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ゲノム編集の基礎の基礎

前回に続き、宮岡祐一郎先生の「トコトンやさしいゲノム編集も本」の自分なりのまとめです。「トコトンやさしい」とはいっても、基礎知識を確認しながら読んでいかないと、年寄りの初学者にはやはり難しいです。でも何回も読んで、一つ一つ興味深く自分で調べていくと、この分野の奥の深さと物凄い発展の速さ、そしてその裏にある怖さも感じることが出来ます。本日は2回目。

9:ゲノム編集って、そもそもなに?
ヒトのゲノムはA、T、G、C という4文字だけからなる、60億字にも及ぶ文章(あるいは暗号)と考えることが出来ます。
文章であれば、加筆・修正といった編集を行うことが出来ます。
ゲノム編集も、まさにA、T、G、C からなる塩基配列を加筆・修正する技術です。

ゲノム編集にはいくつかのパターンがあります。

まず欠失です。
欠失は文字通り、それまであった塩基配列の一部を消し去ってしまう編集です。
塩基を1個だけ欠失させる1塩基欠失から、100万塩基以上の巨大な欠失を起こすことも出来ます。欠失は、実験的にある遺伝子を破壊するためによく使われます。
また、異常のある遺伝子をゲノム中から無くし、病気の治療に使おうという試みもなされています。

欠失とは逆に、新たな配列を獲得する挿入もあります。
挿入も、1塩基挿入から数万塩基まで、様々なサイズがあります。
数塩基の挿入も、標的遺伝子を破壊するために使われることがあります。
また、特殊な機能を持つ遺伝子を挿入し、学術研究に役立てることもあります。
また、治療に有効な遺伝子の挿入による医療応用も研究が進んでいます。

最後に置換です。
置換は、文字通りそれまであった塩基配列の一部を、別の配列に置き換える編集ですので、編集前後でゲノム全体としての塩基配列の長さは変化しません。
置換もまた、1塩基から数万塩基で起こすことが出来ます。
鎌状赤血球症の原因となる、AからTの変異を元に戻すような、1塩基置換による変異の修正の試みもなされています。

ゲノム編集は、欠失、挿入、置換を駆使して、細胞のDNA塩基配列の狙った箇所を自由自在に操る技術です。

ゲノム編集:欠失と置換と挿入のイメージ

10:DNA修復機構とは?
生物にとってゲノムDNAは、自らの遺伝情報を保持する極めて重要な物質です。
したがって、 DNAに傷がつくと、細胞は壊れたDNAを修復します。
ここでは、DNAを数珠に例えた場合の玉に相当する、デオキシリボヌクレオチドの間の結合が切れてしまう損傷に着目します。
DNA は二重らせんですから、鎖が片方だけ切れてしまう場合と、両方とも切れてしまう場合が考えられます。2本鎖DNAの両方が切れてしまう場合を、DNA2本鎖切断と呼びます。片方のDNA鎖だけ切れてしまっても、もう片方の鎖が繋ぎ止めてくれていれば、切断された箇所をもう一度繋ぎ直すのは比較的容易です。
しかし、DNA2本鎖切断の場合は、大切な遺伝情報を持つDNAが途中で完全に切り離されてしまい、放っておけば生物にとって甚大な被害がもたらされます。
ですから、細胞はDNA2本鎖切断が起きると、速やかにその部分を修復します。

実はゲノム編集技術は、ゲノムDNAを狙った部分で切断し、細胞がもともと持っている、DNAを修復する仕組みをその部分で引き起こすツールです。

細胞は切れたDNAを修復する何種類かの仕組みを持っています。
私たちは、目的に合わせて、切断されたDNAを修復する細胞の働きをうまく利用し、狙った編集をゲノムに加えます。
したがって、ゲノム編集技術は、どれもゲノムDNA中の狙った塩基配列に結合して(これを標的DNAの塩基配列を「認識する」と言います。)、その部分を切断する(DNA2本鎖の両方とも、デオキシリボヌクレオチド間の結合を切り離す)、という働きを持っているのです。
ゲノム編集技術がよくDNAを切るハサミに例えられるのは、そのためです。

