
 突如阿鼻叫喚の地獄と化した街に、真琴は呆然とする。

「な、なんだよ、これ……」

 はっと我に返り、周囲を見渡すと、柚は衝撃でその場にへたり込んでいた。
 怪我がなさそうなのを見てわずかに冷静さを取り戻した真琴は「大丈夫か?」と柚に手を差し出す。柚は言葉もなくこくこくと頷いて真琴の手を取ろうとしたが、再び球体に光が点ったのを見て、しかもそれがこちらを向いているような気がして、「真琴!」と叫んでとっさに真琴を突き飛ばす。
 再び爆発が起こり、突き飛ばされた真琴はさらに少しの距離を吹き飛ばされる。
 体の痛みを堪えながら起き上がると、先ほどまで柚がいたはずのところが瓦礫で埋もれている。柚の姿はなく、セーラー服の切れ端のようなモノが瓦礫に引っかかっている。

「……ウソだろ」

 よろめきながら瓦礫に近づく真琴。

「柚……? 返事してくれよ、柚……!」

 返事のない瓦礫の下から、赤黒い血液のようなものが染み出している。声にならない慟哭をあげる真琴。
 しばらくして、瓦礫の上から、怪しい男が現れる。飄々とした調子で、失意に沈む真琴に声をかける。

「おや、これは奇遇だネ」
「…………」

 この惨状をまるで意に介さない表情の男に、怒りにも似た感情を込めた視線を返す真琴。男はそれを受けても平然としている。

「それにしても、派手にやらかしてくれたものだヨ。ワタシの苦労も考えて欲しいネ」

 そう言いながら、真琴の元にやってくる男。途中でセーター服の切れ端に足をかけた男に、真琴の怒りが爆発する。

「何しにきやがったテメェ!!」
「何って、仕事ですヨ。ワタシもヒマじゃないのでネ」

 怒号を浴びても動じず、男はキョロキョロとあたりを見渡す。

「そういえば、キミのご友人は一緒じゃないのかネ? いつも番犬のごとく隣にいた……」

 そこまで言って、足の下にあるセーラー服の切れ端に気づく男。

「オヤ、失敬」

 そう言いつつも雑に足下の切れ端を払う男に、真琴は詰め寄って襟元をつかんで叫ぶ。

「テメェが柚の代わりに……!」
「死ねば良かった、とデモ? そうすればご友人は死ななかったト?」

 怒声を中断され、挙げ句にありもしない仮定を指摘されて言葉に詰まりながらも、怒りの視線だけは男に向け続ける真琴。
 男は一瞬だけ真琴の怒りを受け止めるように真面目な表情をしたが、すぐにふざけるような、おどけるような表情になって言う。

「で・す・が! 今ならなんと、ご友人の仇をとることが出来るんですヨ! ワタシと契約して、魔法少女になってくれればネ!」
「こんな時にまでふざけんじゃ……」
「ふざけてはいませんヨ。言ったでショウ? これも仕事デス」

 表情と裏腹に、まっすぐ真琴を見返す男。男が顎で指す方を振り向くと、球体はまだそこにいる。血管のように巡らされた淡い光の筋を脈動させながら浮いている球体を睨めつけたまま、真琴は言う。

「……テメェの言う魔法少女になれば、柚の仇を討てるんだな」
「モチロンですヨ。こちらの指示には従っていただきますがネ」

 男の言葉に、真琴は決心したように頷く。

「……どうしたらいい」

 男が空中に手をかざし、言葉を呟く。

「継代の使徒、グラシャ・ラボラスの名において、魔王の智恵の片鱗を授けん」

 男の手に光が集まり、金色のリンゴを形作る。差し出す男に、内心の動揺を隠しながら受け取る真琴。冷たい光を放つリンゴをまじまじと眺める真琴に、男は促すように言う。

「その智恵の実を囓ってくだサイ。一口で構いませんヨ」

 言われるまま、リンゴを囓る真琴。
 瞬間、真琴の中に様々な映像が濁流のように流し込まれる。いずれも漆黒の衣装を身にまとった一人の少女の戦いの記録で、謎の生命体や天使のような羽を持つものたちが彼女と戦っている。
 その最後に、真琴の元まで歩いてきた少女が、真琴に向けて微笑んで言う。

