ゲノム編集の先端技術−1
今回も宮岡祐一郎先生の「トコトンやさしいゲノム編集の本」から、ゲノム編集の先端技術のところの前半部分をまとめていきたいと思います。
初学者の年寄りには難しい内容が多いのですが、noteにまとめていくと頭の中が少しずつ整理出来てきます。初学者としては、まず基礎的なところを整理しながら、このような技術が、自分たちの生活のいろんな場面でどのような影響を及ぼしているのか、これからどのような影響を及ぼしていくのか、想像力を働かせながらさらに勉強していきたいと思います。
1:先端技術を理解するために(DNAを切らないdCas9と融合たんぱく質)
CRISPR/Cas9システムは様々な形で発展してきましたが、その先端技術の理解に不可欠なことの一つが、Cas9によるDNA切断の仕組みの理解です。
DNAの切断は、デオキシリボヌクレオチドの間の結合を切り離す化学反応です。
Cas9もたんぱく質ですから、アミノ酸の数珠つなぎ構造からなります。
このうちのいくつかのアミノ酸が、この化学反応を担います。
その中でも最も重要なアミノ酸が、端から数えて10番目のアスパラギン酸と、840番目のヒスチジンです。
Cas9はDNA2本鎖の両方をともに切断するために、DNA切断を起こす部分を2箇所持っています。
これら二つのアミノ酸を人工的にそれぞれアラニンに置き換えると、DNA切断に必要なアミノ酸の化学的性質が失われますが、Cas9のDNAに結合する能力には影響しません。
したがって、10番目のアスパラギン酸と840番目のヒスチジンを両方アラニンに交換したCas9(dCas9と呼びます)は、ガイドRNAの配列に従って標的のゲノムDNA配列に結合するものの、その配列を切断することなく、そこに留まるという性質を持ちます。
このdCas9の特性は、CRISPR/Cas9の応用に非常に頻繁に利用されています。
ちなみにdCas9のdは、Dead、つまりヌクレアーゼの機能は死んでいる、という意味からつけられています。
CRISPR/Cas9の先端技術でもう一つ大切なものは、たんぱく質の融合です。
たんぱく質はアミノ酸の数珠つなぎですので、本来は別々のたんぱく質であっても、アミノ酸配列を決めるDNAの配列を人工的につなげれば、1本の数珠つなぎに出来ます。
例えば、下村脩博士がノーベル賞を受賞されたことで有名な、クラゲ由来の緑色蛍光たんぱく質も、ヒトを始め、様々な他の生物のたんぱく質と融合させて緑色に光らせることが出来ます。
ZFNやTALENもDNAに結合するたんぱく質とFoKIの融合たんぱく質でした。
同様に、Cas9にも、別のたんぱく質と融合し、新たな機能を付加することができることになります。
2:DNAの1本鎖だけを切る(Cas9ニッカーゼ)
CRISPR/Cas9によるゲノム編集が発表された当初の最大の懸念は、その正確性でした。Cas9はガイドRNAによる認識配列がZFNやTALENの認識配列よりも短く、また、ガイドRNAと完全に一致していなくても、似た配列のDNAを切断し、そこに変異を導入する例が観察されたからです。
Cas9のようなヌクレアーゼは、DNA2本鎖の両方を切断します。
しかし、中には片方の鎖だけを切断するものもあり、これをニッカーゼと呼びます。
Cas9によるDNA切断に重要なアミノ酸は、10番目のアスパラギン酸と840番目のヒスチジンですが、両方ではなく、片方だけをアラニンに交換したCas9がニッカーゼになります。特に、10番目のアスパラギン酸をアラニンに交換したCas9の改変体が、Cas9ニッカーゼとして広く使われています。
DNA2本鎖の片方の鎖だけが切断された場合は、もう一方の鎖がDNAをつなぎとめてくれるため、基本的には素早くDNAが元通りに修復されます。
したがって、1分子のCas9ニッカーゼが、もし標的以外の配列に結合して、DNAの片方の鎖を切断したとしても、元通りに修復されます。
しかしそれでは、標的配列においても効率的にゲノムを編集することは出来ません。
そこで、Cas9ニッカーゼ2分子を近くに集め、DNA2本鎖を1本ずつ切断させる、デュアルCas9ニッカーゼ法が開発されました。
