二文字杏 ラストメッセージ

少女閣下のインターナショナル

活動を始めるにあたって「名前は二文字がいい!」と繰り返しアピールしていたら苗字が「二文字」になってしまったという逸話を持つ少女。
一度オーディションに落ちて、呼ばれてもいないのに再度連絡してアタックし、見事加入した少女。
ずっとアイドルになりたかったという少女。
少女閣下のインターナショナルという、ある種サブカル的に尖ったポップかつアナーキーな王国において、実質8ヶ月という活動期間を駆け抜けた少女。
二文字杏にとってアイドル活動とは何だったのか。
最初で最後の単独インタビュー。

●インタビュー・テキスト・写真/津田 真

◆普通の19才に

みんなに言いたいことは「アイドルをやらせてもらってありがとう」ってこと。
ちっちゃい頃からずっとアイドルになりたかったので、それをやれたっていうのがいちばん大きい、いま。
3才でモーニング娘。さんから入って、そのあとAKB48さんに進んで、アイドルから外れたことがなかったので。
私をアイドルにさせてくれてありがとうって感じです。

脱退の発表は2015年の12月16日で、2014年のクリスマスに面接を受けたから、ちょうど1年ですね。
お披露目は5月だから、活動期間は8ヶ月くらい。

本当の理由は何なの、ってよく訊かれる。
「普通に就活だよ」って言ってます、普通になろうと思う。
普通の19才の女の子になります。
ちゃんと学校行って、バイトして。
普通の人になります。

自分のことをあまり言いたくないタイプで。
そういうのはヲタさんに言わなくていいかなって。
それは自分のこと、自分の人生だから、言うことじゃないかなって。
一般人になっちゃう訳だし、活動やめてからのことを、いろいろ言っちゃうのは違うかなと思ってます。

へんな気持ち。
活動期間少ないのかな?とも思っちゃうし、でも結構やりたい所でライブは出来たから。

自分は観てる側だったので、タワレコさんでのリリイベにしても、ゆるめるモ!さんとかをずっと観てきたし、新宿MARZさんとかでもアイドルイベントを観てたから、そういう場所で自分がやることだけでもう「わあ!」って。
憧れだった人と一緒にライブが出来るっていうのも、それだけでもう嬉しくて。

◆険しいアイドルロード

地元の盛岡では、高校生になってからアイドル喫茶みたいな所で働いてました。
秋葉原ディアステージさんみたいな感じの所で。
だからその頃ディアステさんの、キャストさんが好きで、特に神堂未祐奈さん(現・柚希未結)が凄い好きで。
でも普通のヲタ目線というよりは、ダンスや表情を参考にしたり研究したり、っていう。
それはAKBさんとかでもそう。
いろんな曲をカバーさせてもらってたので。

で、もっと大きい所で歌って踊りたいなっていうのがあって、少ナショに応募しました。
まず地元は出なきゃ始まんないなって。
いろいろネットで探してて、少ナショは、りっちゃん(里咲りさ。少ナショ立ち上げメンバー兼運営にしてフローエンタテイメント社長)が社長をやってる、そこにまず「何だろう?」と。
そして微妙な灰色のワンピース(当時の衣装)(笑)。

サブカルなアイドルが流行った時期じゃないですか。
私ずっと地上のアイドルを追ってたのに、そこから地下に潜っちゃったんですよ。
TAKENOKO▲さんが好きで!
なぁちゃん(涼川菜月。TAKENOKO▲卒業後、わずかなソロ期間を経て清竜人25に加入し、清菜月に改名。現在活動休止中)が好きで、ずっと。
で、ゆるめるモ!さんも好きになって、そっち系に入っちゃったんですよ。
それまでAKBさん、スマイレージ(現アンジュルム)さんとかだったんですけど。

地下の魅力、距離が近いっていうか何ていうか、そういうものに目覚めて。
ここだったら、みたいな。

でも少ナショ落ちて。
悔しかったんですよね、何でだろう?と。
「絶対イケるんだけどなー」と。
2回目は自分から演出さんに連絡しました。

その時、他のオーディションもあって、BiSHさん、ベルハー(BELLRING少女ハート)さん、プティパ-petit pas!-さん、強セン(強がりセンセーション)さん…いろいろ迷ってて、お母さんとも話し合って。
YouTubeを観て自分がそのグループにいるイメージを考えたりしました。
少ナショは、動画とかでの自由な感じがよかった。
実際のライブは観たことなかったんですけど。

◆重大事件ベスト3

私、中野ロープウェイさんが新宿ロフトさんでやってるライブが好きで。
『中野ロープウェイ開店5周年記念ライブ!』を、なぁちゃんを観に行ったんです。
その時に地下アイドルさんたちのライブに感動しちゃって(ベルハー、ゆるめるモ!、いずこねこ、みきちゅ、涼川菜月、3776、ナト☆カン、等が出演)。
絶対私もここに出たい!って気持ちが凄くて、それが次の年に出れることになって。