「君が継いでくれるの? じゃあ、始めよっか」

 映像が途切れ、元の視界に戻ってきた真琴。彼に向けて、うれしそうに男が言う。

「では、変身の呪文を唱えてくだサイ! 呪文は……」
「……『贖罪執行(リデンプション・プロセス)』」

 怪しい男、グラシャ・ラボラスが最後まで言い切る前に、変身のキーとなる呪文を唱える真琴。それを見てニヤリと笑いながら感嘆の声を漏らすラボラス。
(ナルホド、あなたのご指名でしたか、ヤミお嬢様)
 心の中で呟くラボラスの目の前で、真琴の変身が始まる。
 蝙蝠と烏の翼が混在したような漆黒の翼が三対六枚現れ、真琴の体を覆うように包み込む。頭上には巨大な王冠が現れ、それが翼に包まれた真琴の体をくぐらせて地面に落ち、割れる。黒い光が足下から広がり、翼が下から崩れていく。
 漆黒のブーツとゴシックドレス、膨らんだ胸元には深紅のリボン。金色に変化した髪はウルフカットの名残を残したまま後ろ髪が長く伸び、アイシャドウと深紅のリップで彩られた顔は元の面影を残したまま少女の顔立ちに変化している。
 真琴の姿を見て、うれしそうに手をたたくラボラスはどこからともなく大きな鏡を取り出して真琴の方に向ける。

「素晴ラシイ! どこをどう見ても立派な魔法少女ですヨ!」
「マジかよ……」

 明らかに少女の顔になっている鏡の中の自分と、膨らんだ胸部やスカート姿に戸惑いながらも、真琴はすぐに切り替えてラボラスに問い詰める。

「それでどうすればいいんだ!? なんかすごい魔法でアレをぶっ潰せるのか!?」
「落ち着きたまえヨ。もうすぐキミのパートナーがやってくるカラ」
「パートナー?」

 ラボラスの言葉に遅れて、空がひび割れる。ガラスのように砕け散った空から、流線型を主体にした女性的な外見を持つ、白と金を主体にしたカラーリング、全長20m前後の美しいヒト型ロボットが、神々しく降りてくる。
 無いはずの記憶が、真琴の脳裏をかすめる。小学校、作文、将来の夢、割れる空、落ちる巨大ロボ。押しつぶされる校舎と、子供たちの悲鳴。そして、か細い「ごめんなさい」という声。

「ふーん、あんたが私のパートナー? なんか地味ね」

 突然聞こえてきた少女の声に我に返る真琴。声のした方には、先ほど登場した巨大なヒト型ロボット。

「ロボットが……喋ってる!?」
「失礼ね。私にはシエルっていう立派な名前があるの。覚えといて」

 驚愕する真琴に、両手を腰に当てるポーズをしながら憮然とした声で答えるロボット。顔に当たる部分はおとなしい女性的な印象だが、シルエットや動き、ポージングはお転婆娘のように見える。

