「トランスアクト」2話目(ジャンププラス原作大賞・連載部門応募用)

 翌朝。
 目の前で光に貫かれ、瓦礫の山に埋もれていく柚、という悪夢に、叫びながら飛び起きる真琴。すぐさまベッドから飛び出てカーテンを開け、外の様子を見る。
 窓の外は、いつも通りの平穏な世界。破壊の痕跡は一切無い。
 急いで階下に行き、洗面所で鏡を見るが、そこにいるのは汗まみれの自分で、女体化していない。

「夢……だったのか……?」

 生々しい感覚を思い出しながら、真琴は朝食もとらずに着替えて外へ出る。気が急くのを抑えていつもの道を進むと、いつも通りの姿の柚がいる。それを見て、思わず涙ぐむ真琴。なんとか平静を装い、柚に話しかける。

「よ、よぅ、柚。おはよう」
「おはよう、真琴ー、今日は早いねー。……んー? なんだか、調子悪いー?」
「そ、そんなことねーよ」

 安堵から再び泣きそうになる真琴を気遣う柚に、真琴は強がってみせる。
 気を取り直した真琴と柚が談笑しながら通学すると、高校の正門前に一人の少女が立っているのを見つける。

「見て見て、真琴ー。きれいな人ー」
「うちの生徒……じゃないよな。誰か待ってんのかな」

 指さす柚をたしなめながらも、興味を引かれる真琴。
 少女は柚と同じか少し低いくらいの身長で、真珠のように艶のある白い髪を腰まで伸ばしている。高校の制服とは違う、ロリータ系のワンピースを身にまとうすらりとした美少女だが、猫のような丸い目がキョロキョロとして愛嬌がある。
 登校してくる学生たちの衆目を集める少女は、真琴を見つけると手を振って呼びかけてくる。

「やっと来た! 遅いぞマコト!」
「え……俺?」

 羨望の視線が集まるのに困惑しながら、真琴は近づいてくる少女に軽く会釈をする。

「えーと……ごめん。どちら様?」

 知り合いの線を諦めて相手に謝罪しつつ問いかける真琴に、少女はわざとらしく悲しそうな表情で言う。

「忘れちゃったの? 私に乗ってあんなに乱暴したくせに」

 少女の言葉に思わず吹き出す真琴。隣で聞いていた柚は顔を真っ赤にして体をくねらせている。

「えー、何したの真琴ー? もしかして……えっちなことー!?」
「してない! つーか、お前も公衆の面前でなんてこと言うんだ、この……」

 いわれのない誤解を否定しつつ、少女に非難の声を上げてつかみかかろうとする真琴。その手が、少女の肩をすり抜ける。
 驚く真琴に、少女は顔を近づけて耳打ちする。

「乱暴は良くないぞ、新米魔法少女くん」
「!?」

 その言葉に、真琴の背筋を悪寒が走る。少女の言葉の内容から推察される彼女の正体に気づく。

「……シエル……なのか?」
「せいかーい」

 姿は違うが確かに声は同じで、真琴はさらに混乱する。そんな真琴を若干気の毒そうに見やってから、シエルは柚に呼びかける。

「ごめんね、ユズ。ちょっとマコトのこと借りるね」
「え、あ、はい、どうぞー……って、あれ? 私の名前……」

 教えてない名前を呼ばれて不思議がる柚に「すまん、今日は体調不良で休むって先生に言っといて」と告げ、真琴はシエルに促されるままに歩き出す。
 向かった先の小さな廃工場には、ニヤリと笑みを浮かべるグラシャ・ラボラスがいた。黙ってついてきた真琴だったが、ここで初めて堰を切ったように問いかける。

「……どういうことだ? 昨日のは夢じゃなかったってことか? なんで街はそのままで、柚も生きてるんだ!?」

 矢継ぎ早に質問する真琴に、ラボラスは人差し指を突きつける。無言の圧力に気圧される真琴に、彼は告げる。

「答えてもいいケド、聞けばもう戻れないヨ。不都合な世界の真実を、知る覚悟があるかネ?」

 言葉の重さに怯む真琴だが、何も知らずにまた柚を失うかもしれない恐怖が、真琴の首を縦に振らせる。
 ラボラスは一転しておどけるような仕草で指を鳴らす。それを合図に、廃工場の周囲の景色が砕け散るように崩れていき、昨晩見た、荒廃した世界が姿を現す。
 廃工場も消えて不思議な門扉だけが立っている。絶句する真琴をラボラスは空間がねじ曲がった門扉の内部に誘う。
 内部はだだっ広い工場のようになっており、白と黒のツートンカラーの制服をまとった人たちが幾人かせわしなく動き回っている。奥の壁面はスクリーンのように巨大な地図を映し出している。地図は真琴の知っている世界地図と微妙に異なる。
 両サイドの壁面にはシエルと同じ巨大なロボットのようなものが8体並んでいる。

「ココが、我らが世界最後の砦、『万魔殿』だヨ。キミたち魔法少女と、その対となる『アーク』の前哨基地でもアル」
「アーク?」
「Angel Remnant Chrysalis、シエルくんたちの総称だヨ」

 両腕を広げて居並ぶアークたちを指すラボラス。そのうちの一体にシエルの本体がいる。
 シエルと連れだって歩く真琴に、ラボラスは語り始める。

「結論から言うと、この世界は一度滅んでイル。我々が『魔王』と呼んでいる外宇宙からの侵略者によってネ」
「世界が、滅んだ……?」
「ソウ。キミがさっき見たモノが、この世界の真実の姿だヨ」
「……!」