でも当日、電車の中で倒れちゃって。
倒れたのも覚えてないんですけど、気づいたら下北沢駅の医務室でした。
りっちゃんに「倒れちゃった」って電話したら「え!ライブ出なくていいから」って言われたけど、私は出たくて、凄く。
病院行ったら熱が39度5分あって、それでも出たくて「絶対自分は出れる!」と思って、薬も飲んで。
会場着いたら「いけんじゃん」って感じになって、ちょっと熱いくらいで。
でも意識もだんだんヤバくなってきて、それでも「絶対ここで帰るのはやだ」と。
始まる前くらいにプリエク(プリンシパル・エクスクラメーション)のごいちーちゃんから「ようなぴさん来てるよ」、マネージャーからは「しふぉんさんいるよ」って聞かされて。

絶対、出るしかない。
みせたい、自分のパフォーマンスを。
何が何でも!

…それで、曲何やったか覚えてないんですよ。
もう意識が飛び過ぎてて。
たぶん、そのあと倒れちゃってて、物販は出れなくて。
岩手に帰って入院して…過労と栄養失調で。

そのライブがいちばん印象に残ってます。
出れたのは凄い嬉しかった。

初ライブは正直、悔しかった思いしか。
私、変にプライドが高いんですよ。
だから、ちゃんとやろう、ちゃんとやろう、としか思わなくて。
でも少ナショって、なの(羊戸ひなの)のあのズレた感じのパフォーマンスとか…私、そういうのが出来ないんですよ。
ちゃんとやる、っていうのが入り過ぎてて、演出さんにも言われたりするんですけど。
当日は、何も出来なかったと思って凄い病みました。
二文字杏です、って名前を伝えるだけで終わってしまった。
それで、まだ全然仲良くなかったりっちゃんに、凄いたくさんLINEしちゃったのが思い出(笑)。
今でもズレた感じは出来ないんだけど、グループの中でひとりくらいちゃんとやってるやつがいてもいいかな、って。

あと生誕祭!
やっぱ6人いると、お客さんが自分だけを観てる訳じゃないけど、その日はわりと観てくれたなって思って。
それと、しふぉんさんが来てくれたこと!
嬉しかったです。
来れないみたいに聞いてて、まあ忙しいから仕方ないな、と思ってたら、ライブも物販も全部終わった後に、楽屋口の前にしふぉんさんが立ってて「わっ」みたいにしてきて、号泣しちゃいました。

◆杏去りしのち

私が抜けた後の少ナショは、りっちゃんが心配(笑)。
なのちゃんとも仲良かったから淋しいけど、社長とはプライベートでも遊ぶしアイドル以外のことも相談するから。
辞めるって言った後、りっちゃんが本当に泣きそうな顔してた時があった。
もし私がいなくなったら、りっちゃんどうなっちゃうんだろう、私いなきゃダメかな、と思って瞬間的な気持ちで「辞めるのやめる」みたいなこと言ったんですけど…。
私、瞬間的なの多いんですよ。
一週間後にやっぱり無理だと思って「ごめんね」って。

1月15日は、さよなら二文字杏祭り。
ツイッターのアカウントも消えちゃうから、本当にさよなら。

ヤバい、全然実感がないんですよ。
フワフワしてます。
何でだろう。

私を推してくれる子たちは、本当にいい人たちばっかりなんですよ。
女の子が多くて、あと若い男の子もいたり。
ガチ恋とかじゃなくて「杏ちゃん杏ちゃん」みたいな人が多いので、大丈夫かなって。
優しい方が多いから。
私のヲタさんは二文字に甘いんで、いつも、
「杏ちゃんは大丈夫だよ」
「良かったよ」
って…甘いって、優しいって意味です。
女の子も「今日も可愛かったよ」みたいに言ってくれる。

5人の少ナショは想像つかない。
でも、観に来ますよ、ライブも。
年に1回くらい(笑)。

グループに対しては心配してない。
私がいなくても少ナショは大丈夫でしょう。

今後の展望は、未定。
普通の19才に…今年、ハタチになるんですよ!
お酒が飲めるようになるので、絶対に、20才になった最初の日に、私はりっちゃんとお酒を飲みに行く!
…って約束したんですけど、絶対覚えてないんです(里咲「覚えてるよ」)…ウソだ(笑)。
そう、誕生日の10月6日に私ツイッターに出れるね!(笑)
それまで生存確認とれないけど、10月6日に私りっちゃんのアカウントに現れるんでね(笑)。

どうか探さないでください(笑)。
少ナショ時代はついに出来なかったけど、イケメンの彼氏が出来てるかもしれないじゃないですか!

(2016年1月8日 渋谷にて)

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