「言葉に気をつけたまえヨ。シエルくんはキミと同い年のレディなのだからネ」

 ラボラスの発言に首をかしげる真琴。

「同い年って……製造年月日がか……?」

 思ったことを口にする真琴に、シエルが大げさな動作で足を上げる。

「……こいつ、踏み潰していい?」
「うわ、やめろ!」

 慌てて飛び退く真琴。シエルはまだ怒ったように真琴を足で追い回そうとするが、遠くに浮かんだままの球体が再び脈動を開始したのを見て居住まいを正す。

「つまんないことやってる場合じゃないわ。あんた、戦う気があるなら私に乗って」

 そう言って、シエルは胸部からみぞおちにかけてのパーツを開く。胸部装甲が上にスライド、みぞおちの装甲が左右にスライドして、内部に球形の空間が現れる。

「乗るって……そんな高いところ、どうやって登るんだよ!」

 先ほどまでの現状に対する憤りも半ば薄れて、シエルにつっかかる真琴。シエルは呆れたようにため息をつくようなポーズをする。

「あんた、魔法少女になったんでしょ? 空飛ぶくらい出来ないの?」
「なってすぐそんなこと出来るか!」
「想像力がないなぁ……仕方ない」

 言いながら、腰をかがめて膝をつき、右手を差し出すシエル。真琴が憮然としつつもその手に乗ると、シエルは真琴の乗った右手を球形の空間まで案内した。
 それを、ハンカチを振りながら見送るラボラス。
 真琴が空間の中にある円形のステージのような場所に飛び移ると、パーツが閉じて一瞬暗闇になる。慌てる真琴の前で壁面に明かりが点り、すぐに全天型のモニターディスプレイによって外の景色が360度見えるようになる。
 シエルの胸の高さにいるため、地面が遙か下に見えて足がすくむ真琴に、シエルは心配そうな声で言う。

「酔って中で吐いたりしないでよ」
「この……!」

 バカにされていると感じて怒りの視線を取り合えず頭上に向ける真琴に、クスクスと笑いながらシエルは高度を上げる。
 まだビビり調子の真琴に、シエルは軽くアドバイスする口調で言う。

「いい? 私はロボットじゃないから、自分で考えて自分で動ける。あんたがやることは一つだけ。魔法を『そうぞう』することよ」
「『そうぞう』って……思い浮かべるってことか?」

 聞き返す真琴の前のディスプレイに、文字が現れる。『想像』と『創造』が書かれている。

「『思い浮かべ』『形にする』の」

 ディスプレイには、さらにデフォルメされた魔法少女が何かを想像し、それを形にして魔法を生み出す様子が簡単な動画で映し出されていく。

「あんたは智恵の実を囓って魔力を手にした。魔力は、粘土みたいなものよ。あんたの想像力が、魔力って言う粘土を通じて形になる」

 動画が消え、再びディスプレイには周囲の景色が映る。目の前には、黒い球体。最初と同じく、球体下端から広がる光が頂点まで脈動していく。
 思わず身構える真琴に、シエルが叱咤するように言う。

「縮こまるな! 仇、とるんでしょ!?」

 シエルの言葉に、目を見開く真琴。
 同時に、球体から破壊の光が放出される。光をよけながら、シエルは真琴に話し続ける。

「魔法が使えるって言っても、魔法少女一人の魔力じゃ限界がある! あんな大きなの、とても相手に出来ないわ!」
「そんな……じゃあどうやって倒すんだ!?」
「そのために私がいるのよ!」

 光を避けつつ高速移動して球体との距離を詰めるシエル。球体も等速で後退しているようだが、シエルの方が速い。

「私は、あんたの魔力を増幅できる! あんたが魔法を『想像』して、私たちで『創造』するの!」

 球体に近づくシエルだが、球体から放たれる光を避けるために減速を余儀なくされ、なかなか近づけない。
 そこへ、ラボラスの通信がシエルの元に届く。

「シエルくん、そろそろ片付けないと、被害の上限が近いのだがネ……」
「分かってるわよ! 今やってるでしょ!!」

 いらだつように返答するシエルの内部で、真琴は考える。シエルの話が本当なら、球体に近づかずに魔法で遠距離から撃ち抜くことも可能だと言うことだ。なのに、シエルはそれを提案せず、球体に近づこうとしている。そこに、何か意図があるはず。

「確認だけど、シエルはあの球体を攻撃するんじゃなくて、近づきたいんだな?」
「そうよ! ここで倒したら被害が拡大するわ! だから、『アストラル界』の外まで運びたいの!」

 聞き慣れない単語が飛び出てきたが、真琴は「とにかくここから離したい」と解釈し、その最適解になるであろう魔法を想像してシエルに提案する。

「シエル、『シールド』だ!」
「……! 了解(コピー)!」

 真琴の想像を具現化するようにシエルの背面装甲から広がるシールドが、シエルの全体を覆う。六角形を振り合わせた球状構造のシールドは、黒い球体からの光を弾き、減衰させ、シエルへのダメージだけでなく周囲への被害も減らしていく。

(初めてでこの具体性……やるわね)