11:切断されたDNAをくっつける(非相同末端結合;NHEJ):
DNA2本鎖切断を修復する仕組みの一つが、非相同末端結合(non-homologous end joining;NHEJ)です。NHEJでは、細胞は緊急避難的に、切れたDNAの両端をもう一度結合します。多くの場合は、切れたDNAはすぐに元に戻され、DNAの塩基配列は変化しません。
しかし、NHEJでは、一定の割合で結合部分の一部のDNAが欠失する、本来存在しなかったDNAが挿入されるといったエラーが起きます。
欠失・挿入の大きさには幅があり、多くの場合には、1塩基から数塩基の欠失・挿入ですが、稀に数百塩基に及ぶ欠失・挿入が起きることもあります。
NHEJが非常に有効なのは、遺伝子の機能を破壊したい場合です。
DNAの塩基配列は3個で1個のアミノ酸を決めていますから、3の倍数以外の欠失・挿入が起きると、アミノ酸を決定するDNAの塩基3個ずつの枠(これを読み枠と呼びます)が、ずれてしまいます。
例えば、GCT・TGT・CGT・ATCというDNAが、アラニンーシステインーアルギニンーイソロイシンというアミノ酸を規定していたとします。
このDNAの最初のCが欠失したとすると、GTT・GTC・GTA・TC〜という読み枠で、アミノ酸配列は、バリンーバリンーバリンーセリンという、全く別物となり、本来の遺伝子の機能は失われると考えられます。
また、翻訳を集結する目印として機能する終始コドンが必要以上に早く生じ、正しい大きさのたんぱく質が翻訳されない異常も発生します。
細胞は、このような異常なアミノ酸配列を持つたんぱく質を分解する仕組みと、こうした異常なたんぱく質を生み出す伝令RNA(mRNA)を分解する仕組みも持っています。
したがって、NHEJによって、標的遺伝子に読み枠をずらす欠失や挿入を導入すれば、その遺伝子を破壊することが出来ます。

相同末端結合と非相同末端結合のイメージ

12:よく似た塩基配列でDNAを再編成(相同組み換え;HR):
DNA2本鎖切断を修復する仕組みの一つに、相同組み換え(HR)があります。
両親由来の、ほぼ同じ染色体を2本ずつ持つ、ヒトのような生物の場合は、その1方のDNAが切断されても、もう片方の染色体をお手本に出来ます。
また、細胞が分裂し、DNAが複製されている最中であれば、2本鎖切断が起きたDNA自身の切断前のコピーもお手本に出来ます。
このように、細胞が切断されたDNAと配列が相同(homologous)のDNAを、修復のお手本としてコピーすることから「相同」組み換えと呼ばれます。

ゲノム編集では、ドナーDNAの提供と同時に、標的ゲノムDNAの切断を行います。ゲノム編集では、ゲノムDNAを切断し、HRが起きる確率を格段に高めています。
そのため、酵母やマウスなど以外の、いかなる生物種の細胞であっても相同組み換えによる改変が可能になったのです。

NHEJ(非相同性末端結合)の「非相同性」は、HRとは異なり、相同な配列をお手本にすることなくDNAを修復するという仕組みでした。
ランダムなNHEJと比較し、HRはドナーDNAの通りに、正確にゲノム編集することが出来ます。

しかし、ドナーDNAを細胞に提供したからといって、全てのDNA修復がHRで行われるわけではなく、NHEJや次項で説明するMMEJなどのHR以外によるDNAの修復も同時に起きます。一般的には、NHEJに比較してHRが起こる確率は低いという問題があり、HRの効率を高める研究が進められています。

ゲノム編集における相同組み換えのイメージ

13:非相同末端結合と相同組み換えの合いの子(マイクロホモロジー媒介末端結合;MMEJ):
NHEJやHR以外の、切断されたDNAを修復する仕組みの中に、マイクロホモロジー媒介末端結合(microhomology-mediated end joining;MMEJ)があります。
MMEJは、切断されたDNAの両端を結合するという点ではNHEJと似ています。
一方、切断されたDNAの両端そのものの相同配列を介して、DNAを修復するという点では、HRにも似ています。

ドナーベクターを使った相同組み換えとMMEJのイメージ
NHEJとMMEJとHRのそれぞれのイメージ

MMEJにおいて、細胞は切断されたDNAの末端付近に同じ塩基配列があるか探します。MMEJに必要な相同塩基配列は、3〜30塩基程度の非常に短いものです。
MMEJではまず、切断された両端のDNA2本鎖のうち、相同性がある部分の片方のDNA鎖を削り取ります。切断されたDNAの両端から露出した1本鎖DNAを、相同性を持つ部分で互いに塩基対を形成させ、結合させます。
結合部を起点に、互いの1本鎖のうちの相同性のない部分を削り落とし、塩基配列をコピーし合うことで2本鎖DNAを完成させます。

例えば、ACCTGAAACGCTGACという塩基配列が、
ACCTGAAAとCGCTGACの間で切断されたとします。
このDNAの両端には「CTGA」という共通の塩基配列を持つため、MMEJでは、この部分で切断された両端が結合され、ACCTGACというDNAが生じます。
結果として、二つあった「CTGA」という塩基配列は一つになり、その間の「AACG」が欠失します。
このように、MMEJは基本的には欠失を起こします。
しかし、ゲノムに挿入したいDNA塩基配列の両側に、切断部位と相同の塩基配列を付加したものを細胞に提供すれば、MMEJを介して、切断部位に特定のDNA配列を挿入することも可能です。

ゲノム編集は、「標的DNA塩基配列を見つけ」「切断する」という二つの働きにより、細胞が持つNHEJ、HR、MMEJなどを誘導して行われる、というのが基本的な仕組みです。

次回からは、ゲノム編集を可能にするツールのまとめを、また本の内容に沿って、少しずつまとめていきたいと思います。


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