この手法の特徴は、2種類のガイドRNAによって正しい箇所に2分子のCas9ニッカーゼが配置された時にのみ、DNA2本鎖の両方が切断され、DNA2本鎖切断が起きた場合と同様のHR、NHEJ、MMEJなどのDNA修復機構が働く、という点です。
Cas9ニッカーゼを用いることで、ゲノムDNA中の標的以外の部分への変異の導入を抑え、ゲノム編集の正確性を高めることが出来るのです。
3:FokI融合dCas9;(CRISPR/CasとZFN/TALENの合いの子)
Cas9ニッカーゼの他にも、CRISPR/Cas9の正確性を高めるための様々な技術開発がなされています。
その中の一つが、FokI融合dCas9です。
FokIは、ZFNやTALENに使われるものと同じヌクレアーゼであり、二つのFokI分子が集合した時にのみ、DNA2本鎖切断が起きます。
dCas9は、Cas9のDNA切断に必要な2個のアミノ酸をアラニンに交換することで、標的DNA配列に結合するものの、切断はしない分子です。
つまり、dCas9に特別な機能を持つ別のたんぱく質を融合させれば、ガイドRNAの配列にしたがって、融合させたたんぱく質を目的のゲノムDNA配列に運んでくれる「運び屋」として機能出来るのです。この「運び屋」としてのdCas9は、CRISPR/Cas9の応用の幅を格段に広げてくれます。
このdCas9にFokIを融合させた、FokI融合dCas9の場合には、dCas9をZFNやTALENにとっての、DNAに結合する部分と見立てることが出来ます。
切断したい標的ゲノムDNA配列を挟み込むように、2個のガイドRNAを設計し、2分子のFokI融合dCas9を配置すれば、2分子のFokIが集合し、標的DNAを切断出来るのです。
FokIは1分子だけではDNAを切断出来ません。
したがって、仮にガイドRNAとは完全に一致しない、標的以外のDNA配列に1分子のFokI融合dCas9が結合してしまっても、そこではDNAを切断しないため、不必要な変異が導入されることもありません。
2個のガイドRNAによって、2分子のFokI融合dCas9が標的とするDNA配列に誘導された時にのみ、DNA切断が起こることで、通常のCas9よりも正確性を向上させているのです。
2個のガイドRNAによって、正しく2分子のdCas9が配置された時にのみ、DNA2本鎖切断を起こすという点では、デュアルCas9ニッカーゼと共通しています。
4:高精度Cas9改変体
Cas9がいかにしてガイドRNA配列と標的ゲノムDNA配列の一致を判断するのか、その仕組みを理解することで、Cas9が標的配列に結合する精度そのものを高めるための技術開発も進められてきました。
ガイドRNAと結合したCas9はまず、ゲノムDNAの中のPAM配列を探します。
これはもともと、細菌がウイルスDNAの中のPAM配列のすぐ隣の配列を、自身のCRISPR配列に取り込むためで、PAM配列が切断すべきDNAの目印になるのです。
PAM配列に出会うと、次にCas9はガイドRNAとゲノムDNAの間で、AとT(RNAの場合はU)、GとCの間で塩基対を形成させます。
配列が一致せず、両者の間で塩基対が形成出来ない場合は、Cas9は次のPAM配列を探します。ここまでは、Cas9のヌクレアーゼ機能はスイッチオフの状態です。
このスイッチを切り替えるのが、ガイドRNAとゲノムDNAの形成する塩基対と化学的に相互作用する、Cas9のいくつかのアミノ酸であることが明らかとなりました。
正しく塩基対を形成したことを、これらのアミノ酸が感知して初めて、Cas9のヌクレアーゼ機能がオンになります。
そして、Cas9のこれらのアミノ酸の種類を変更することで、ガイドRNAとゲノムDNAの塩基対が、正しく形成されたかの判定基準の調節が可能になりました。
実は、Cas9がもともと持つ基準では、多少の配列の不一致があっても、ヌクレアーゼ機能がオンになってしまいます。
この基準をより厳密にすれば、ガイドRNAとゲノムDNAが完全に一致しない限りスイッチが入らない高精度Cas9改変体を作製することが出来ます。
実際に世界中で、アミノ酸を数個交換した高精度Cas9改変体がいくつも作製され、不必要な変異が全く検出されないゲノム編集の成功例も報告されています。
高精度Cas9改変体は、CRISPR/Cas9によるゲノム編集治療の可能性を高めているのです。