 シエルは心の中で感心しながらさらに加速して球体に近づき、ついに両手で捕まえることに成功する。直径10m近い球体を抱え込み、シエルは空に向けて急上昇する。

「うぉりゃー!!」

 気合いの声とともに、空がひび割れる。シエルがひび割れた空に向けて突進すると、空が割れてシエルと球体は空の『外』へと出る。
 空の外では、まるで廃墟のような別の世界が広がっている。破壊された建物や陥没した道路には植物が生い茂り、廃墟となって数十年・数百年が経過したような景観となっている。
 所々にクレーターのような陥凹があり、そこには球体と同じような脈動する光が走っている。そこには植物は生えておらず、荒れた地面がむき出しになっている。
 先ほど飛び出してきたひび割れの下に、球体によって破壊された街が広がっている。
 奇妙な光景に疑問を抱くひまもなく、球体を放り投げたシエルが真琴に向けて叫ぶ。

「ここなら遠慮なし! あんたの想像する最高の魔法、私にちょうだい!」

 真琴の中に、かつて夢に見た巨大ロボットのイメージが思い浮かぶ。幼少期に憧れ、自分もそうなりたいとまで願った巨大ロボ。そのロボは、強大な敵を倒すため、最終的にとある殲滅兵器を装備した。
 左手の人差し指を砲身に見立て、真琴は黒い球体を指さす。
 そのイメージに従い、シエルの左腕の装甲が増殖・変化し、長大な砲身を形成する。

(男の子ってこういうの好きよね)

 そんなことを考えながら、声に出さず呆れたように笑うシエル。右腕で砲身を構えると、二本のレール状の構造を伴う砲身に膨大な魔力が乗り、そして一気に放たれる。

「『レールガン』!!!!」

 真琴とシエルの声が重なり、黒と白の混じり合ったような光が一瞬黒い球体を貫いて消滅する。光が通った後は同心円状に大気がゆがみ、そして勢いよく戻ると同時に、黒い球体が爆音を立てながら赤黒い液体をまき散らして爆散する。
 あまりの威力の高さに驚きながらも、倒したことへの興奮が勝ったシエルが真琴に言う。

「あんた、やるじゃない! 私が増幅したとはいえ、一撃で倒せる魔法を生み出すなんて、見直したわ!」
「……あんた、じゃない……俺の名前は『真琴』だ……」
「このタイミングでそれ言う?」

 疲弊しきった様子の真琴が意地を張るように言うのを、シエルは呆れたような笑い混じりに返す。何か言い返そうとした真琴だが、加減を知らず魔力を一気に消費したため、意識が遠のき始めている。
 ふらついて頭が下がったと同時、眼下に広がる瓦礫の山を見て、真琴は急激に先ほどの惨事を思い出して涙をこぼす。

「柚……ゆず……俺、仇とってやったからな……」

 呟くように言いながら、真琴は意識を失って倒れ込む。
 真琴のバイタルサインが生存を示していることにほっとしながら、シエルはラボラスに通信を送る。

「『魔王の尖兵』、倒したわよ。あー疲れた……」
「ご苦労サマ。彼は無事かネ?」
「無事よ。魔力の使いすぎで気を失ってるけど」
「オヤオヤ、初戦からずいぶん搾り取ったネ」
「私が悪いみたいに言うな。それより、こいつどうするの? 『万魔殿(パンデモニウム)』に連れてくの?」
「イヤ、街の『修復』が終わったら、自宅に送り届けてやってクレ。彼には、少し良い夢を見せてあげたいからネ」
「『悪魔』が言うとうさんくさい台詞ナンバーワンね」
「……ミンナ、ワタシに辛辣過ぎやしないかネ……」

 肩をすくめ、通信を終えるシエル。気を失ったまま、うなされるように声を上げる真琴の様子をインカメラで確認して、シエルは困ったような仕草をしながらも、労るような声をかける。

「ま、最初にしてはよく頑張ったわよ、マコト」

 そう言って、シエルは優しい声で子守歌を歌う。
 うなされている真琴は、誰かに膝枕をされながら子守歌を歌ってもらう夢を見て、次第に穏やかな寝息を立て始めた。

 ノイズ混じりの映像が真琴の夢に混じる。
「――――さん」という指名をうけて、女の子が勢いよく立ち上がる。
 立ち上がった女の子が原稿用紙を持ちながら元気な声で発表する。
「わたしのしょうらいのゆめは、まほーしょうじょになってせかいをまもることです!」

(続)

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