風評被害の麩

飲み会の席で二十代の男子がからかわれるのはたいがい「彼女」ネタだ。
うちの部署には二十代後半の男の子がふたりいて、両方とも大学時代から付き合っている相手がいるらしい。
「重いんです」
院卒の彼は、言いながらもそんなにゆううつそうではなかった。

「俺が大学院にいる間に、先に卒業した同じ年の彼女が就職して、さっくり結婚資金ためちゃって」
それなら結婚しちゃえばという無責任さを放り投げれば、彼は「でも俺もおなじくらい貯めないと悪いし院出てまだ二年だし、すぐに結婚とか考えられない」と笑いながらビールを飲んでいる。そうか、でももう年齢的には結婚してもふしぎでないとされる年代なのだ、院卒だと。

「いいじゃん、うちの彼女なんか仕事してねぇよ」
会話を横で聞いていた大卒の彼がうんざりという調子で差し込んでくる。
「仕事してないってなんで」
「事務向いてないって、就職して二ヶ月で躁うつ病になって辞めたから」
「それ生活どうしてるの、失業手当でないじゃない」
東京都区内に住んでいれば当然そういう心配は出る。雇用保険は十二ヶ月以上支払わないと失業手当がもらえない。

「実家寄生に決まってるじゃないですか、毎日映画観てアニメ観てマンガ読んで遊び歩いてますよ」
「オタクさんなんだ」
そうですねぇ、と彼はうなずいて、院卒の彼に渡されたメニューに目を向ける。セロリの浅漬けを頼んで、あげた顔はなんだか疲れているように見える。彼のほうが若いのに。ふたりは同じ年だが、院卒のほうが後輩というふしぎな位置づけだ。

「病気を武器にしてるから、うっかり別れ話も持ち出せないっすよ」
「病気なんだから許してあげなよ」
「病気だけど遊びまわってるだけだし、毎日カネ使うことしかLINEでも言いませんよ。何食いたい、どこ行きたい、何がほしい……そのカネどこから湧くんだっていう。あと親の愚痴ばっかり。そのくせ結婚したいとかさー……、自分の親を大事にしないような女と結婚したがる男いるんすか」
正論だ。正論だけど彼は彼女の親を大事にするんだろうか。

「親御さんが俗に言う『毒親』だとか?」
「経済的に娘を院までやれるような家でお母さんは専業主婦。まぁちょっと行動を制限してるっぽいっすけど、躁うつ病だと発作的に何するかわかんないっていうじゃないですか。金遣い荒いし」
それで周囲が行動制限をかけると激怒するらしい。行動制限といってもどこかに閉じ込めるとかでなく、声優のライブのために地方に行くだとか、何かといっては大阪だのディズニーランドだのに出かけていくアクティブな女性なので病気のために静養をすすめてもじっとしていないらしい。元気だ。元気すぎる。

「遊びにばかり行ってるから『なんで働かないの』っていえば、『病気だもん! あなたは私の病気を理解してくれない!』とかキレるし。おまえだってオレの仕事とか理解しようとしてるのかよって。ずっと家で遊んでる彼女みてると、ふやけてんなぁって思うんすよ」
「ふやけてる」
興味深げに院卒の彼がくりかえした。大卒の彼はうなずく。
「麩みたいにぐにゃっとしてて、それでもまだ水分よこせってわめいてて、何でオレがお前に水分やらないといけないんだよってすごく凶悪な気持ちになる」

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