この高精度Cas9改変体と導入された変異の例として
①eSpCas9(1.1) では
848番目のリジン→アラニン
1003番目のリジン→アラニン
1060番目のアルギニン→アラニン
②SpCas9-HF1 では
497番目のアスパラギン→アラニン
661番目のアルギニン→アラニン
695番目のグルタミン→アラニン
926番目のグルタミン→アラニン
③HypaCas9 では
692番目のアスパラギン→アラニン
694番目のメチオニン→アラニン
695番目のグルタミン→アラニン
698番目のヒスチジン→アラニン
④EvoCas9 では
495番目のメチオニン→バリン
515番目のチロシン→アスパラギン
526番目のリジン→グルタミン酸
661番目のアルギニン→グルタミン
など、いろいろな種類の高精度Cas9改変体があります。
5:PAM改変Cas9(標的に出来る配列の種類を増やす)
Cas9は、NGG(Nは4種類の塩基の何でもいい)という、PAMと呼ばれる配列を目印にして、標的配列を探します。
ということは、NGGという配列が存在しないゲノムDNAは標的とすることが出来ず、編集できないということです。
塩基には、A、T、G、C の4種類があるため、計算上4×4=16 で、16塩基に1箇所はNGGという配列が存在するはずですが、ゲノムDNAの配列はランダムではないため、場所によってはGが少ないところもあります。PAM配列がゲノム編集の自由度を制限していると言えます。
こうした、標的に出来るDNA配列のPAMによる制限を緩めるための技術も開発されています。
東京大学の西増弘志博士と濡木理博士らは、Cas9がDNAに結合し、切断する仕組みを原子レベルで明らかにする研究で、世界をリードしています。
両博士らは、NGGというPAM配列のGに、Cas9のどのアミノ酸が結合するのかを明らかにし、そのアミノ酸を別のアミノ酸に置き換え、またそれによって失われる機能を補う改良を加えた改変型Cas9(Cas9-NG)を開発しました。
Cas9-NGは、NGGという本来のPAMの二つ目のGに結合するためのアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わっているため、NGという配列をPAMとします。
したがって、たった一つのGさえあればゲノム編集が出来るようになったのです。
ゲノム編集の自由度を高める画期的な発明です。
東京大学のグループだけでなく、世界中でPAM配列を改変する研究は進められており、アメリカの別のグループからも、NG、NGA、NAGなどの本来のNGGから改変された配列をPAMとするCas9改変体が報告されています。
このように、CRISPR/Cas9システムは、PAMによる標的配列の制限から解放されつつあり、より自由自在なゲノム編集が可能になってきています。
6:生体内ゲノム編集を目指す小型のCas9(黄色ブドウ球菌Cas9)
生体内ゲノム編集は、その名の通り、生きた生物の細胞で直接ゲノム編集をする手法です。
そのための生体の細胞内にCas9を導入するツールとして、最も研究が進んでいるのがアデノ随伴ウイルス(AAV)です。
AAVにはほとんど病原性はなく、安全に治療のための遺伝子を細胞に届けることが出来ます。世界中でAAVを使った臨床治験も進んでいます。
しかし、AAVは、細胞に運べる遺伝子の大きさに制限があります。
最も頻用される化膿性連鎖球菌Cas9は、1368個のアミノ酸からなり、これはかなり大きいたんぱく質です。
Cas9が標的DNAに結合し、さらに切断する、という非常に複雑な反応を担うことを考えると、大きいたんぱく質になるのも頷けます。しかし残念ながら、これでは大きすぎて、AAVが使えません。
CRISPR/Cas9は、細菌の免疫機構の一つですから、種々の細菌がそれぞれのCas9を持っています。
その中から、より小さいCas9として発見されたのが、黄色ブドウ球菌Cas9です。
黄色ブドウ球菌Cas9は、1053個のアミノ酸からなり、この大きさであれば、AAVを使って細胞へ導入することが出来るのです。
黄色ブドウ球菌Cas9も、化膿性連鎖球菌Cas9と同様にゲノム編集に用いることが出来ます。
