ウツに無理解な彼氏bot

「躁うつ病の彼女」に困り果てていた彼が、最近見違えたようにぴかぴかしている。ぴかぴか。そう、つき物が落ちるというのはこういうことなのだな。先々月の飲み会で彼はひどく疲れていて、倦んでいた。膿んでいたともいえる。
「何かいいことあったの、最近」
ランチから戻ってきた彼に声をかけると、彼はちょっと目をきょろきょろさせ周囲をうかがってから、小声で答えた。

「例のメンヘラの彼女と別れたんで」
「メンヘラって躁うつ病の」
彼は素直にうなずいた。そうか、君もたいへんだったし相手も悲しいだろうね。
「でもあいつ、オレのことはチンコしかほめてなかったんで」
「は?」
「Twitterでね、簡単に出てくるんですよ。あいつが観た映画とかマンガとか母親とケンカしたとか今日はバイトだとか、うまくしぼりこめたらバカ女のアカウントなんてすぐわかりますよ。タイムラインに『今の彼氏はセックスだけはいいんだよね』とか書いてあるの三度見しました。けなされてるよりいいけど」
あらまぁ。彼はいやなことを思い出した、というようにため息をついた。

「それ見たら全部ばからしくなっちゃって、一所懸命かせいで、だるいのに土日はデートだ映画だディズニーランドだって出かけて、メシとラブホ代払ってこの女に『挿入させていただいて』オレなにしてんのかなーってむなしくって、同期飲み会で愚痴っちゃったんすよね」
「それでどうやって別れまで至ったの」
「同期の──ほら、人事部の女子が教えてくれて。そういうときは『ウツに無理解なbot』になればいいんだって。ほら、Twitterとかによくある、一定時間ごとに入力したツイートをする機能。あれに徹してとにかく『すぐ働けるよ』『病気じゃないんだし』『バイトくらいしたら』『資格試験とかは?』ってポジティブにニコニコ笑いながら言う。悪気なく言うのがポイント」
じわじわとそういう『無理解』を表明されて、彼女はどんどん怒りっぽくなり、ある日突然烈火のごとく怒って彼を罵倒し、別れを切り出したそうだ。彼は心の中ではとってもとってもうれしかったのだが、残念そうな顔をしてみせただけだったらしい。

そうして晴れて彼は(躁うつ病の彼女もか?)自由になり、新しい彼女もすぐにできたそうだ。はっきり言わなかったが、人事部の同期だと思う。
「新しい彼女はね、恋人同士じゃないときにオレとメシいって、愚痴きいてくれて。それで店でオレが支払い終わらせて彼女の分も払って出たんですよ。そしたら店出てすぐ彼女がそっと手をのばしてきて、きっちり半分、メシ代渡されて、オレ感動しちゃって」
「今までの彼女はそうじゃなかったんだ」
「うん、オレがおごって当たり前って感じっすね。給料日前でカネないって言ったら『じゃあ吉野家とかすき屋でいいよ』とか。なんで『でいいよ』なんだよっていう。オレが絶対支払うの前提かよって」

そりゃあ簡単にモテテクに感動するよね。今までの彼女がそういうタイプなだけに、効きますね、そのテクニック。店を出て、人目がないところでそっと自分の分の支払いを渡す。非常に古典的なテクです。
彼は新しい彼女と結婚前提に同棲をはじめるらしい。なかなかしたたかな彼女だとは思うけれど、きっと彼を手のひらのうえで転がし続けてくれることでしょう。

ころころと。

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