 ラボラスに先導され、先ほどの巨大地図の前まで来る。地図の中の島や大陸には、人為的に出来たような欠損がいくつか見られる。

「世界地図を書き換えたのが、『魔王の尖兵』。キミたちが昨日戦った、アレだヨ」

 不気味に蠢動する黒い球体を、真琴は思い出す。放出する光によって瞬時に周囲を破壊した威力を目の当たりにしたら、地形を変えるほどの力を持つことに嫌でも納得する。

「シカシ、幸いこの地球にも『魔王』がイタ。神のごときもの、偉大なる魔王・ルシファーがネ」
「ルシファー? それって聖書とかの作り話じゃないのか……?」
「信じられないかネ? その分け身を取り込んで魔法少女になったノニ?」
「……!? まさか、智恵の実ってそういう……」

 思い当たる真琴に、ラボラスは静かに頷く。

「タダ、彼の力をもってしても、外宇宙の魔王は滅ぼせなかッタ。ダカラ、世界が完全に滅ぶ前に、彼は世界を二つに分離したのだヨ。物質の世界と、魂の世界にネ。キミたちのいる世界は、魂の世界、『アストラル界』なのだヨ」

 長い説明に飽きたシエルが後ろで遊び始める中、真琴は混乱しながら問いかける。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺たちは普通に生活してるぞ!? それが、魂の世界って……!?」
「ソレについては長くなるから省くヨ。要するに、キミたちのいる『アストラル界』は物質の世界と違う法則で動いてイル」

 遊んでいるシエルをたしなめつつ、ラボラスは移動しながら簡潔に説明する。

「魂は情報だからネ。バックアップもとれるし、ロールバックも出来ル。昨晩の破壊の痕跡が無くなったのは、その時間帯をロールバックしたからだヨ」
「ロールバックって、そんな簡単に……」
「モチロン、ソレも万能ではないがネ」

 含みを持たせるような言い方に、引っかかりを覚える真琴。気にせずラボラスは話を続ける。

「我々の目的は、『魔王』を倒し、二つの世界を再び一つに戻すコト。ルシファーの分け身を宿すキミたち魔法少女と、大天使の遺物であるシエルくんたちアークの力でネ」
「大天使の……遺物……?」

 さらに質問しようとしたところで、警報が鳴り響く。

「昨日の今日で盛況なことだネ」
「昨日のがまた来たのか!?」

 ため息をつきつつ言うラボラスに、身構える真琴。「また縮こまってる」と揶揄するシエルに苦笑を浮かべつつ、ラボラスは真琴に言う。

「警報が鳴ってるうちは、まだ物質(こちら)の世界にいるということだヨ。今日の討伐当番(ルーチン)は誰だったかネ?」
「俺以外にも魔法少女がいるのか?」
「当たり前じゃナイカ。これまで誰が『アストラル界』を守っていたと思っているのかネ?」

 当然のように言うラボラスに、真琴は恥じ入るように「お、おぅ……」とだけ返す。隣でシエルが「自分だけだと思ってた? かわいー!」と揶揄するのを叩こうとして、すり抜けてコケかける真琴。
 そこへ、底抜けに明るい声と、冷静な声が投げかけられる。

「やっほー、グラちゃーん! 来たよー!」
「現着しました、ラボラス司令」

 一人は金髪ポニテに派手なメイクの女子高生。真琴たちの高校とは違う学校の着崩した制服にピアスやチョーカーなどの装飾が目立つ。もう一人はショートヘア黒髪のクールビューティーな女子高生。派手な方と同じ制服をきっちり着こなしている。

「簡単に紹介するヨ。仁仁木(ににぎ)キララくんと、綿摘(わたつみ)渚(なぎさ)くん。こっちが新人の四王寺真琴くんだヨ」

「ヤバ、ホントに男の子じゃん! うける!」
「失礼だよ、キララ。初めまして。綿摘渚です」

 握手を求める渚に、緊張しつつも握手を返す真琴。キララは「ヨロー!」と言いながら敬礼とウインクを飛ばす。

「デハ、早速二人には出動してもらおうかネ」
「オッケー! 後輩クンに、イイトコ見せないとね!」
「了解です。綿摘渚、出動します」

 ラボラスにそれぞれ返答すると、「贖罪執行」のかけ声とともに変身する。キララは黄色を基調としたアイドルのような衣装、渚は青を基調とした軍服のような衣装。
 二人は別方向に飛翔すると、それぞれのアークを呼び起こす。

「ミカちん、おいでー!」
「出番だよ、ユリア」

 呼びかけに応じ、アークの目に光が点る。いずれもシエルのように女性的で、ミカは紫、ユリアはオレンジを基調としたカラーリング。
 二人が乗り込むと、アークの乗っていた床に描かれていた魔方陣が発光し、光の柱が伸びる。それに溶け込むように、アークは外へと転送される。

「先輩たちの戦いぶりを見ておくといいヨ」

 ラボラスがオペレーターに指示すると、地図を写していた壁面モニターが切り替わり、外に出て宙を舞うアークたちが映し出される。その視線の先には、魔王の尖兵と呼ばれた黒い球体が複数。そして、そのさらに奥に、別の黒い物体が浮いていた。


(続)

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