実際に、黄色ブドウ球菌Cas9をAAVによって導入し、生きたマウスの肝臓などでゲノムを編集することに成功しています。
ただし、黄色ブドウ球菌は「NNGRRT」(RはAかG)という、かなり制限の厳しいPAMを持ちます。そのため、黄色ブドウ球菌Cas9のPAM配列緩和のための研究も進んでいます。
将来的には、患者さんの体内で、直接DNA配列を改変する治療への応用が期待されています。
7:CRISPR/Cas12a(CPf1)
Cas9以外にも、ガイドRNAと共に、ウイルスDNAを切断するCasたんぱく質が存在します。
数種類のCasたんぱく質が集まって機能する場合もありますが、Cas9のように標的DNAの認識から切断までの全ての反応を、一つのたんぱく質で行ってくれる方が、ゲノム編集には適しています。
こうした特性を持ち、Cas9以外で最初に応用されたのがCas12a(CPf1)です。
Cas12aは、Cas9と同様にガイドRNAと結合し、まずゲノムDNAの中からPAM配列を探します。
頻用されるCas9のPAMはNGGでしたが、Cas12aはTTTNというPAMを持ちます。
したがって、Cas9に比べて、AやTが多く集まるゲノムDNA領域を標的にすることが出来ます。PAMを見つけ出してから、ガイドRNA(Cas9と同様に20塩基ほどの標的配列を指定します)とゲノムDNAの配列がヌクレアーゼとしての機能のスイッチが入り、DNAを切断するという過程はCas9と同じです。
しかし、その切断の仕方に違いがあります。
Cas9の場合は、DNA2本鎖の両方を同じ部位で切断します。
Cas12aの場合は、2本の鎖を4塩基ずつずれた箇所で切断します。
したがって、片方のDNA鎖が互いに4塩基分だけ飛び出した形の切断面になります。こうした切断形式でも、Cas9の場合と同様に、HRやNHEJ、MMEJなどのDNA修復反応を引き起こし、ゲノム編集を行うことが出来ます。
また、Cas9の研究で達成されたPAMの改変や、より高精度の改変体の作製が、Cas12aにおいても既に実現しており、TTTN以外のPAMを持つCas12aや、高精度Cas12a改変体も開発されています。
Cas9やCas12aの他にも、ゲノム編集に応用出来そうなCasたんぱく質が細菌のゲノムDNAに数多く眠っており、世界中で研究が進められています。
8:DNAを切断せずにゲノムを編集する(デアミナーゼ融合dCas9)
DNA2本鎖切断は、細胞にとっても一大事であるため、DNA修復反応が起き、それに乗じてゲノムを編集することが出来ます。
しかし、どの修復反応が起きるかは選択出来ないことが多いため、例えば、HRを介してゲノムDNAを特定の配列に改変したい場合に、NHEJによって生み出される挿入や欠失変異は不必要な産物になります。
もしDNAを切断せずに、望んだ配列にゲノムを編集することが出来れば、その方が理想的です。
このようなことを叶える技術として、デアミナーゼ融合dCas9が開発されました。
デアミナーゼは、DNAの塩基のうち、シトシン(C)のアミノ基と呼ばれる部分を取り除く化学反応を起こすたんぱく質です。
シトシンからアミノ基を取り除くと、ウラシル(U)という、本来はRNAにおいてDNAのチミン(T)に代わって使われる塩基になります。
ウラシルはRNAのみに存在し、DNAには存在しないはずですが、細胞が分裂してDNAを複製していく際に、DNA中のウラシルをチミンとみなし、アデニン(A)と塩基対を形成させながら、新しいDNAを合成します。
結果として、もともとはC-Gであった塩基対のうち、Cのアミノ基が取り除かれてUに変わり、さらにこのUをTと見なしてDNA複製が繰り返されるうちに、T-Aという塩基対に置き換わるのです。
したがって、デアミナーゼ融合dCas9は、C-G(G-C)→T-A(A-T)という塩基の置換を、DNA切断を介さずに誘導することが出来るのです。
さらに最新技術では、C-G(G-C)→T-A(A-T)という置換とは逆の反応であるA-T(T-A)→G-C(C-G)という置換を行えるツールも開発されています。
このように、細胞にとって非常に負荷のかかるDNA切断を介さずに、ゲノムを編集する技術も大きな発展を遂げています。
(続く)